12.レイの決意
突然、足音が響いた。
振り返って見れば、廊下を慌しく走る騎士の姿。彼はこちらに気付かず、そのまま奥へと走って行った。
レイがすぐに歩きだし、躊躇いもなく庭から出る。
「どうした」
「!? わ、我が王!?」
突如として現れたレイの姿に、騎士は慌てて膝を折る。
「御前、失礼致しました!!」
「何があったんだ」
「はっ! お伝えします! 城下にて、体調不良を訴える者続出。命に別状はないようですが、数が多すぎると、治療院から連絡が。至急、騎士による調査を願いますとの事」
頭をよぎったのはあの見えない雪の事。
あたしとエリオットは顔を見合わせる。
レイも気付いているだろうかとそちらを見れば、彼は頭を垂れたまま答える騎士に頷いていた。
「わかった。すぐに騎士隊へ連絡を。――エリオット!」
「はっ」
呼ばれてすぐさま庭を出たエリオットが片膝をつく。
「聞いた通りだ。お前も別働で調査を」
「かしこまりました」
騎士が来た道を戻り、エリオットがこちらを見る。
「ティア、俺は今から城下に……」
「あたしも行く!!」
何かしたい――!!
それだけを思ってエリオットのそばへと駆け寄る。
「連れて行って」と、目を見て訴えた。何が出来るか、自分でもまだ分からない。それでも足手まといだと、諦めたくなかった。
そんなあたしを見下ろして、彼は目を柔らかく細めた。
「分かっている。最初からそのつもりだ」
思わぬ返事に目を瞬くあたしに、彼は続けた。
「ティア、手伝ってくれ。必ず俺が守るから」
ぱあぁと胸の内に広がったのは喜びだった。
チカラが身体の底から湧いてくるような万能感。
溢れだす気持ちはどんどんと膨らんで、あたしは自分の目が輝いていると分かった。
行動を強制されるのではなく、望まれる事。
そして望まれる事の喜び。
根拠なんて知らなくても大丈夫。なんでもできる。リオと一緒なら、なんでも。
「――ウェイン様、ティアを連れて行ってよろしいですか?」
「わたしが反対できるとでも?」
フッと笑うレイに、エリオットが「いいえ」と微笑む。
「お前を信じている、エリオット。必ず、ティアナを守ってくれ」
「無論、そのつもりです」
「大丈夫!! あたし、これでも体力はあるから!!」
体調不良で倒れている人がいる。
そう聞いたからのセリフだったのだけど、二人は目をパチクリとさせた。
「それは、頼もしい?」
「ティア、くれぐれも無理をするなよ?」
笑顔のレイと、唸るような表情のエリオット。
あれ?
思っていたのと反応が違う。――でも、まあ、いっか。
「じゃあ、行こう!!」
「ああ」
「――待って、ティアナ」
今にも駆け出してしまいそうなあたしを、レイが呼びとめた。
「これを」
彼はスッと指輪の一つを抜いてこちらへ差し出してきた。
意匠を凝らした銀色の指輪だった。
「!! ウェイン様!?」
「気付いていたよ、わたしは」
何を。と聞くまでもなかった。
愛おしむように細められた瞳が、あたしを通して二人を見ているのだとわかったから。
「……その反応を見ると、気付いたのかな。二人共?」
「……はい。先程、アリス様の肖像を拝見した時に」
「しまってあったアレによく気がついたね」
これも導きなのかな。とレイがつぶやく。
彼は指輪を優しくなでて、目を細めて笑った。
「これはアリスの指輪、だった。まあ、あの子に渡す前だったけどね」
軽く、何でもない事を言うように語ったレイ。
何も言えなかった。
ずっと持っていたのは大切だからと分かるのに、それをあっさりと手放そうとしている事。
もしも、一時の感情でなら受け取れない。
あたしは指輪と彼を交互に見て、再び指輪に視線を落とす。
細かく描かれていたのはお花。よく見れば、あの空色のお花だった。
玄関に届けられていたお花は、お母さん宛だったんだ――。
いつも一輪だけ届く、見た事のないお花。
受け取った時は、ただただ両親を覚えている人がいるという事が嬉しくて、不思議と長持ちするお花を眺めていた。
だけど今は考えてしまう。
レイはどんな思いでこのお花を贈っていたのだろう。長持ちはするのに、決して永遠ではない花を。
「難しく考えないで、ティアナ。お守りにって話だから」
指輪をもつ反対の手は胸に当てられていて、「物を手放しても、すべてはここにあるから」と、彼は頷く。
「ねえ、指にはめても良い? ……って。ああ、睨むのはやめてくれよリオ」
「っ! 睨んでません!」
「孫にプレゼントぐらい良いだろ?」
「そりゃあ、もちろん……」
でも指輪は……と、もごもご言うエリオットに、レイは「じゃあこうしよう」と指輪に銀色の鎖を通した。
「ね? ティアナ。受け取って」
迷いながらも指輪を受け取る。
見た目より重い気がするのは、きっとレイの想いがたくさん詰まっているから。
あたしは指輪をギュっと握りしめた。
「……ありがとう、レイ」
「どういたしまして、ティアナ」
やっと言えたと顔をほころばせるレイに、彼もまたあたしと同じだったのかもしれないと思う。
大事なものが手から零れ落ちる事が怖くて、必死になってしがみついて。いつしか中身を問わず、その足を止めていた。
あたしの存在を孫として認める事はレイにとって前進する事。
それは同時にアリス姫がすでに亡くなっている現実を認める事でもあって、容易ではなかったと想像できる。
彼の葛藤は長く、決意は固い。
永遠の箱庭から出た彼の時はゆっくりと動き出している。
「状況が分かり次第、一度戻ります」
「ああ。民が最優先だが、ズリエルの事も気になる」
エリオットは「はい」と返事をし、あたしの手を取った。
「――では、行って参ります」
「ああ。気をつけて」
握る手に力が込められて、あたしはこちらを見た彼に頷いて見せた。
エリオットが言葉を紡ぐ。
『我らを誘え。標は輝く黄金の花』
訪れる浮遊感。同時に手を引かれ、ギュっと抱きしめられる。
心臓が跳ねた。エリオットが小さな頃は全然気にならなかったのに、みるみるうちに体温が上がってゆくのが分かる。多分顔は真っ赤になっていた。
「リオ……!」
「静かに。集中が乱れる」
そう言われてしまえばあたしにできる事はない。
小さくなって、彼の服を握る。
耳の側では彼の鼓動が聞こえて。あまりの近さにめまいがする。
――あたしと同じようにドキドキしているのは、どうして?
ひょっとしてリオも――……意識、してくれている?
ちらりと見上げれば、彼の白い肌には赤みが差していた。
あたしの体温は更に上昇してゆき、もう見ていられないと目をギュっと閉じた。
長い、一瞬が終わる。
「――着いたぞ」
再び彼の声で目を開ければ、すでに景色は変わっていて。
辺りを見回せば、足元に黄色い花が咲き誇っていた。
「ここは――?」
「城下だ」
すっとエリオットが離れ、空を見上げた。
「ゆっくりはしていられない。すぐに調査を開始する」
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