7.鉄拳の女神
「マリカっ……!! 」
「やっぱり狙われたわね。ティア」
「そんな事よりどうして……!!」
「簡単な事だ。俺がマリカ=シグレスの目印になったまで」
話によれば、あたしが狙われるのではと心配したマリカが、エリオットに位置情報を知らせる道具を持たせていたらしい。
それが功を為し、妙な動きをしていたあたし達に気が付いて、戻って来てくれたとの事。
いつの間に……と、思うが。それは準備万端、マリカ様のみが知ることである。
「って……、あたしに直接渡してくれれば良いのに」
「ティアは忘れそうだし。というか、外すでしょ? 巻き込みたくないからって」
うっ……。
完全に読まれている事を、喜ぶべきか、反省すべきか。
マリカは覆面を後ろ手にし、ハンカチで縛りながら笑う。
「その点エリオット君なら、何が必要か正しく理解出来ているからね」
「必要な時に必要な物を使う。当然の事だ」
「ふーんだ! どうせあたしはその見極めができませんよーだ!!」
「「事実だから、慰めない(わ)」」
二人の声がハモり、あたしの頬は引き攣る。
何この二人。
いつの間にそんなシンクロ技を出してくる様になったの。聞いてないぞ。
「――とにかく、私は残りを片づけるから。あなた達はそこで待ってなさい」
あたしの心のツッコミは届かず、マリカは颯爽と歩きだす。
――そんな彼女が戻って来たのは、それからすぐの事だった。
◇◆◇◆◇
結果から言うと、その後マリカは覆面と相対する事無く戻って来た。
本人は『取り逃がした』と悔しがっていたけれど、これは退却に追い込んだという方が正しいと思う。あと、最初に捕まえたハズの覆面も姿を消していたが、それも問題ない。
あたしはマリカが怪我をしなくて良かったと思っている。
狙いはヴァリュアブル。魔法だけ。
その力を持たない者には容赦の無い輩もいると聞く。今回が、そういった人達じゃなかっただけよかったのだ。
マリカがあたしを送ると譲らないので、成り行き上、三人で家に帰った。
折角だからお茶でもと誘い、三人分のジュースとお菓子を持って居間へと向かう。そして――……
あたしは何故か。マリカに追いつめられる事となる。
「――で。この優秀な従弟君は、一体どこで拾ってきたのかな?」
ニッコリ笑いながら質問してくる彼女は、目が据わっていた。
「え? それは、げんか……じゃなくて、な、何の事? かなあ……?」
「……お前。謀には向いていないな」
呆れ声のエリオットを睨みつつ、あたしは早々に白旗をあげた。
マリカ曰く、エリオットを従弟として紹介した時から彼の存在を怪しんでいたらしく。
あたしに口を割らせるより先に、彼が危険人物かどうかを見極めようと今まで静観していたそうで。そうして現在、彼は無害であるという考えに至ったとの事。
そして次に。エリオットは何者なのかという疑問にぶち当たる。
「まあ、出会いは玄関先で……」
簡単に出会いから今日までの話を聞かせると、マリカは綺麗な顔にシワを寄せる。
「また余計な事に首を突っ込んで……」
「端的に言うとそうだ」
「ちょ……! エリオットってどっちの味方!?」
「どっちも何も。事実を述べているまで」
「ええっー……」
なにそれヒドイ。
「なんか一人で空回ってる気分なんだけど……」と続ければ、「だろうな」「でしょうね」と、またも合わせ技を食らう。
単純にダメージ倍増。
マリカが二人になったとか、エリオットが二人になったとか。
結局同じじゃん。と、どうでもいい事を思いながら、あたしは机に突っ伏した。
「ティアが考えそうな事ぐらい分かるわ」
「同感だ。俺でも最近分かる」
「合わせ技はもう良いって!!」
机に顎を乗せ、ふくれっ面で二人を見やれば、彼らは呆れ顔を浮かべつつも、口元は笑っていた。
「じゃ、ここからが本題よ。――エリオット君、貴方、何が目的でティアの傍にいるの?」
「……ある人との約束を守る為だ」
「約束ってなに?」
「人を、探している」
「名前は?」
「『アリス』という女性だ」
「ファミリーネームは?」
あたしが得るまでに何日もかかった情報を、マリカはたった数分で明かしてゆく。
それに若干悔しい思いをしながらも、黙ってその様子を見守った。
彼女が矢継ぎ早に尋ねるという事は、単なる興味本位、という事ではなく、話をしっかり聞いて見極めようとしている証拠。
しかも、他人には興味を示さないマリカが尋ねるという事は、前向きに協力をしようと考えているのだと想像できた。
「ファミリーネームは……」
エリオットは少し躊躇った後、「ファーブル」と、言った。
「アリス=ファーブル? 聞いた事無いわ」
「あたしも、知らない」
記憶を総動員しても、その名前に覚えはなかった。
エリオットも答えを予想していたらしく、がっかりした様はない。ただ、次の言葉を言いあぐねているようで、少し表情は硬かった。
「……歳は、知らないのだが。ひょっとしたら……」
「――亡くなっている。かもしれないって事ね」
言い淀んだ言葉を、マリカが受け取る。
誰もが口にしたくはない言葉を曖昧にせず、彼女は汚れ役をすぐ引き受ける。
潔い、マリカのカッコいい所。
エリオットは表情を硬くしたまま頷いた。
「エリオット君。その『アリス』って人、名前以外に分かる事は?」
「過去に一度、肖像を見た事がある」
「あら。容姿を知っているという事ね?」
「……ああ。ただ、何年前の物かは……」
「それでも。手掛かりがそれしかないなら、使ってみるしかないでしょ?」
マリカはバックを膝の上に引き上げると、中から真っ白な紙とペンを取り出す。
何をさせる気なのかは一目瞭然で、エリオットが息を呑む。
「マ、マリカ……他にも方法が……」
「何言ってるのよ、ティア。ある方法は全部試すのよ」
情報少ないんだからと続ける彼女に、あたしは「そうだよね……」としか言えない。
エリオットがさり気なく目の前の紙とペンから視線を逸らしていたが、この意味を正しく理解できているのはあたしだけだろう。
だが。彼を救出する術はない。
「――描きなさい。エリオット君。貴方が見た、その『アリス』って人を」
しばらくの間、エリオットは躊躇っていた。――が。
彼は覚悟を決めた瞳でペンを取り、紙に向き合う。
――……そして。十数分後。
完成した肖像を見て。あたしとマリカは沈黙する。
「……おい、何か言えよ」
「ド下手ね」
「くっ……!! お前が描けと言ったのだろう!?」
「それとこれには何の因果関係もないわ」
「くそぉっ!!」
言葉通り悔しそうに拳を握りしめるエリオットに、マリカは何の容赦もなかった。
そしてあたしもある程度は予想していたものの、その予想を遥かに超えた肖像に結局沈黙した。現実は子供にも甘くなかったのだ。
「――取りあえず。この、頭に生えている花はなに?」
「髪飾りだ」
「大きさがおかしいわ」
「小さく描いたら何の花か分からないだろ」
「不要な気使いね。どの道分からないわ」
エリオットから冷え冷えとした空気が流れてくる。
その様子を知ってか知らずか、そのまま肖像の解析を進めるマリカ。
夏なのに、一人ブルリと震えるあたし。
やばい。このまま二人で会話をさせたら、あたしんちは冷凍庫になる。
生命の危機を覚えたあたしは二人の間に割って入り、エリオットの描いた肖像を見る。
……細かい描写は置いておいて。
長い金色の髪。真っ青な瞳。髪を彩る花の飾りと、首元のネックレス。
手には日除けなのか、恐らく肘と思われるところまである白い手袋。
服装はワンピース……というより、子供が描くお姫様の様なスカートにも見え。歳は残念ながら、おばあさんではない。という事ぐらいしか分からない。
「金髪碧眼のお嬢様……」
よくある色の組み合わせに、あたしは唸る。
せめて顔にホクロとか、そういった特徴があればよかったものの、描かれた『アリス』は、真っ白な肌――実際、白い紙のまま色付けされていない――で、これといって何の特徴も無い。
「さすがに金髪碧眼の女性ってだけだと……」
「ガッカリするのは早いわティア。肖像が本来の姿だとしたら、着飾る事には慣れているって事になるわよ」
「なるほど……って、それでも何かが特定出来る訳でもないし……」
「悪かったな。絵心がなくて」
ムスッとするエリオットに手を合わせ謝る。
例え彼に絵心があったとしても、それを見たあたし達が『アリス』を知らなければ分からない。
ただ、調べれば分かるかも……という淡い期待も、アリス本人、ドレス、その他装飾品のいずれも特定できない以上、結局調べる事は難しい。
「着飾る事に慣れている。そう仮定して……」
マリカは少し考える素振りを見せ、「でもね。それだとヘンなのよ」と、続ける。
「着飾る事に慣れているお嬢様。――つまり、貴族。又はお金持ち。なのに、あたし達がファミリーネームすら知らないなんて」
「でもマリカ。あたし達が全ての貴族やお金持ちを知っている訳じゃないよ?」
「たしかに。だから、まずそこからかなって思う」
首を傾げるあたしに、マリカは口の端を上げる。
面白いモノを見つけた子供の様な、そんな爛々とした瞳は彼女を一層美しく見せた。
「明日から覚悟なさい、二人共」
――それはマリカ様による、徹底調査の始まりだった。
お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)