1 ことのはじまり
人が殺人を犯す理由なんて、この世にはいくらでもある。
今回は、その中のたった1つ。
極めて珍しい、面白おかしい理由なのだ。
「森の館?」
全員が、一斉に圭介を見る。
「そう、森の…館だよ」
少し声のトーンを低くして言う、圭介。
ここはとある高校の、とあるオカルト研究部。略して「オカ研」と、巷で呼ばれている。評判はあまり良いとは言えないが、一応放課後には全員が集まり、一応オカルトについて研究をしている。
そんなオカ研のいつもの活動中に、朗報が舞い降りた。その朗報の主は、この部の創立者であり部長である三年生の 佐々木圭介 だった。彼は非常にオカルトに興味を持っており、そういう類のものにはことごとく首を突っ込んでいく。そして大抵それらは科学で解明されてしまう、そんな世の中に不満を持っている。そんなごく普通(?)の少年だ。
そんな彼が、今日はいつもと違って落ち着き払っている。そして、この「森の館」の話を持ち出したのだ。
「そんなの、本当にあるのかよ……なんか幻覚でも見たんだろ」
そう口を出したのは、圭介の隣にいた 松ケ谷柊 だ。彼も圭介と同じく三年生であり、圭介とは幼馴染である。いつも研究に失敗している幼馴染の姿をよく知っており、どうせ今回の「森の館」の話も失敗に終わるだろうと思ったのだろう。
「違う! 本当にあったんだよ。ここの屋上から森の中を望遠鏡で見たんだ。本当に、赤い屋根の、立派な廃墟が……!」
「ちょ、ちょっと待って、圭介くん。中には入ってないんだよね? だったら廃墟かどうかも分からないよ……もしかしたら人が住んでるかもしれないよ? 」
指摘したのは、椅子にこてんと座った美少女 飛鳥井みき だ。彼女は圭介、柊と同じクラスの女子であり、非常におっとりしている。が、オカルトへの興味は圭介にも負けないほどあり、その可愛らしい容姿と中身のギャップから変な子と思われがちなのである。
「そ、それはそうだけど……じゃあそれを確かめるために! 明日、皆で行かない!? ね? 」
圭介は柊の肩を掴み、部員全員の顔を見た。
「朝日は、どう? 都合悪い? 」
「ぅえっ……? い、いや、別に……平気だとは思います…けど」
答えたのは、二年生の 田ノ上朝日 だ。前髪で目が全て隠れており、暗そうな印象のある男子である。なるべく地味な部活に入りたかったのでオカ研に入るも、先輩たちに振り回されているという結構な苦労人である。
「オッケー。 じゃあ朝日は大丈夫だね! あ、ちなみに柊とみきは確定だからね? じゃあ花音ちゃんはどう? 」
「えぇ…? 暇――…だとは思うけど、あたしあんまり行きたくないかも。まあどうせ行くことになるんだろうから拒否しても無駄なのは分かってるわよ」
次に答えたのは、朝日と同じく二年生の 五十嵐花音 だ。ショートカットが印象的な美少女だが、先輩に対して敬語を使わないという高飛車な性格の持ち主である。スポーツが得意らしいが何故このオカ研に入部したのか、それは彼女にしか分からない。
「分かってるじゃん花音ちゃーん。 それじゃ、後は―…鏡くん、どう? 」
「自分ですか? 自分はいーっつも暇なんで大丈夫ですよー。 部活としての活動なら無駄にはならないと思いますしね」
次に答えたのは、一年生の 千ヶ崎鏡 だ。この部活では唯一の一年生である。一年生でありながら部活内では一番の高身長で、いつも笑っているその様子はまさに仮面をつけているような印象を受ける。
「ようし、それじゃ土曜日。決まりな! ジャージで校門に、朝の八時に集合だ。分かったか? 」
「いや、わかんないから…。なんで俺とみきは勝手に行くことになってるワケ」
柊が圭介に言った。
「え、だってどうせ行けるんだろ? わざわざ聞かなくても分かるんだよ、これだけ一緒にいるとな」
へへっと言い、鼻の下をこする。柊とみきは納得がいかない顔をしていたが、すでに諦めていた。圭介が決めたことは、たとえどんな反論をしたって押し通される……これは、オカ研内での暗黙の了解なのだ。
「それじゃ、明日は早いし皆家帰って寝ろよな! ということで今日はかいさーん、オツカレ! 」
突然勝手に決められた解散に、皆吃驚する。が、鏡と花音は嬉しそうにすでに帰る様子を見せていた。
「お疲れ様でしたー」
二人が部室からいなくなると、残りの部員たちも帰り支度を進める。
「柊、みき! 楽しみすぎてワクワクとっまんないな! 」
圭介が柊とみきの肩に手を回し、ニヒッと笑顔で言った。
「あ、あはは……そうだね、オカ研らしい活動で、いいと思うよ」
みきは苦笑いでそう答えた。
「な、な! だよな!? なんかよくあるホラーゲームみたいな展開で面白そうだよな」
ホ、ホラーゲームは…よく分かんないかも、とみきは言う。柊も、それに大きく頷いた。
「ていうか、圭介……俺たちもう三年だぞ? 大学受験とかあるよなぁ……なのにこんなこと、してる暇ないんだよ。勉強はちゃんとやってんの? 」
「なーにオカンみたいなこと言ってんだよ。俺がお前に点数も成績も負けたことなんて一回もないだろ? 安心しろ! 」
柊の背中をバンッと強く叩き、ドヤ顔で自慢話をする。
「あー、うっざ……ホントうざい。何もしなくても頭がいいとか、ほんっとにうっざ」
ぶつぶつと圭介の悪口をし始める柊。その横で、圭介はまだドヤ顔を続けていた。
「あー、はい。終わり! 二人とも、もう家帰ろう! 田ノ上くんも困ってるよ、ね? 」
みきはなんとか柊と圭介を元の世界に引き戻し、朝日に話を振る。
「えっ? あ、あぁ、べ別に……僕はそんな、思ってないですよ」
「思ってるくせにねぇ」
突然現れた声の主に、一同驚く。声の主は、部室の窓の外にいた花音だった。
「田ノ上、あんた遅い! もう五分ぐらい待ってるんだけど」
「は、はぁ……? 僕五十嵐と帰るなんて言ってない…んだけど」
突然のことに、朝日はたじたじしていた。
「だって千ヶ崎が急いでるからって行っちゃうんだもん。あたし一人で帰るの嫌だから。じゃ、そういうことで早くしてよね! 」
「う、うぇえ……? 」
困った様子で、朝日は助けを求めるように柊にすがりつく。が、柊はニヤニヤと朝日を見下す。いつもとは違う先輩の姿、頼ってられないと悟った朝日は早急に帰り支度を進め、「さ…さよなら…!」と言いながら勢いよく部室を飛び出していった。
「おい柊、後輩いじめはやめろよ」
そう柊に言う圭介も、これまた顔がニヤついている。
「ま、この部活じゃ事の優先順位は俺の次に五十嵐だもんな!朝日も気の毒だ」
ハッハッハと大笑いする圭介。
「自覚してるんだったらお前ももう少し遠慮しやがれ… 」
またさっきのようなことが起きると思ったみきは、「もうやだぁー…」とため息をつきながら二人を止めに入った。
「戸締り、オッケーね」
圭介がみきに確認する。グっと親指を立て、みきは部室に鍵をかけた。
「はぁーあ、なんかすっごい疲れた、今日」
「それはお疲れ様」
お前のせいだ、と言いかけたところで柊はそれを何とかこらえておいた。そろそろみきもしんどそうだと思ったのだろう。
そのまま三人は学校を出て、先にみきは二人と別れた。柊と圭介はお互い家も隣なのだ。
「それじゃ、また明日な」
「おう。柊、絶対に寝坊するなよ! 」
「お前もな」
そして、先ほどまで住宅街にあったうるさい声たちは、忽然と消えた。