第六話 薄紫の加賀友禅
朝食を食べ終え、二人だけのいい時間が少し流れた時、優斗と芽久美は現実に引き戻された。
玄関の扉の鍵がガチャガチャと音を立て、開くのが聞こえてくる。
優斗はきっちりと正座に座り直し、顔を引き締めた。
片や芽久美は実の父親なので、取り繕う事もなく平常心で父を待つ。
しかし事態は一変する。
父の靴を脱ぐ音以外に年増の女の声が聞こえたからだ。
「お邪魔します」
女は確かにそう言った。
《えっ?誰?》
チラリと優斗を見ると、どうやら優斗は声の主を知ってる様な素振りである。
小声で優斗に尋ねた。
「ねぇ、優斗。誰?」
優斗は膝の上で小指を立てた。
芽久美は納得したのか、
《パパのオンナね・・・》
刹那、居間の引き戸が音もなく開けられ、緊張が走る。
芽久美の父である東村将大が立っていた。
のっそりと将大が居間に入り、直ぐ後ろに薄紫に白椿を粋にあしらった加賀友禅の留め袖に、きっちりと日本髪を結った気品ある中年女が続く。
年の頃は三十代半ばだろうか。
女は優斗を見るなり、
「あら、優ちゃん、お久しぶり」
優斗はペコリと頭を下げて、
「おはようございます。美幸ママ」
芽久美は気が気でないのか、
《アタシでも、優ちゃんなんて言わないのに、このオンナ何なの?この女がパパの彼女な訳?ふーん、確かに、思ってよりは綺麗だけど・・・》
将大が居心地が悪いのか、
「芽久美、慶子にお茶入れてやってくれ」
美幸ママはどうやら慶子と言うらしい。
美幸ママはにっこりと微笑み。
「突然お伺いしてごめんなさいね。将大さん聞いていたけど、貴女が芽久美ちゃんね。“あ津眞”にお伺いしてる時はいらっしゃらないから、お会いするのは今日が初めてね。私は、将大さんにご贔屓にしてもらっている関内でラウンジ“銀猫”をやっております双海慶子と言います。美幸ママと言った方が早いかな?クスっ」
そう言って深々と頭を下げた。
芽久美が興味無さげにそそくさと立ち上がり、
「初めまして、“美幸ママ”。父がお世話になってます」
言葉だけで挨拶すると、そそくさと台所に向かう。
見かねた優斗が、
「すいません、美幸ママ。いつもは愛想がいいんですが」
ペコリと頭を下げ、芽久美を追った。
コンロの前に立つ芽久美に優斗が並び、小声で囁く。
「芽久美、大将の大事な女なんだから、もうちょっと愛想よくせんと・・・」
「何よ、パパって亡くなったママ一筋だと思ったのに、幻滅しちゃわ。ねぇ、優斗。男ってそうなの?」
芽久美は反論すると、優斗に痴話喧嘩を吹っ掛けてきた。
それをニヤニヤしながら見ていた将大は、
「芽久美に優斗、お前らもうヤったのか?」