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14.雪

 





「――エリオット様」


 混雑する待合室を抜け、騎士の一人がやって来た。


「どうした」


 尋ねれば、騎士は声の高さを落として言う。「原因が分かりました」


 「え!? なんだったんですか!?」と騎士に詰め寄るティアナ。

 そんな彼女の首根っこを引っ張りながら報告を促すと、騎士は周囲を確認した後、さらに声の高さを落として続ける。


「どうやらマナが少ない事による不調のようです」


 それは魔法を何度も使った後によく起こる、疲労感や脱力感、そういう類の物だった。

 しばらく療養する事でマナが回復し、体調は良くなる。もちろん、命に別状はない。


「……それにしても、人数が多すぎやしないか?」

「はい。それは我々も思っている事です」


 マナが少ない事が不調の原因。だが、何故少ないかは謎のまま。

 引き続き調査をすると言った騎士を見送り、俺はティアナと向き合った。


「やっぱり雪?」

「そうとしか考えらないだろう」


 すぐさま外に出て、俺は先程と同じように雪を集めた。

 今度は見えている雪を、先程よりも範囲を広げて。

 集まった雪玉は、両手にずっしりと重かった。


 ――不意に。

 俺はその場に片膝をついた。


「え!? リオ??」


 驚いたティアナが俺の顔をのぞきこむ。

 背中に手を添えて、心配そうに見つめてくる彼女に俺は何も言えなかった。


 近い。

 いつもなら顔をそむけてしまう距離。だけど今は、何故、自分が膝をついたのかの理由を目の当たりにして、呼吸が止まっていた。


「リオ?」


 ティアナが俺の正面に膝をつき、雪玉を受け取ろうとした。

 彼女の白い指が、雪に触れそうになる。


「触るな!!」


 ビクッとティアナが手をひっこめた。

 その驚いた表情にハッとして、俺はすぐに謝る。「大きな声を出してすまない」


「う、うん。大丈夫」


 彼女の返事にホッとし、俺は雪玉を地面に置いた。


「この雪が原因で間違いない」


 マナが少ない事による体調不良。

 雪の中を歩いた少女達。

 不調を訴えたのはマナの保有量が少ない、城下の人々。


 その事実が指す答えは。



「――この雪、マナを吸い取っているようだ」



 スッと空気へ溶けるように、ほんの少しずつ、触れた部分から。

 俺達や王、騎士がピンピンしているのはマナが多いから。先程のように塊で触れさえしなければ、異変には気付かないままだろう。


 俺はそう考えながらも、頭の半分以上は違う事を考えていた。

 自分が行き着いた結論を認めたくない。

 違うと言い切りたいからこそ、色んな可能性を考えた。


「マナを、吸い取る雪?」


 小さくつぶやいたティアナが「まさか……!」と声を上げた。

 彼女も同じ可能性に気付いたようで、目を大きく見開いて、両手で口元を覆った。


 認めたくない思いは二人とも同じ。

 俺は一縷(いちる)の望みをかけて、そのマナを探した。小さな男の子の言葉すら材料にして、違う答え求めて。


 ――だが皮肉にも、それは否定する根拠を完全に失ってしまう結果になった。


 粉雪が舞う城下には、淡い翡翠色のマナが数多く漂っていた。



◆◇◆◇



 俺達はすぐに城へと舞い戻った。

 城下の事は引き続き騎士達に任せ、王の元へと向かう。


 ティアナも俺も終始無言だった。

 携えた結果が、重くのしかかる。


「ああ。戻ったか」


 王は労いの言葉をくれたあと、俺達の表情を見て眉を寄せた。


「……報告を、聞こうか」


 俺は覚悟を決め、事実だけを伝える。

 淡々と、得た情報を紡ぐ俺に、王の視線は物悲しげに伏せられた。


「……もし集めたマナを使う気でいるなら、あいつの向かった先は一つだ」


 思い当たった行き先を言葉にする。「精霊の森ですか?」

 そうだと、王は答える。


「民のマナを自分の物にしようとしても、器の大きさには限界がある。器を大きくするには杯をファーブル側に傾ける事、その答えをあいつはわたしを見て知っている」

「だから今まで、杯の傾きを戻す事に反対を?」

「わからない。あいつが自分の利益だけを追求するなどと信じたくもない」


 人からマナを奪う。

 それは反逆と言っても違いなかった。


「体外に放出されたマナは一度聖杯に戻る。たくさんのマナがある時に傾ければ、流れ込むマナの量も増え、きっとわたしの器をも越えるだろう」


 底なしと言われている王を越えるマナ。加えて、マナを吸い取る魔具。

 その目的は? もし仮に、王位を奪う為の力であれば、すでに十分すぎるほど揃っている。


「ズリエルさんはそんな人じゃないよ……」


 ティアナが泣きそうな声で言った。

 彼女はズリエル殿と親交がある。その中での印象は良いものであったと分かるし、それは俺とて同じだった。王もティアナに賛同し「こんなの、あいつらしくない」と言った。


「「「…………」」」


 立ち込める鬱々とした空気が部屋に広がった。

 認めたくない。決定的な何かを口にしたくなくて、俺達はみな黙りこんだ。


 王は幼馴染みで親友でもあるズリエル殿が、自分を裏切ったなどと思いたくないだろう。

 普段の態度から見ても、まったくそんな気配はなかったし、彼は誠実だった。民を困らせるような事をするという事実も未だ信じられない。


 ティアナも同じだ。

 俺の不在時に相手をしてもらったと話した彼女は、ズリエル殿がどれだけ家族を大切に思っているかが分かったと言っている。


 王を庭に閉じ込めた事。

 城下に雪を降らせ、マナを奪った事。

 そして、それらが自分の仕業であると証拠を残した事。


 隠ぺいしようと思えば、完璧には難しいにしろ時間は稼げたはず。――なのに、それをしなかった事。


 王位を奪う気でいるなら、俺達に悟られるのを少しでも遅らせた方が有利だ。

 その方が邪魔なく事を進められるし、聖杯に近づくのも簡単になる。そんな誰が考えても分かるような事に、あのズリエル殿が気付かないなんてあるのだろうか?


 ぐるぐる考えても答えの出ない問い。

 目に見える事実だけを辿れば道は一本しかないのに、頭のどこかでそれは違うのだと否定する。


「あいつなら、もっと上手くやる。そう思わないか、エリオット?」


 民からマナを奪ったのはズリエル殿。だけど、その意味を皆の心は認めない。

 俺達は何か重要な事を見落としている――?


「――精霊の森へ向かいます」


 低く、宣言した俺に、王は頷く。

 答えはもう、そこにしかなかった。







お読みいただきましてありがとうございました!!

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