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サヨナラの向こう側  作者: こころ龍之介
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第一話 石巻漁港の見える丘で

風が柔らかく心地いい。

宮城県石巻漁港を見下ろす高台で、まだ若い女がキラキラ輝く海を見つめ、ボソリと呟いた。

優斗(ゆうと)・・・」

本来ならば、その人が自分の右側に居る筈だった空間をチラリと見て、

「五年前、此処に居たんだよね、優斗」

刹那、背後から声が掛かる。

(あや)ーっ、何たそがれてんの?私、もうお腹ぺこぺこ、港に下りて何か食べよーよ?」

綾が振り返ると、先輩看護師の永岡(ながおか)鮎美(あゆみ)が、高台近くのファミマで買ったジュースが入ったポリ袋を手に持ち、立っていた。

今日は和歌山生まれの鮎美のたっての希望で、松島から石巻にかけてドライブに来ていたのだ。

まだ東北に来て全然何処も行った事が無いので、連れていけと半ば強引にかり出されたのだが。

と言っても、綾自身も高一の春に、父の転勤に伴い岡山から宮城に引越してきたので、完全な東北っ子ではない・・・。

綾はクスっと笑い、

「ちょっとー、何買ってきたんですか?鮎美サン?仙台出るまえに、ローソンで肉まん買って食べてたじゃないですかー」

鮎美はチラリとポリ袋を見て、

「コレ?コレはサンドイッチ、ハム玉子サンド。綾も食べるやろ?アンタの居てる心臓外科(しんげ)病棟と違い、ウチはICUやから激務でいつもお腹が空くの」

「鮎美サン、いつもお腹空かしてません?先週も一番町のピザ食べ放題で、何ピース食べてましたっけ?一緒に行った奥家(おくや)サンも呆れてましたよ」

鮎美はちょっと驚き、

「奥家君がー。ちょっとショックだわ。好感度下がったかな?ウチの?」

「さぁ?少なくとも、微笑(ほほえ)ましく見てらっしゃいましたよ。鮎美サンの事気にされてる感じに、私は思いましたが」

「へ?本当?それ?」

「私みたいなちっぱいよりも、ナイスバディな鮎美さんみたいな(ひと)がお好きじゃないですか?奥家サン。今度、仲のいい薬局の子に聞いておきますね」

鮎美は手を合わせると、

「綾ーっ、お願い。奥家君とデート出来たら、駅前の“利休”で牛タン奢り(ゴチ)るから。ねっ、ね」

何気に必死だ。

綾は小さい胸を突き出し、

「この仁科(にしな)にお任せあれ。ただし・・・」

「ただし、何?」

鮎美は首を傾げる。

「“利休”の牛タンもいいけけど、今日のランチもいいかなーって。うふっ」

鮎美は軽くため息を()き、

「前払いー?ちょっと現金過ぎじゃない?」

「嫌なら、私はニヤニヤお二人の事眺めてるだけです」

鮎美は、今度は深くため息を()き、

「いいわ。その代わり、アンタが知ってる奥家君の情報全てと、デート出来る様に仕向けるの手伝いなさい。あと・・・」

綾は驚き、

「後、なんですか?鮎美サン?」

鮎美はじっと綾を見詰めると、

「もし、完全にアプローチ失敗したら・・・」

「失敗したら?なんですか?鮎美サン?」

「そん時は、“のん太”のヒレカツ定食奢る事。勿論、大盛ね」

綾はやらかした自分に気付き、

「ちょっと、鮎美サン。それ、私のリスク高くないですか?」

鮎美は、フフンと笑い、

「まぁ、言い出したのは、綾だからね。成功すれば、winwinで誰も困らないじゃん。綾は美味しいランチが食べれ、私は幸せになり、奥家君はこのナイスバディを手に入れる」

鮎美は、なまめかしく身体をくねらせてみた。

その時、鮎美のお腹がグウと鳴る。

綾はプッと吹き出し、

「あらあら。身体は正直ですね、鮎美サン。やはり、色気より食い気ですか」

鮎美はニヤリと笑い、

()ったり前じゃなーい。イケメンも年取れば、只の中年のオッサン。でも、美味しい御飯は一生美味しい御飯のままなの」

眼を潤ませる。

今度は、綾の腹がグウと鳴った。

綾もプッと吹き出し、

「どうやら、私も食い気優先の様です。港行って美味しい御飯食べましょう?鮎美サン」

鮎美はウンウンと頷き、

「では、お願いしていたお店に連れて行ってくれるかな?仁科君」

綾と鮎美が勤めるクララ会・仙台北総合病院の心臓外科部長・北畠(きたばたけ)の真似をしてみた。

綾は鮎美の真似のクオリティの高さに爆笑し、

「鮎美サン、それ最高!それで北畠先生みたいに、目付きをイヤらしくすれば完璧ですのに」

鮎美はこうか?と言って演じて見せた。

「キャハハ、最高です。鮎美サン」

綾は、はっ思い出したかの様にスマホを取り出し、鮎美にスクショを見せ、

「そう言えば、頼まれていたのこのお店です。南三陸の美味しい魚介が沢山。みなと食堂“えびす丸”って言うんですけどね」

鮎美は綾のスマホを覗き込み、

「あっ、知ってる。聞いた事あるわ、確か、焼き牡蛎(がき)がめっちゃ美味しい御飯屋さん。テレビにも出てた」

綾は頷き、

「大学で同期だった奈和(なお)ちゃんから聞いたんですけど・・・。地元の人しか知らない裏メニューがあるそうです」

「そうなんや。それは絶対外せないね、綾」

鮎美は、サワリと綾の尻を撫でた。

「キャっ。もう、そんな(ところ)は、北畠先生のマネしなくていいですから~」

綾は逃げる様に鮎美の愛車真っ赤なトヨタ・アクアに向け走りだす。

鮎美も綾を追い掛け、

「まてー、急患来るから、少しは休憩中に尻ぐらい揉ませろ~」

冗談交じりに、笑いながら走りだした。

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