17.命の杯
何処までも続く森に標はなく。それでも俺達は導かれる様に、奥へ奥へと進んでゆく。
薄暗い森がぼんやりと明るく光っている。きっと、その光の溢れる場所こそが、聖杯の台座。
「…………!!」
零れ落ちるのは光り輝くマナ。星屑がまるで滝のような流れを作り、止めどなく流れ続けている。
辺りは眩しかった。
薄暗かった森の中を昼中のように照らし、杯の周りだけを不自然に明るくしていた。
一つ一つのマナの輝きは柔らかでも、量が多すぎるのだ。
そして、そのマナが向かう先は――……
「……アコット」
杯は以前見た時とは逆の方向に傾いていた。
脳裏にズリエル殿の言葉が思い出される。――反逆などという汚名を着ても、成し遂げたかった事。
杯の傾きを戻し、奇病を無くし、愛し子を守る。
それらはすべてファーブルからマナを減らす事によって叶えられる。
そもそもマナを注ぐ聖杯は不均等で、その大きさはファーブル側が大きい。
それがファーブルを魔法大国にした理由であり、民がその恩恵を享受できていた理由でもあった。
杯を戻す事は、民に不利益を与える事になる。だからこそ彼は自分が責を負うつもりだった。
――でもどうして……。
戻すだけではなく、アコット側に?
そこまで考えて、ハッとした。
不均等の聖杯。今、杯はアコット側に傾いている。それはきっと彼の国の少ないマナを補う事になるだろう。つまり、両国のマナの量は均一に近くなる。
精霊の愛し子の役割はアコットにマナを運ぶ事。
均一になればその必要がなくなり、精霊の干渉は終わる。
愛し子が不意にアコットへと移動させられずにすむ――。いや、それどころか精霊の愛し子が存在しなくなるという事だ。
お互いの国を行き来する為に必要なマナの証明は、自分のマナより少し多め。
周囲のマナを使う事が出来なくなってしまえば、それは、つまり――……
「…………」
行くな。と、叫べたら。
手を引いて、抱きしめて。離さないと自分の想いを伝えられたら、どれだけ良かっただろうか。
アコットに居る、彼女の弟と親友。
彼女が、どれだけ二人を大事にしているかを知っている。
未知の国へ渡り、救う方法を学び、再会した時に大泣きするぐらいだって知っている。
ティアナが振り返った。
困って、戸惑って、どうしたらよいか分からないといった表情。
きっと彼女も、この状況を正しく理解している。
――言える、訳がない。
両国の行き来は基本的に不可能だと知っていたはずなのに。
離れ離れになる未来を安易に想像できたはずなのに。
心の準備を、ずっとずっと前からしておくべきだったのに。
……他に方法は?
彼女を引きとめずに、離れ離れにならない方法は?
悪あがき。
瞬時にそんな言葉が思い浮かぶのに、それでも考える事を止められない。
言葉にできない想いを、いくつもいくつも抱えて。俺は諦めるという言葉を完全に無視をする。『諦めが悪い』という言葉は、今の俺にとっては最高の褒め言葉。
彼女を置いてファーブルへ戻ったあの日。
心残りを押し殺し、二度と会えないと感傷に浸った。彼女には俺の事など忘れてと願いながらも、自分はずっと忘れないと心の中で彼女の名前を繰り返した。
もし、彼女があの場に現れなければ。たとえ横たわる諸問題を解決に導く事が出来たとしても、きっと俺はずっとずっとあの日を忘れられなかった。――そう、忘れられる訳なかったんだ。
俺は、それを繰り返す気か?
「ティア!!」「リオ!!」
ほぼ同時に叫ばれた名前。
少し驚いたティアナの表情。多分、自分も同じだ。
彼女の選ぶ道は分かっている。
きっとその道は彼女の大部分を満たすだろう事も。
だけど、欲を言うなら。俺の自惚れが、ほんの少しでも彼女の本心の中にあるのなら。
後ろ髪惹かれる思いを、のちに後悔になるかもしれない思いを。そっくりそのまま希望に変えたい。
どちらを選んでも後悔しかないと思っていた現実を、打ち破ってやりたい。
選択を迫られている彼女が、幸せになれる答えを。
彼女の想うみんなが、笑顔になれる答えを。
できればその中に、俺も――
ぐっと腹の底に力を入れる。
チラつく不安を心の外へ追い出し、俺は必ず果たす約束を叫ぶ。
「必ず会いに行く!」「絶対会いに行くから!!」
導き出された同じ答えに、自然と笑みがこぼれた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!!




