第三話 雛多ももせ 20XX 日本凱旋ツアー《宮城公演》
11時ちょっと過ぎにも関わらず、石巻漁港にあるみなと食堂“えびす丸”は、観光客で一杯だった。
どうやら東日本大震災の復興を願って大手旅行代理店がツアーを組んでおり、そのコースに入っている様である。
鮎美と綾は二十分待たされたが何とか席に案内され、向かい合わせに座る。
店内を見回すと、太マジックでメニューが書きなぐられ、地元宮城のFMが流れていた。
店員のおばちゃんに、鮎美は焼き牡蛎食べ放題を、綾は海鮮盛り合わせ定食を頼む。
綾は鮎美に顔を近付け、
「あら?食べ放題だけでいいんですか?裏メニュー食べないんだ。ふーん」
意地悪に笑った。
鮎美はちょっと膨れ、
「たっ、食べるわよ。ちょっと店員さーーーん」
立ち上がり、店員のおばちゃんを手招きし、
「さっきのに追加で、えーっと、ほら、綾、言いなさいよ。裏メニュー!」
綾は申し訳無さそうに、小声で、
「ガーリックバターの焼き牡蛎丼を追加で・・・」
おばちゃんは知ってるのか?と言った面持ちで、
「ガーリックバターの焼き牡蛎丼ね。大盛にされますか?お勧めですけど」
と追加情報を告げた。
鮎美は、目を見開き、
「それ、特盛で!」
と大声で叫んだ。
おばちゃんも負けじと大声で厨房に叫ぶ。
「ガーリックバターの焼き牡蛎丼、特盛入りました~~!」
刹那、店内がざわつく。
おばちゃんがメニューに無いメニューを叫んだからだ。
店内のあちこちから手が上がり、俺も私もと皆が注文をしだした。
おばちゃんはシマッタという顔をしたが、《儲かるからまぁいいや》と気持ちを切り替えた。
数時間後、このおばちゃんの失敗がSNSで拡散され、堂々の表メニューに格上げされるのだが、おばちゃんは未だ知らない。
暫くして熱々の焼き牡蛎と裏メニューガーリックバターの焼き牡蛎丼“特盛”が運ばれて来る。
通常では大盛でも牡蛎で丼のご飯が隠れているのだが、流石特盛であるガーリックバター風味の焼き牡蛎が山積みされていた。
その数、実に15個。
しかも、ぷりっぷりの特大の牡蛎がである。
鮎美は大声でいただきますを言い、これでもかという位口を大きく開けた。
パクリと一口食べ、
「んーーーーっ、最高っ!」
牡蛎の肉汁を堪能し、満面の笑みだ。
綾に丼の器を差し出し、
「アンタも一口食べてご覧。食べないと絶対後悔すっから」
実の処、綾は牡蛎が苦手である。
恐る恐る一つ取り、口に運んだ。
勿論、目を閉じて。
少しきつ目の潮の香りがして、瞬間、世界が変わった。
「何これ、スッゴク美味しい!」
「でしょお!」
鮎美はかなり自慢気だ。
綾が更に箸を丼に延ばすと、鮎美はサッと丼を持ち上げ、
「もう、食い意地が汚いんだから、綾も自分でたのみなさいよ」
意地悪に笑う。
結果、綾は単品でガーリックバターの焼き牡蛎を注文した。
自身の海鮮盛り合わせ定食がやって来たからだ。
その時である。
流れてくるFMで軽快に話すDJがコンサートの案内を告げる。
『今、聴いて頂いたのは、雛多ももせちゃんの新曲“Happy your smile”なんですが、彼女来月、仙台でコンサートされるんですよね。仙台来られたら、この藤城りかの“あおばハッピーレディオ”にも是非来て欲しいものです。え?どしたの元ちゃん?えー、すいません視聴者のみなさん。今、ディレクターから発表ありました。何と、この“あおばハッピーレディオ”に雛ももちゃん来てくれるそうです。イエィ!』
鮎美はふと食べる手を止め、
「綾ーっ。ウチね、今、ラジオで言った雛ももちゃんと会った事あるよ。浜松の救急救命センターにおった時」
綾は驚き、
「え?そうなんですか?私も好きなんですよね、雛ももちゃん。コンサートかぁ、行ってみたいなぁ。私、彼女の“月恋メランコリック”大好きなんですよね。切なくて、キュンキュンします。えへっ」
鮎美は不適に笑い、
「奥家君とのデートの時で良ければ、綾も来る?アンタも居たほうが、ほら、誘い易いじゃない?」
綾はテーブルで平伏し、
「お任せください。この仁科綾、お二人を持ち上げて、いい頃合いで消えさせてもらいますから」
でも、綾は未だ知らない。
このコンサートで綾は運命の人と再会し、過酷な運命が待っている事に・・・。