表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/71

9.貴重

  





『どうして、こんなに早く……!』

『恐らく生命維持に必要な分、ギリギリまでマナを使用してしまったのかと』

『治癒魔法――。こんな魔法を使った人間を私は知りません』



 知らない。そんな、事。



『リアム君を我々のところに――』

『――余剰分のマナを生命に転換できる可能性が』



 お願い。

 あたしから、リアムを。弟を、取り上げないで。



『このまま彼は、ずっと眠ったまま――』



 止めて。


 耳を塞ぎ、首を振る。

 聞きたくない。

 音も、声も、言葉も。何も、かも。


 ――しかし、その声は容赦なくあたしの耳を刺す。



「いやぁっ!!!!」


「どうした!? ティアナ!!」



 バンッと音がして、すぐさまエリオットが傍に来た。

 彼は険しい表情をしたまま視線を走らせ、困惑したようにあたしを見上げる。



「……襲われた、わけじゃないよな?」

「え、あ……」



 一瞬何が起こったのかも分からず。

 周囲を見回し、ここが自分の部屋である事を認識する。



「ティアナ?」

「え、あっと……お、おはよう。エリオット」

「なにが『おはよう』だ! いつもより起きてくるのが遅いと思ったら、いきなり悲鳴が聞こえて! 俺は襲撃でもあったのかと飛んできたんだぞ!」



 目を吊り上げ怒るエリオットに「ごめん」と謝り、なんとか笑って見せる。


 上手く、笑えているだろうか。

 自分の表情は確認できないけれど、エリオットに要らぬ心配をかけたくはない。


 そう願っているにもかかわらず、彼は難しい顔をしたままこちらを見ている。



「な、なあに? エリオット?」

「……何があったんだ」

「え? な、何にもないよ?」



 へらりと笑い、全力で誤魔化す。


 エリオットは答えない。

 それどころか、こちらを見る眼差しは益々鋭いモノに変わってゆく。



「や、やだなあ……何もないのに~。あ、そういえば、虫! 虫が出たのよ~! ビックリした~!!」

「嘘を言え」

「う、ウソじゃない……わよ?」

「止めておけ。お前は嘘が下手なんだ」



 「正直に言え」と、迫るエリオットに、あたしはたじろぐ。

 内心を見透かされないよう視線を逸らしながら、懸命に続ける言葉を考える。



「……作り話を考えるな」



 ……バレている。

 子供のなのに……と、思いつつも、その子供を誤魔化すだけの言い訳が思いつかない。


 あたしは嘘を重ねるのを止めた。

 正確に言えば、これ以上取り繕う事が今のあたしには出来なかった。



「――……夢見が、悪かっただけ」

「……それは、昨日のあいつが原因か?」



 エリオットの声色は、確信めいていた。


 鋭いなあ……。

 どうして、分かっちゃうんだろう。


 気付いてくれた事が嬉しくて。

 あたしの方が年上なのに、頼りたくなって。

 こういうのは情けないって思うのに、あたしは全てを隠してエリオットの頭を撫でる。


 彼は不機嫌そうな顔をしていたけれど、あたしの手を振り払う事はなかった。


 エリオットは直接、心配しているなどと声をかけてはくれない。

 それでもこうやって、あたしが気落ちしている時には黙って傍に居てくれる。

 それが、どれだけ支えになっているか。彼は分かっているのだろうか。


 あたしはそっと手を伸ばし、エリオットを引き寄せた。



「お、おい!? 一体どうしたって――……」



 驚いたエリオットがあたしから離れようともがく。


 何でもないよ。とか。心配いらないよ。とか。

 本当はそういう言葉をかけるべきだろうけど。

 あたしは、心の内側から溢れる気持ちのまま、目の前の子供を抱きしめる。


 自分の胸元ぐらいの小さな男の子。

 彼は一人前のように、あたしを守ろうとしてくれる。

 ああ。本当はあたしが守らなきゃならなかった大事な、大事な……。



「――少し、だけでいいから……」



 小さな声で。

 懇願するように呟けば、エリオットがもがくのを止めた。

 老成している彼は察する能力にも長けている。だから、あたしの心の揺れに気がついたのかもしれない。



「ありが、と……」



 かすれた声でお礼を言えば、エリオットが少し身じろぎをして、そっと背中に手を回してくれた。

 じんわりと広がってゆく温かな気持ちは、苛まれる心をゆっくりと温めてくれる。


 夏真っ盛りに、子供特有の体温は熱いけれど――……とても、懐かしかった。




 ――次の日、あたしは初めてエリオットを日課(・・)に連れて行った。

 彼は無言でガラスの向こうを見ていて。手はきつく握りしめられていた。


 あたしは何をしているんだろう?


 ウチの事情とエリオットは何も関係ないのに。

 彼が大人びているから。だから。だから?


 何を期待しているのか、自分でも分からない。



 見返りなんて求めていない。

 そんな事を言いながら、あたしはしっかり見返りを受け取っている。

 束の間の、自分だけの騎士に。こんな風に、甘えて。



 この日からエリオットが少し優しくなった。



◇◆◇◆◇◆



 今日は特別講習の日だった。

 週ニ回行われる事が決まったという厄介な講習は一般の授業を切り上げて始まる。


 最近世間を騒がせている誘拐事件対策である為、対象はヴァリュアブルのみ。

 その目的は自己防衛能力を上げる事にあるのだとか。


 受講対象ではないマリカと別れ、あたしは一人、講堂へと向かう。自身の校舎から移動に五分。比較的、近い場所だった。



「――ティアナ=ヴォーグライトです」



 学生証を入り口の教員に見せ、中へと入る。

 講堂には数人の生徒が集まっており、その中にマティアスの姿も見えた。


 あたしは彼の視界に入らない場所を選び、席に着く。

 その後も数人の生徒が入って来て、各々が席に着く頃、開始の合図が鳴った。


 部屋が少し暗くなり、講義が始まる。

 内容は魔法学の講義を単純に増やした。と、いう印象を受けたが、それは最初だけ。

 徐々に聞き覚えのない単語が出てきて、魔法とは無から有を生み出すわけではなく、元々世界に存在する目に見えない物質――マナを組み替えてその事象を起こすのだと説明する。

 理論上、物質がありさえすれば、魔法は繰り返し使える。と、言いたいらしい。


 そんな事あるわけない。

 世界はこんなに物で溢れているのに、魔法が使えるのは生涯で一度だけ。

 二度使った人間の話など聞いた事もないし、何度でも使えると言うなら何故使わないのか。

 何故、魔法未使用者を『貴重』などと、呼ぶのだ。


 あたしは不信感を抱きながらも、周囲の様子を窺った。

 別の生徒たちは戸惑っているものの、何度でも使える魔法という話に心を動かされている様に見える。


 どうして急に、こんな話を始めたのか。


 結局その日は座学だけで終わり。

 あたしは不完全燃焼のまま席を立った。



◇◆◇◆◇◆



「――ティアナ。なんだ、その不機嫌面は」

「うん。特別講習が、ものすごーく胡散臭くて」



 自宅に帰った後、表立っては出せない不信感をエリオットにぶちまけた。

 特別講習はあやしい。怪しすぎる。新手の催眠商法みたいだった。


 そう内容を告げるあたしに「内容自体は間違ってはいない」と、エリオットは言い放った。



「ええっ!? 嘘でしょ!?」

「嘘ではない。マナは物質の元となる物……物と、表現して良いかは置いておくが。これを組み替える事により、今ある物と違う物を生成、発現させたりするんだ。基本、物質があれば魔法は使える」

「信じられないんだけど……」



 じゃあ今まで、魔法は一度だけだなんて皆が信じていたモノは一体何だったんだろうか。

 騙されていた……という気持ちと、じゃあなんでニ回目を使った人間がいないのかなど、様々な疑問が膨れ上がる。


 だって、おかしいじゃない。

 何度でも使えるなら、どうして何度でも使わないのか。



「まあ、その講習の内容通り、組み替えられればの話だけどな」

「組み替え?」

「そうだ。簡単に言えば、魔法は調理の様なものだ」


 調理は材料を混ぜ合わせる事によって、違うモノを作り出している。

 魔法も存在するマナの中から必要な物を選び取り、正しい手順で組み替える事によってその事象を起こすのだと。



「……じゃあ、エリオットはまた魔法が使える?」

「理論上は」

「理論は置いといて、実際はどうなの!?」



 詰め寄るあたしに、エリオットは首を振り「今はマナを感知できない。……だから、使えない」と、言った。



「それはあの日、魔法を使ったから?」

「確証はないが、恐らく」



 なーんだー!

 と、あたしは大の字になって寝ころんだ。



「――結局、一度しか使えないんじゃない」



 エリオットが魔法を使えたら、もっと色々。そう、アリス探しだって、もう少し進展するはずなのに。

 そう思っていたら、彼はあたしを覗きこむようにし「そうとばかりは言えないぞ」と、声をかけてくる。



「今の俺はマナを感知できないが、ティアナはどうなんだ?」

「え? あたし?」

「ティアナはヴァリュアブルだろ? 魔法がまだ使える――……つまり、マナを組み替える事が出来る」

「マナを組み替えるって言われても……そんなの、分からないし」

「多分皆、無意識に行っているんだろうな」

「……って、エリオットは意識してやったの?」

「当たり前だ」



 心外だとばかりに返事をしたエリオットは、自分が今、重大な事をしゃべってしまった事に気付いていない。


 あたしはむくりと起き上がり、エリオットに顔を寄せる。


 平然としていた表情が一転。

 彼は目を見開き、身体を仰け反らした。



「な、なんだよ……」

「そのマナの組み換え。何処で教えてもらったの?」

「…………」

「今日という今日は吐いてもらうわよ? エリオット」



 エリオットは視線を逸らし、口を閉じる。

 言いたくないという意思表示だとわかったけれど、簡単には引いてあげない。


 エリオットは世界の(ことわり)を知らなかったくせに、マナについて詳しすぎる。

 それこそ今日特別講習で聞いたばかり内容すら、まるで常識の様に知っているなんておかしい。



「……話しても、ティアナは信じないだろ?」

「そんな事ないわよ」

「じゃあ、俺が二十歳だっていう事は信じるのか?」

「信じてあげる。と言いたいところだけど、どう見ても見た目は七、八歳よ」

「――正直は美徳だが、今は嘘でも信じると言うべきだったな」



 エリオットはすくりと立ち上がり、あたしに背を向ける。



「あ! ちょっと!! 逃げようったってそうはいかないわよ!?」

「トイレだ。ついてくる気か?」

「夜じゃないんだから、一人でいけるでしょ?」

「っ!! 昼でも夜でも一人で行ける!!」

「はいはい。戻ったら話の続きね」



 エリオットは悪態つきながら洗面場へと消えた。

 あたしはといえば、無くなったジュースとお菓子を補充しようと台所へと向かう。


 そういえば、たしか安売りしていたチップポテトが棚に置いてあったはず。

 エリオットはコンソメ味が好きで、あたしは断然塩味派だから言い合いになって、結局両方買ったんだっけ。



「尋問する時は、食べ物で釣らないとね」



 あたしはコンソメ味の袋と、たっぷり追加したジュースのトレイを持つ。


 エリオットからどんな話が聞けるのかな。

 彼の情報は名前と年齢(自称)と、探し人『アリス』しか知らないから、ちょっと楽しみ。

 でももし作り話をしたら、夕飯は彼の嫌いな『ネバ豆』尽くしにしてやる。



 リリーン……



 不意に、音が鳴って。あたしは玄関口を見る。

 自分の身長より少し高めに設置されたランプが点滅しており、来客を知らせていた。


 一体誰だろう?

 まだ日も暮れていないからマリカかな?


 あたしはお菓子の乗ったトレイを机に置き、「はーい」と声を上げる。


 玄関へと向かう。

 今日はもう家を出る予定がなかったので、すでに施錠は完璧。ちょっぴり手間のかかる錠をカチャカチャと外し、外側に向かって扉を押し開ける。


 目に飛び込んできたのは、黒。



「――ティアナ=ヴォーグライトだな」



 無意識に鼓動が速くなり、足が小刻みに震えた。








*ネバ豆 → 納豆のような食べ物です。

お読みいただきましてありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ