13.調査開始
俺がすぐに行ったのは、多くの人に見えなかった雪を調べる事だった。
集中し、マナを紡ぐ。
『我が元に集まれ、白き結晶よ』
さぁっと風が巻いた。
薄ら積もった雪の下から対象の物が吸い寄せられ、白い渦ができる。
「わぁ」とティアナが声を上げた。
もう一度『集まれ』と小さな声でつぶやけば、渦は徐々に小さくなり、白い何かは中心に向かって集まってゆく。
意識を集中し、イメージを固める。
やがて小さな欠片は拳大の雪玉のようになった。
「どお?」
おずおずと尋ねてくるティアナに、「少し待て」と伝える。
――少々、ぶっきらぼうだったか。
「うん」と心なしかしょんぼりとした声が届けば、やはり気になってしまう。
ティアナの反応は時として大きく違う。
俺が小さかった時と同じように接してくる時もあれば、さっきのように抱きしめただけで顔を真っ赤にする時もある。
ようやく自分を見てもらえているのだと思えば、それは嬉しくもあるし、くすぐったくもあった。
本当のところを言えば彼女と甘い時間を過ごしたいのに、状況がそれを許さない。
もどかしい気持ちは心の中でくすぶって、つい彼女に触れてその反応を見てしまう。
――移動する際、抱きしめる必要がないと彼女が知ったら、やっぱり怒るだろうか?
俺は小さく息をつき、集まった白い塊をみる。
構成されているマナを見分け、何か皆にとって害になる物が含まれていないかを確認した。
結果――白い塊は、ただの雪だった。
「どういうこと……?」
ティアナが困惑した声を上げる。
俺自身もこれが怪しいと思っていたから、この結果には戸惑った。
「もう少し情報を集めよう」
その足で治療を行っている医院を訪問した。
規模としては王都一の広さを誇る治療院。広々とした待合室はいつも適度な込み具合なのに、今日は大勢の人で溢れかえっていた。
「動ける人は自宅で療養して下さい!」
「倒れた時に足をくじいた!? 湿布! 湿布をもってきて誰か!」
「うぅ……気持ち悪いよ」
「大丈夫? ……って、なんか、わたしも、めまいが……」
ティアナが座り込んだ少女の元へ駆け寄った。
「大丈夫?」
「はい。ちょっとめまいがしただけで。……あの、治療院の方ですか?」
一瞬言葉に詰まった彼女。
俺はすぐ側に行き、膝を折った。
「いや。調査に来ている騎士のひとりだ。可能なら君たちの状況を聞かせて欲しい」
ティアナに支えられたままの少女がコクリと頷く。
「ええと。何からお話すれば……?」
「まずは直前の行動を教えて欲しい」
少女は城下で買い物をしていたそうだ。
隣でぐったりしている妹も同様で、ついさっきまでは二人共ピンピンしていたとの事。
「夏に降る雪が珍しいのと、涼しいので、そのまま傘もささずに歩いていました」
「長い時間歩いていたのか?」
「いいえ。自宅を出たのは数時間前ですが、雪の中を歩いたのはほんの十分ほどだと思います」
「風邪を引いてしまったとか?」
「絶対違うとは言い切れませんけど、これぐらいの粉雪の中を歩いたぐらいで、自分が体調を悪くするとは思いません」
妹も同じです。と少女は続ける。
たしかにと俺は頷いた。
「最後の質問だ。なにか普段と違った事は?」
少女は少し考えた後、ゆるりと首を振った。
途中で降り出した雪以外、いつもと同じだったと言う。
俺は礼を言って、立ち上がった。
少し休めば大丈夫といった少女を心配そうに見つめながら、ティアナも立ち上がる。
そのまま少し、人から離れた場所へと移動。目の前の喧騒を眺めながら、「どう思う?」と彼女に話を振った。
「やっぱり雪が怪しいと思うの」
「さっきの少女も雪に降られたと言っていたしな。自宅を出たのも数時間前。見えない雪にも触れている可能性がある」
見える、見えないを別にしても、広範囲に影響を与える事が出来た異変は雪だけだ。やはり一番怪しいだろう。
「もう少し雪全体を調べてみよう?」
「そうだな――」
ティアナに返事をした後、騎士が数人現れた。
彼らは建物の奥から出てきたようで、各自役割を果たすべく患者の元へと散ってゆく。皆の反応と、手際の良い対応を見れば、彼らがいち早くこの異変に対処していた騎士達だと分かる。
――と、その中に、さきほど前庭を歩いていた騎士の二人組を見つけた。
俺はティアナをその場に残し、騎士二人を呼びとめた。
彼らはこちらに気付くと胸に手を当て軽く頭を下げる。
「エリオット様、ご足労ありがとうございます」
「我々に何か御用ですか?」と尋ねてきた騎士に、それとなく尋ね返す。「外にいたようだが、体調はどうだ?」
二人は顔を見合わせた後、頷き、
「問題ありません。我々は少し前から建物内におりましたので」
「少し前というと?」
「そうですね、ちょうど雪が降り始める前でしょうか」
――いや、お前たちは雪の中を歩いていた。
そんな事を言えば、間違いなく混乱を招くだけだった。
俺は「そうか」と頷き、二人を見送る。
話が終わったのを見計らい、ティアナがこちらへとやって来た。
「さっきの人達がどうかしたの?」
「彼ら、外にいたから」
それだけでティアナは内容を悟ったのだろう。どうしていう表情を浮かべ、眉を寄せた。
「最初の雪は関係ないのかな? でも」
ティアナが続けたい言葉は分かった。
もし自分なら、見られたくないモノに幻術をかける。
ならば皆に見えなかった最初の雪こそが重要のはずだった。
――だが、現実は白。
雪に何らかの効果をつける事が出来ないならまだしも、その力は間違いなくある。
少なくともかなりの人間を欺くほどの幻術が使えるのだから。
しばし考え込んでいると、誰かが服を引っ張った。
「ねーね、お城の人?」
視線を向ければ、自分を見上げる男の子がいた。
「ん? そうだが。どうしたんだ?」
「宰相様はどこにいるの?」
思わぬ人物が出てきて、一瞬言葉を忘れた。
一方、男の子は服の裾を掴んだまま、そわそわと落ち着きなく辺りを見回し、「どこぉ?」と尋ねてくる。
「……君は、どうして宰相様がいると思ったんだい?」
「マナが見えたから!」
自信満々で答える男の子に才能の一端を見た。
この子はズリエル殿が支援する王祭院の子供なのだろう。教育熱心な彼はよく、王祭院に足を運んでいるから。
俺は懐にある預かりものを取りだした。
「その正体はこれかな?」
しゃがみこみ、男の子に手紙を見せる。
――この手紙のマナを見たのなら、大したものだ。
そう思っていたのに、当の男の子は「うーん」と首をひねる。
「たしかにそれも宰相様だけど、そうじゃなくって……」
意外な返事に聞き返した。「そうじゃなくって?」
男の子はなんと言葉にして良いか迷っているようで、しきりに唸りながら考えて。そうしてようやく、「色んなところにいるの」とよくわからない答えを出してきた。
一体、何を見たんだ?
詳しく聞こうと、でも、どのように訊ねようかと迷っているうちに、女性の声が届いた。
「こんなところに居たの!」
「ママ!」
男の子と同じ色合いをもつ女性が、「だめじゃない! 騎士様に迷惑をかけちゃ」と男の子の手を引く。
「申し訳ありません、騎士様」
「いや。問題ない。それより――」
まだ男の子から話を聞きたかった俺は言葉を続けようとした。しかし、女性は気が動転しているのか謝罪を繰り返すだけ。こちらの言う事を聞いていない。
「大丈夫。迷惑などかかっていない」
「本当にすみませんでした」
女性は何度も頭を下げて、男の子を連れてゆく。
許しが出てよかったと安心している背中を見れば、呼びとめて質問するのは難しいだろう。
俺は細く息をついて、立ち上がる。
キョロキョロと辺りを見回していたティアナも、不思議そうに首を傾げた。
『色んなところにいるの』
何を見て、男の子は言った?
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