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7.君を想う

 





 夜が明けた。

 小鳥のさえずる早朝。甘い香りと、キラキラ輝くマナの群生。

 眩しい朝日に照らされて、あたしは花壇の真ん中に座り込んでいた。


「やった……!!」


 場所が変わっている。転移は成功。

 それにマナの密度が明らかに違う。


 ここは確実にファーブルだと確信したあたしは、ガッツポーズを取った。


 自分の意思で、ファーブルへ移動出来た事を誇りに思う。

 これもエリオットと一緒にマナを感じる訓練をしたおかげ。彼に大感謝だ。


 改めて抱きしめていた物を見る。

 爽やかな朝には似合わない、禍々しい色を放つ水晶は、しっかりとこの手にあった。


 あたしは一旦水晶を膝の上に置き、ポケットを漁る。

 いくつかの物が手を掠め、目的の物を掴んだ。


「想像してた使い道と違うけど、使えるかな」


 取り出したのは研究所から持ってきた包帯。

 新品一本全部使い切るつもりで水晶をぐるぐるに巻き、ポシェットと同じように長い肩ひもを作る。


 完成したのは何とも不格好な丸い手提げ。

 エリオットの作った水晶を囲む壁は健在で、それを素通りして水晶を触らなければ、マナは吸い取られないはず。――これは水晶に直接触れないためだった。


 膝に手を当て、ゆっくりと立ち上がる。

 疲れはあるけれど、歩けないほどではなかった。多分、ファーブルに来たおかげで、マナが回復し始めているのだろう。


 花壇の中心から、ひょいとお花を飛び越え、辺りを見回す。

 自分が座り込んでいたドーナツ型の花壇。傍には立て看板もあり、花の名前が書いてある。奥には木々もあって、カラフルな花と緑の世界が広がっていた。


 なんとなく見覚えがあるなと考えていると、ここが城下の花壇だと気が付く。夢中でマナを追いかけた、あの花壇だ。


 もう少し行けば王妃の庭へと続く転移魔法陣がある。

 一人では正面から入城できるか怪しかったので、それは丁度よかった。


 誰もいない花壇を進む。

 色とりどりの花は懸命に空を見上げ、陽の光を浴びている。早朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込むと、なんだか元気が出てきた。不格好な包帯手提げもちゃんと役目を果たしている。


 重かった足が、段々と軽くなって。あたしは早くレイの元へ行こうと歩みを速める。

 そして、ガサリと木の葉を揺らした瞬間だった。


「――っ!?」


 誰かが息を呑んだのだ。

 人の気のない、秘密の花壇だと思い込んでいたあたしはその姿を見て目を見開いた。



「ズ、ズリエルさん……?」



 裾の長い衣を芝生の上に広げ、花に手を添えていた彼は、驚いたように目を瞬いた。


「……ティアナ、さま?」


 何故ここに?

 恐らく彼が思った事。なのにあたしは、するりと出てきた敬称に思わず訴えた。「……様づけ、やめませんか? ズリエルさん……」


 あたしの声があまりにも情けなかったのか、ズリエルさんが声に出して笑った。


「そのように困らなくても!」

「いいえ! もう、むずがゆくって……!!」

「敬称付きで呼ばれるのは慣れないと?」

「そうですよ!! そんな身分ではないですから!」


 今後一生、様づけで呼ばれる事はない。もう、間違いなく確実に。

 力説すればズリエルさんも笑みを浮かべたまま頷いた「では、ティアナ。と呼んでも?」


「もちろんです!! ありがとうございます! ズリエルさん!!」

「ははは、君は面白い子だね。ティアナ」


 ようやく敬称から離れてくれて、あたしも笑う。

 小鳥の歌を聞き、しばらく二人して目の前の花壇を見つめて。ふと、思った事を聞いた。


「ズリエルさん、お花好きなんですか?」

「ええ、まあ」

「あたしも好きなんです! うちにも花壇があって……、ええっと。あたしが無精なので、根性のあるお花しか育てていないですけど……」

「良いと思うよ。植物の世話は結構大変だからね」

「ですよねー……だからレイは……っと、王様はすごいです」

「庭いじりが趣味だからな、我が王は」


 アイツは昔からマメなんだよ。

 小さく囁いたズリエルさんは片目を瞑って見せる。――これは内緒話だ。

 あたしも楽しくなってきて、いろんな話をした。今回はお花の話中心に。

 だから、自然とその話題も口をついた。


「うちにお花が届くことがあって、そのお花をここの花壇でみつけたんです」

「へえ、どの花だい?」


 わからなかった花の名前がわかるかもしれない。

 そう思ったあたしは、花壇の中にある空色のお花を指差した。


「あれです、あの他の花に隠れるように咲いている――……」


 笑いながらズリエルさんを振り返ると、彼は何故か動きを止めていた。……が、それも一瞬で。

 彼はすぐに笑みを浮かべると、「この花はね」と、花の名前を教えてくれた。


 聞き覚えのない名前だった。それでも不思議と温かな気持ちになって、両親を思って添えられている花が、ファーブルにもある事が嬉しかった。この花に想いを込めれば、両親の元まで届く気がした。


「本当に詳しいんですね、ズリエルさん」

「まあ、妹が花好きだったから、ね?」

「アリーシャ様が?」

「そう、お転婆山猿にして、花を愛でる妹。今思えば、そのギャップにやられたのかな、ウェインは」


 懐かしむように優しげな笑みを浮かべたズリエルさんは、空を見上げた。

 馳せるのはきっとアリーシャとの思い出。彼女は今も大切に想われているのだと、彼の表情でわかる。


 あたしも一緒になって空を見上げた。

 花好きの両親とアリーシャが、一緒になって笑っている姿が思い浮かんだ。

 きっと花の話題で盛り上がったのかなと、自分の想像に笑う。


「――ところでティアナ、今日はどうしてここに?」


 今更ながら本題に触れたズリエルさんに、「レイのところに行きたくて」と伝えた。

 途端、彼が難しい顔をした事に気がついて。あたしは慌てて、「王様!」って、言い直した。けれど

彼の表情は難しいまま。しまった。明らかに不敬罪である。


「えっと、その、ごめんなさい」

「――ああ、そうじゃないんだ、ティアナ」


 首を振ったズリエルさんを見上げれば、彼は「急ぎの用事かい?」と尋ねてきた。

 あたしは詳細を話して良いのかを考えて、少し曖昧に答えた。


「王様も知っている話で、保護をしていただきたいというか、なんというか」

「保護? ティアナをかい?」

「いえ、これなんですけど」


 包帯に巻かれた水晶を差し出せば、ズリエルさんは少し目を凝らして見せた。


「危険物? 誰かの囲いがあるようだな」

「はい。エリオットの魔法です。だけど今、彼とは別行動で」

「そういえば、エリオットの姿がないと思っていたよ」

「じきに来るはずですが、それまで王様にあずかって頂いた方が良いかと思って」

「ふむ……そういう事なら、私が力になろう」


 話によると部屋ごと魔法をかけて、危険物を保管する場所があるらしい。

 確かにそれなら安全だ。あとはレイに報告さえ出来れば。

 そう言ったあたしに、ズリエルさんは眉尻を下げた。


「ティアナが我が王を頼るのはよくわかる。だが、今日だけは勘弁してやってくれないか」


 今日だけ。

 引っ掛かる言い回しに不思議がったあたしへ、彼は寂しそうに笑った。


「今日はアリーシャの命日なんだ」


 声にならなかった。

 花好きのアリーシャ。

 早朝、こんな人の気のない花壇に来て、花を愛でていたズリエル。


 彼だって、妹を(しの)んでいたはずなのに、あたしはそれを邪魔したのだ。


「ごめんなさい……!!」

「いいんだよ、ティアナが気にする事はない」


 彼は微笑んで、「私より、ウェインの方が辛いんだ」と言う。


「今日だけ……、いや、午前中だけでもいい。アイツをそっとしておいてやってくれないか」


 反論などあるわけがなかった。

 あたしは何度も頷いて、分かったと答える。


 ズリエルさんが「ありがとう」と言って。スッと、手を伸ばしてきた。


「これは私が責任を持って保管しよう。ティアナは、午後になったら我が王の元へ」







いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!!(*^_^*)

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