第十五話 握り絞めた手
「なんで、横浜?」
今度は結がため息を吐き、
「それは知らないわ。でも、横浜での撮影の後、出版社の人に連れていってもらったお店にね、優斗が居たの。カウンターの中で忙しくてたから、じっくりとは見れなかったけど、身長と体格は明らかに優斗だった。後、お店の人も“優斗”って言ってたから・・・、多分」
結は頭を下げ、
「ごめんね。ちゃんと確認すれば良かったんだけど、他に出版社の人もいたから・・・」
綾はポロリと涙を溢し、
「ううん、いいの。それだけで充分。生きているかもしれないだけで」
涙が止まらなかった。
結は手帳を取り出し、更に一枚の名刺を取り出すと綾に差し出し、
「新横浜近くだから、休みにでも行ってみたら?」
名刺にはこう書いてあった。
割烹“あ津眞”。
「でも、ね・・・」
結はまだ何か言いたそうだ。
綾は涙をハンカチで拭い終えると、深呼吸をして、
「でも、何?優斗に子供でもいたの?」
結は首を横に振り、
「違うの。吹雪にも同じ事言ったの、横浜で優斗を見たって。そしたら、吹雪も言うの『試合の時、ホテルから新横浜スタジアムに移動中、中華街近くを通った時、二十歳そこそこの可愛い女の子と腕を組んで歩く優斗を見た』」
綾の中で、この前の光景が甦る。
《もしかして、仙台駅で見掛けた背中は、やっぱり、優斗?》
後悔の念が過る。
追い掛ければよかった。
確かめればよかった。と。
握り絞めた手が痛たい。
ポツリと漏らした。
「結、今度、私、横浜行ってみる・・・」
結が尋ねる。
「優斗がいたらどうすんの?」
「ひっ叩たく。何度もひっ叩たくの・・・」
そう言ってみたものの、心の中では、
《叩ける訳無いよ・・・。まだ思ってるんだから・・・》
又、ポロポロ泣き出してしまった。
綾が更衣室で着替えていると、背中越しに鮎美が話掛けてきて、
「綾ーっ、聞いたよ。カフェテリアで美人と修羅場だったって、どうしたの?ウチに言ってみ?」
鮎美の声は優しい。
綾が事の経緯を話すと、
「理解った。今度、泊まりで横浜にドライブして、中華食べよう。車出すから。そして、綾が聞きにくくければ、ウチがアンタの彼氏の事、その“あ津眞”で聞いてあげっから。それでええやろ?」
こんな時の鮎美は、何処までも優しい。
「それと、近々辞令出るから。綾、アンタ来月からICUやって。楽しみやねー。鍛えてあげっから」
運命の歯車が又一つ回った。