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6.選んだもの

 





「っ!! くそっ!!」


 ガーディーが吐き捨て、マントで自らを隠す。

 黒い闇が広がり、奴を飲み込んだ。

 巨大な書庫に一人残される。


 すぐに追うべきか考えて、首を振った。

 あれだけのマナを使ったのだ、奴はしばらくファーブルへ移動できまい。


 俺はティアナの消えた空間を眺めて息をついた。

 なんて無茶な事をするのだろう。

 あの場で水晶の死守は絶対だったが、まさか自分で抱えてファーブルへ持って行ってしまうなんて。寂しがりで泣き虫なくせに、妙なところで彼女は大胆だ。


「こちらの気も知らないで……」


 心配させるなと言えばいいのだろうか。

 怒って、危険だと言えば聞いてくれるだろうか。


 俺の目の前から消えないでくれ。


 子供の姿でなら、笑いながら「大丈夫」と抱きしめられただろう。――今の姿で言えば、少しは意味が伝わるだろうか。


 本当は今すぐ追いかけたい。

 この空間にはそれが出来るだけのマナがある。


 だが、まだ――



 カツンと、床が鳴った。


 振り返ればロデリックがいた。

 黒の隊服。自分達の騎士服とは似ても似つかない。帯剣すらしていないのに、その立ち姿は騎士そのものだった。


 俺は周囲に視線を向ける。

 なぎ倒された書棚。剥がれおちた壁の破片。焦げた床。

 ここで何があったのかは一目瞭然だ。


 規則正しく床を鳴らし、近づいてきたロデリックの視線が、ある空間に固定される。

 それが意味する事を俺は正しく理解した。


「――彼女は無事か?」

「例の魔具を持って、ファーブルへ行った」


 多分、ウェイン様の元だと言えば、「そうか」と頷いた。


 お互い、何もない空間を見る。

 マナの流れを見る者だけが、はっきりとその痕跡を見つける事ができる。

 翡翠色のマナ。そこにはティアナのマナが残されている。


 しばらくの間、俺達は動かなかった。

 いや、動けなかった。が、正確だろうか。


 やりたい事、やるべき事。それらが同じであれば、迷いなく真っすぐに進んで行けるのに、現実はそうとばかりではないと俺達は知っている。


 心の底から願う事など数少ないのに、迫られる選択はいつも俺達に冷たい。

 どちらを選んでも、その時の選択に縛られる。選ばなかった願いを、思い出す。


 ――今なら全てを話してくれそうだ。


 そう確信した俺は、「なあ――」と声をかけた。ロデリックがこちらを向く。


「色々、聞きたい事がある。まずは――」

「不要だ」

「は――?」


 思惑がはずれ、聞く耳持たない態度に、眉を寄せる。


「後で話してくれるんじゃなかったのか?」

「そんな事は一言も言ってない」

「往生際が悪くないか」

「そんなことはない」


 言い切った後、ロデリックが目をスッと細くした。


「過去の話など聞いてどうなる」


 起こった事が変わるわけではないだろう?

 そう言われてしまえば、すぐに言葉を返せなかった。


「言えるのは一言だけ。『申し上げる事はない』」


 今までの態度から性格を推測して。それはあまりにも、「らしくない」態度だった。

 敵だと思われている訳でもなく、信用されていない訳でもないだろう。

 それなのに、この返事は(かたく)なだ。


 周囲のマナが少しずつ、ロデリックに吸い寄せられて消えてゆく。

 俺がこの状況を見えると分かっているのに、彼が言葉にしないのは――……


 一度だけ見た、アリス姫の肖像を思い出す。

 ウェイン様に似た金髪碧眼の美しい姫。澄ました表情なのに、どこか活き活きとした瞳は今にも額から飛び出して、気ままに散歩に出て行ってしまいそうだと思った。


 『アリーシャに似てお転婆だったんだ』


 ウェイン様の笑顔。

 姫がいなくなって何年になる?

 一度も城に戻っていない。それでも決定的な証拠もなくて、我が王は姫の無事を信じている。


 ――言いたくない。


 これが、ロデリックの正直な気持ちなのではないだろうか。

 言葉に出さなければ、事実であってもそれを知られる事がない。

 アリス姫はいつまで経ってもあの日のままでいられる。


 『申し上げる事はない』


 ウェイン様に嘘をつく事は(はばか)られる。

 その彼が出来るギリギリの言葉。たとえ希望が小さくなっても、決して潰える事がない言葉。


 時間をかけ、追及しても、彼の答えは変わらないだろう。そして俺自身も、無理に聞きだした事実を持って帰る事がウェイン様の為になるのか分からなかった。


 俺は話題を変えた。


「……ティアの事を、どうして気にする?」

「友人から頼まれている。それだけだ」

「弟のリアムの事は、どれぐらい知っている?」

「恐らく君が知っている事と同じぐらいだ」

「友人とは、二人の両親の事か?」

「そうだ。俺の恩人でもある人たちだ」


 打てば響くように、ロデリックは質問に答えてくれる。

 それは姫の事についてだけ、何も答えたくないと言っているようなものだった。


 全てを分かって、そう答えている。

 彼が選んだものはきっと。


「……ファーブルに帰るか?」


 今なら二人共帰れる。

 答えは分かっていたが、訊ねた。


 ロデリックは迷うことなく首を振った。



「俺は行かない」



 何故だと、その理由を聞くのは無粋で。俺は「そうか」とだけ返した。


「こちらの後始末は任せてもらおう。君は、ティアナを頼む」

「君じゃなくてエリオットだ」


 ロデリックがフッと笑う。


「見目だけではなく、呼び名も気になるのか?」

「アンタには、ちゃんと呼んでもらいたいからな」


 一瞬、サングラスの奥の瞳が見開かれた気がして。

 俺はしてやったりだと笑う。


「ティアの事は言われなくても必ず守る。――約束しようロデリック」


 ロデリックは少し口角を上げた。


「ならば俺も。リアムの事は心配無用。ティアナにもそう伝えてくれ」


 「ああ」と短く返事をし、マナを紡ぐ。

 ロデリックが二、三歩後ろへ下がった事を確認し、俺は帰還の言葉を唱える。

 集まって来たマナがファーブルへの扉をゆっくりと開いてゆく。



「エリオット」



 消えゆく姿に声がかかった。

 伏せていた視線を上げると、ロデリックはスッとサングラスを取りこちらを見た。


「ありがとう」


 彼は少し眉尻を下げて微笑んだ。今まで見てきた笑みとは違うその表情は寂しげに見えた。

 故郷への想いか、残して来た大切な人への想いなのか。

 選ばなかった未来は、彼にとって安易に捨て去る事の出来ない事を予想させる。

 同時に選んだ未来が、彼にとって本当に大切であると理解できた。


 この選択が、残る彼の最善であればいい。


 様々な意味の込められたその言葉に、俺は黙って頷いた。







お読みいただきまして、ありがとうございました!!

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