第五話 ホワイト・モカのグランデを二人で
台所では、機嫌良く芽久美が厚焼き卵を焼いていた。
卵の焼ける匂いが食をそそる。
芽久美が優斗に気づき、
「あっ、おはよう。優斗」
「うん、おはよう」
優斗は昨夜の事が照れ臭いのか、ちょっと素っ気ない。
「とりあえず、顔洗ってきたら、その間にお味噌汁暖めておくし」
芽久美はまだ眠気眼の優斗の背中を軽く叩き、洗面所に送り出した。
優斗が洗顔を済ませ台所に顔を出すと、芽久美が隣の居間へ行く様に促す。
座卓の上に純然たる和朝食が並べられていた。
厚焼き卵を始め、焼き鮭、小松菜のお浸し、小田原から取り寄せてる蒲鉾、どれもシンプルだが芽久美の愛情がいっぱい籠っている。
優斗は思わず漏らす。
「芽久美、お前凄いな。俺、感動したわ」
芽久美は照れ、
「それは食べてから言うセリフでしょ?」
座った優斗の目の前に、ご飯と味噌汁の碗を置く。
炊きたての白米がツヤツヤ輝き、味噌の香りが食をそそった。
芽久美も優斗の向かいに座り、自身の碗を置いて、
『いただきます』
二人同時に手を合わせた。
優斗は味噌汁の碗を啜り、
「んまいなぁ。これ蜆か?」
芽久美は頷き、
「パパ、どうせ二日酔いで帰って来るからと思って、蜆にしたの」
優斗は納得したのか、
「大将、喜びはんで。ん?」
「優斗、どうしたの?砂残ってた?」
芽久美の問い掛けに、優斗は首を横に振り、
「そーいや、大将昨晩帰って来ーへんかったやなと思てん」
「多分、“銀猫”の美幸ママん処でもお泊まりしてるんじゃない?昨日、気合い入ったスーツ着て行ったから」
芽久美は興味無さげだ。
優斗は厚焼き卵を頬張り、米を一口食べ、
「んまっ。芽久美、腕上げたなぁ。これやったら毎日食べたいわ」
「そう?毎日食べさせてあげてもいいよ?優斗だったら」
芽久美は嬉しそうに優斗のほっぺたに着いた米粒を取ると、笑って食べてしまった。
優斗は照れる。
芽久美が諭す様に、
「優斗、毎日食べたいとか簡単に言っちゃダメ。早とちりする子だったら、プロポーズされたと思うんだから」
「ふーん、そんなもんなんや。俺は普通に美味いから、毎日食べたいって言うてんけどな。気ぃつけよ」
その言葉に芽久美は拗ね、
「アタシにだけは、気をつけなくていいんだからね」
ぷぅっと膨れる。
優斗はまぁまぁとなだめるが、直ぐ正気に戻り、
「あんま、ゆっくりもしてられへん。芽久美も築地行くやろ?早めに終わらせて、帰りにスタバのドライブスルーでコーヒー買って、公園で飲もうや」
芽久美がボソりと、
「ホワイト・モカ・・・」
「ん?」
優斗が聞き返すと、
「アタシ、ホワイト・モカのグランデがいい。そして、優斗も一緒の飲むの」
「へっ?グランデって、いっちゃんデカいヤツやんな。俺、飲めるかな・・・」
芽久美は照れながら、
「飲めるよ。買うの1つだし・・・」
優斗は芽久美以上に照れ、
「それって、1個のコーヒーを二人で分けて飲むって・・・」
芽久美はコクンと頷いた。
こんな時の芽久美の表情は、凄く可愛い。
《アカン、惚れてしまいそうや・・・》
優斗は陥落寸前だった。