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6.ボディーガード

  





「――ティアナ=ヴォーグライトだな」



 どうして名前まで知られているんだろう。

 あたしは覆面の人間を前にして、ある意味冷静に、そんな事を考えていた。


 マリカと別れ、エリオットと二人で自宅に向かっている途中。

 大通りから外れ、入り組んだ路地に入った途端、奴らは姿を現した。


 目の前に二人、背後に一人。そして、斜め後ろニ階の窓枠に一人。合計四人。

 過去受けた襲撃より多い人数に、あたしはエリオットを背に(かば)った。



「否定しないという事は、肯定という事で良いんだな」

「人違いです」

「嘘を言え」



 内心舌打ちし、覆面男(仮)を睨みつける。

 完全に分かって話しかけているなら、メンドクサイ質問するなっていうの!



「手荒なまねはしたくない。大人しくついてきてくれ」

「……イヤ。と言ったら?」

「結果は変わらない。一緒に来てもらうだけだ」

「だから!! それなら聞かないで!!」



 まるで緊張感のないやり取りを皮切りに、前方にいたもう一人の覆面が動く。

 

 あたしはエリオットを抱え、地を蹴った。

 先程と変わって、前方に一人、背後に二人、頭上に一人。

 自宅とは逆方向へと走り出したあたしに、エリオットが驚きの声を上げる。


 突破する人数が少ない方を取っただけと、説明する間もなく。前方から迫る覆面を見据えた。

 路地の端と端ほどにあった距離が、みるみるうちに無くなってゆく。


 お互いのスピードは速かった。

 だけど、あたしは構わす疾走する。


 このまま行けば正面衝突――!


 誰の目にもそう映る行動に、覆面が怯んだ――その、一瞬に。

 相手の隙間を狙って身かわし、その場を通り抜ける。



「なっ……!」



 瞬間的に加速したあたしに、驚きの声だけがついてくる。

 脱兎の如く。とは、まさにこの事で。あたしは前だけを見て、一目散に逃げ出した。



「っ! 追え! 逃がすな!!」

「はっ!!」



 発せられる声を背に受け、路地の角を曲がる。

 直進した方が大通りには近かったが、あたしは奴らを路地(ここ)で撒く事を考えていた。



「降ろせ!! ティアナ!」

「我が儘言わない!!」

「どうして逃げるんだ!!」

「逃げるに決まってるじゃない!!」



 何故か批難の声を上げるエリオット。

 両腕にニ、三十キロほどの彼を抱え疾走するあたしに、「俺が守ってやるという約束だろ!!」と続ける。



「あたし、役に立ってない! だから、約束は……!」



 気にしなくていいから!


 そこまで言いたかったのに、声は言葉にはならず。

 粗くなる呼吸を何とか整えよう意識を集中する。



「バカ野郎!! そんな事言ってる場合じゃないだろ!?」

「乙女に、向かっ、て、……野郎、なんてっつ……!」



 軽口も叩けない程、呼吸が乱れ、肺が酸素を求め暴れ出す。

 煽られた心臓が激しく脈打つ。血液は猛スピードで巡っているのに、肝心の酸素は運ばれてない。


 喉が張り付く。

 頭がぼおっとする。


 複雑な路地を頭に描けなくなり、がむしゃらに前へと進む事しかできなくなる。


 疲労がピークを越える。

 エリオットを抱えながらしゃべるには、体力が、足りない。



 次第に足は動かなくなり、緩んだ腕からエリオットが飛び降りる。

 急に軽くなった腕。それでも乱れた呼吸が楽になる訳でもなく、あたしは壁に背を預けた。


 ずるずると、背中を擦りながらその場に座り込む。

 一度止まってしまった身体は重く、もう一歩も動けないと、そんな泣き事が頭を掠める。



「もお……しゃべらせ、ないでよ……息、出来ないよ」



 全身で呼吸しながら話しかければ、エリオットは不機嫌そうな顔をする。



「ティアナがヘンな遠慮をするからだ」



 遠慮?

 息苦しさで声には出来ず、視線で問う。

 すると彼は「役に立ってない。とか。こんな時にくだらない事を言うからだ」と言い捨て、顔をそむける。



「事実、でしょ?」

「いつもは押しつけがましい癖に。何を言っている」



 エリオットは腕を組み、目を細めこちらを見る。

 それはどこか呆れを含んだ視線で。続く言葉を想像したくはなかった。



「素直に『守って』と言えばいい。――震えるぐらい、怖がっているのだから」



 指摘され、あたしは頭を垂れる。

 年上で、切り札もあるヴァリュアブルなのに。守るべき、男の子に。『素直に』なんて言葉を使われる。情けない。この子を守れない自分が情けない。



「――……一つだけ、言っておくが」



 声が聞こえ、顔を上げる。



「ティアナを守るのは、自分を守る事でもある。その理由は」



 神妙な、顔つきで。



「お前がいなくなったら――……」



 いなくなったら?


 こちらを見るエリオットを見つめ返し、彼の言葉を待つ。

 そして。



「飯が、食えない」



 心底真面目そうな表情の彼に、あたしは吹きだした。



「ははっ……! なにそれ。あたしのご飯、気に入ってくれた?」

「それ以前の問題だ。こんな姿じゃ、生活するのもままならない」

「はいはい。今日の夕食はエリオットの好きなカレーにしてあげる」

「くっ……! また勝手に好物を決めやがって……!!」



 不貞腐れるエリオットが可愛くて、「好きなくせに!」とからかってしまう。


 強張った心も、震えていた手も。

 いつの間にか元通りで。それどころか気持ちは、真綿に包まれたように温かい。


 不機嫌を露わに、悪態付くエリオット。

 いつもより語気は強く、笑うあたしを睨んではいるけれど。

 彼が一生懸命誤魔化している気遣いは、あたしの心を優しく守ってくれていた。



「……じゃあ、お言葉に甘えて。

 ――守って。あたしの騎士様」


「――仰せのままに。……我が、姫」



 そして。

 追いついてきた覆面の一人が、姿を現す。



◇◆◇◆◇◆



「ははは……力尽きたってわけか?」



 追手はエリオットの背に庇われ地面に座り込むあたしをそう笑った。

 抱きかかえ、守っていた子供に守られる姿はよほど滑稽に見えるのだろう。

 覆面の顔は見えないけれど、口元が歪められ小馬鹿にされている事が嫌でも分かる。



「――ふん。迎え撃つ場所を探していただけだ」



 俺を無視するなとばかりに、エリオットが腕組みしたまま胸を逸らす。


 態度は大きく、尊大に。

 小さいのは背丈だけで、いやに様になっているその姿からは、自分が(おく)れを取るなどとは微塵にも思っていない事が(うかが)える。



「お子様が大人の話に加わるなよ」

「何を言っている? この場で大人は俺とお前だけだ」



 十八歳未満は子供なのだろう? と言い放つ彼の口調は、覆面を(あお)っているとしか思えない。


 あたしはひやひやしながらその後ろ姿を見つめる。

 エリオットの事だから無策……って事はないとは思うけど。思うけど……!!


 実際のところ何も聞かされていない身としては、心臓に悪いこの上ない。



「……俺達は子供だからって容赦はしないぞ?」

「そうだろうな。なんせ女子供を複数で襲う奴らなんだから」

「なっ……!! 複数で仕事をこなすのは当然だろう!?」

「何が当然なのかは、さっぱり分からないが」



 エリオットは微塵にも恐怖を見せず、堂々と言葉を紡ぐ。



「複数で女を襲うなど、これ以上の卑怯はないと思うがな」



 覆面が息を呑んだのが分かる。

 辺りの空気がピリピリとして、苛立ちが身体からにじみ出ている様に感じた。



「俺達は卑怯者ではない……!!」

「なんだ。卑怯者のくせに、卑怯と言われるのは嫌なのか」

「当たり前だ!! 俺達は任務効率を上げるため、チームを組んでいるだけだ!」

「任務? 誘拐の任務か?」

「誘拐など……!! 俺達はっ……!!」



 これ以上、煽るのはマズイ。

 そう思ったあたしはエリオットの袖を掴もうとして。不自然に、覆面の声が途切れている事に気がつく。


 あたしは上げていた顔を下へと動かす。

 時を同じくして、どさりと何かが崩れる音を耳にする。


 エリオットの後ろから見た視線の先には、うつ伏せに倒れた覆面。そして、ほっそりとした足。

 それは、見た事のある靴を履いていて――……



「――上出来よ。エリオット君」

「君付けはやめろ。――マリカ=シグレス」



 聞き慣れた声に、あたしは目を見開いた。








お読みいただきましてありがとうございました!

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