15.精霊の森
王城の北側に広がる森はマナの気配を強く感じさせる、別名精霊の森。
マナの濃度が濃く、器が大きな人間以外は近づく事も難しい。その森の奥深くに、世界へとマナを注ぐ聖杯がある。
城から森の入口まで移動したあたし達は、ここからは徒歩だというエリオットに続いて歩いていた。
たしかに密度の濃い空気は何か、もったりとした感触で、身体が重く感じてしまう。
歩きながら、エリオットが振り返る。
「ティア、体調は?」
「うん、大丈夫だよ」
生い茂る草をかき分け、垂れ下がる木の葉を払う。雪は、すでに止んでいた。
こうして森の中を歩いていると、エリオットを追いかけたあの日を思い出す。
立ち入り禁止区画の森も、占める空気が重たいところがあり、それを目印に歩いていたっけ。
期間にすれば僅か一カ月を超えたぐらい。なのにもう、遠い昔のような気がしている。
パキンと、小枝を踏み抜いた音が聞こえて。
視線を落としたのと同時に、あたしはボフッと何かにぶつかった。
「いたっ! 急に止まらないでよリオ!」
もう、と言いながら一歩後ろに下がって、あたしはエリオットを見上げる。
背を向けたままの彼はこちらを振り返らなかった。
その異変と合わせて、僅かに見える横顔が強張ったのを見て。あたしは彼の背中越しに前をのぞいてみる。
見えたのは黒いローブ。
その佇む後ろ姿は一人しか想像できなかった。
「……ガーディー!!」
「エリオット、か」
チラリとこちらを一瞥した彼は、また森の奥を見つめた。
あたし達は身構えながら戸惑った。
まるで道端の石ころを見たような反応を示すガーディーに、どう対処すべきかを見失う。
エリオットが一定の距離を保ち、出方をうかがった。
風が吹き、この葉が揺れる。
同じ風でガーディーのフードがめくれ、銀色の髪が踊ったが、彼はただひたすら森の奥を見つめていた。いつもならきっと、フードをなおすだろうに。
しばらくして、エリオットが尋ねた。
「お前、ここで何をしている?」
「……答える必要はない」
「またそれか。いい加減、決着をつけないといけないか?」
「お前にそんな時間はないだろう?」
挑発するでもなく、ガーディーはこちらを見ないまま続ける。
「早く奥へ行けよ。お前ら二人はその資格があるだろう?」
エリオットが息を呑む。
何故それをと言いたげな彼は、黙ったままガーディーの背中を凝視する。
「……あの方が望んでいるのはお前達だ。早く行って差し上げろ」
「……ガーディー。お前は一体何を知っている?」
問いつめると言うよりも、何か得体の知れないモノを見た時のような反応で尋ねるエリオットに、ガーディーは初めてこちらを見た。
一瞬だけ強い光を放った瞳。
羨望のような眼差しははすぐに伏せられ、「あのお方の、望みの全てを」と諦めたような口調で言った。
「『あの方』とはズリエル殿のことだな?」
「…………」
「彼の望みは、王位?」
ガーディーがカッと目を怒らせた。
「その程度の事ならば、わざわざこんな回りくどい事をするはずないだろう!!」
「お前の魔具を使ってマナを集め、聖杯の元へ行く。力を集めて、何をする気だ?」
ぐっとガーディーが押し黙る。
エリオットはその隙を逃さずに、詰め寄った。
襟元を掴み、小柄なガーディーを見下ろす。
「ズリエル殿の望みはなんだ?」
「それを知ってなんになる?」
「もちろん、害になるたくらみなら止めるまで」
「害とは誰にとっての害だ?」
「当然王や民に対してだ」
ガーディーが鼻で笑い、エリオットの手を払いのけた。
「だからお前は気付かぬというのだ!」
「なっ!?」
「今の状況を考えろ、エリオット! 城下で起こっている事を踏まえて、お前に望まれている役割はなんだ? そして、それを全うせずとも、あの方に残る道はなんだ!?」
荒く言い放たれた言葉は、心の悲鳴にも聞こえて。あたし達は二人して黙りこむ。
エリオットに振られた役割。それは、みなからマナを奪ったズリエルさんのたくらみを止める事。
どんな企みであれ、皆に害をなした彼はさばきを受ける。いくらレイにとって大切な人物であったとしても、お咎めなしにはならないだろう。
一方、エリオットが何もしなかった場合。
ズリエルさんは得た力で何かを成すのだろう。だけど、その先は――……?
あたしはそこで初めて気がついた。
ズリエルさんにとって今の状況は、どちらに転んでも悪者だ。
慕われるレイを裏切り、皆のマナを奪った彼は、なにを成し得ても受け入れられる事がない。
「……ようやく、気付いたか」
「ズリエルさんは、何をしようとしているの?」
ガーディーは、あたしからスッと目をそらし、「自分の目で確かめろ」と言った。
「お前はこないのか、ガーディー?」
「……僕は、望みの邪魔になる。あの方の迷惑になるぐらいなら、死んだ方がマシだ」
彼はそう言い残すと、フッと姿を消してしまった。
残されたのは静寂。
風も止み、この葉が揺れる音さえもなくなってしまった森は、あたし達に何も教えてはくれない。
エリオットが言葉を噛みしめるように目を閉じ、息をついた。
「……進もう」
道は一本しか見えなかった。
◆◇◆◇
目的地の半ば、ズリエルさんを発見した。
いつもは装飾の美しい衣装を着ていたのに、今日は飾り気のない白い衣。
彼はあたし達を見て、フッと笑みを漏らした。
「なにを呆けている? 私を探していたのではないか?」
「貴方はなにをしようとしている?」
「質問を質問で返すのは感心しないな。私に用がないのなら、このまま立ち去らせてもらうが?」
「用はあります。一連の目的はなんですか?」
真っすぐに問うエリオットにズリエルさんが苦笑した。
「私欲の為だ」
「まさか。貴方が行うにはあまりにもお粗末すぎる」
「エリオット。すべての事に意味をつけようとするのは悪い癖だ。人は、意味がなくとも、何かをする事がある」
「少なくとも貴方はそんな事しないと思っているのですが」
向けられた評価に苦笑いを浮かべつつも、ズリエルさんが続ける。
「私は天候を操り、民からマナを奪った。ウェインを軟禁したのも私。そして、ガーディーを使って、アコットからマナを奪ったのも私だ」
証拠は見てきただろうと、ズリエルさんは言う。
「空想の私と、現実に事を起こした私。事実はどっちだ?」
「…………」
「現実を見誤るなエリオット。役割を忘れるな」
一歩、ズリエルさんが前に出る。
エリオットが魔法を警戒して、あたしを背に庇った。
「一緒に城へ戻って下さいませんか?」
「否、と言ったら?」
不敵に笑うズリエルさんに、エリオットが拳を作る。
彼の葛藤が目に見えて伝わって来て、あたしは息を呑んでその様子をみつめる。
両者の間に緊迫した空気が流れ。そして。
薄い、唇がゆっくりと開いてゆく。「その時は――……実力行使です!」
お読みいただきましてありがとうございました!
次回更新は5/7(月)です。お暇がありましたらよろしくお願いします(*^_^*)




