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3.潜入

 





 政府の研究所は一般の居住区画から離れたところにある。

 無機質な雰囲気を醸し出す白い壁材。高さは学園より低い五階建てで、地下には書庫がある。

 膨大な資料に研究結果を記したレポート。これらが収められた書庫は地下三階にもおよび、それらの全てはマナに関わる事柄ばかりだという。


 魔具を手に入れ、ファーブルへ攻め入る事を考えた政府。

 彼らの研究は一体どこまで進んでいるのだろう?



◆◇◆◇



 夜も更け、辺りから虫の音しか聞こえなくなった頃。

 あたしとエリオットは研究所の前にいた。

 建物は箱型で、入口は正面に一つのみ。外に立つ警備員はおらず、よほど中のセキュリティに自信があるのだと思われる。


「ティアは入った事あるんだよな?」

「うん。一時期、研究補佐をしていたし。それにね」


 リアムがこちらへ移されたんだ。と、続ければ、エリオットは驚いた表情を浮かべ「いつ」と問うてくる。


「えっと……リオがファーブルへ行った後、かな」

「……そうか、すまない」

「も、もお。そう言うと思ったから言わなかったのに!」

「それでも。大事な時に傍にいられなくてごめん」


 神妙な顔つきでそう謝罪するエリオットに、あたしは静かに首を振った。

 あの時は置いていかれて悲しかった。けど、今のあたしならきっとその選択を応援出来るって思うから。


「……強くなったな、ティアは」

「そう、かな? それなら皆のおかげだね」

「そういう所も含めてだな」


 エリオットがクスリと笑う。

 その慈しむような笑みに、じわりと顔が熱くなるのが分かった。今が、暗くてよかった。


「――さてと、そろそろ行くか」


 すでにロデリックさんとアレンが先行している。

 あたし達二人は少し間を置いて続くようにと指示を受けており、彼らの用意してくれた道筋を辿って、問題の魔具のところまで行く事になっていた。


 素早く門を通り抜け、壁面に身体を合わせる。

 頭より少し高めのところに格子付きの窓。それが等間隔に三つ。

 一番突きあたりの窓まで移動し、エリオットが格子に触れる。こちらが外れると、ロデリックさんから聞いていた。


 お互いの視線を合わせて頷く。

 彼がゆっくりと格子を持ち上げ、外した鉄の棒を受け取る。

 なるべく音が鳴らぬよう慎重に。自分達が通り抜けられる分だけを外す。

 窓の鍵も二人が開けてくれているので、仕事はこれだけだった。


 あたしとエリオットはそのまま建物内へと侵入する。

 通り抜けた先は備品置き場だった。


 ずらりと並ぶのは紙やペンといった文房具から、投薬容器やスポイト、薬包紙などの医療系の消耗品。棚の下には商品名のシールが貼られており、整然と並べられた中には衣類や非常食もある。


 何か必要になるものはあるかと考えて、あたしは一つの品を手に取った。

 振り返ればエリオットも何かをポケットへしまっている。考える事は同じだったようだ。


 二人してこの部屋唯一の出入り口に近づく。

 左右に分かれて立ち止まり、そっと鉄の扉に耳を当てた。


 扉の向こうからは何も聞こえない。人の足音も、何もかも。静かだった。

 エリオットも同じように耳を当てて、その後、二人で頷き合う。


 音は厳禁。

 視線だけで「いくぞ」という言葉を理解して、備品庫から出てゆく。


 窓からの月明かりで照らされた、つるりとした廊下。

 正面は壁で、左は行き止まり。右側だけに先へと進む道がある。

 天井には申し訳程度の明かりと、空調で揺れる案内プレートが下がっていた。『備品庫』。今、あたし達がいる場所だ。


 あたしは、おぼろげな建物内部の記憶を呼び起こした。


 この研究所、一見して迷いようのない一本道ばかりだが、実際のところは少し違う。

 一定間隔に作られた扉。それは研究室である事がほとんどだが、そのうちのいくつかは別の階層に繋がる階段になっていた。しかもそれらは見た目では分からない造りになっている。


 研究員は一人ずつ、建物内へと入る。

 その人が目的の場所へ入室すると、次の人間が案内される。

 必要なのは通行証。


 外から来た時にチェックされるこの通行証で、向かう階層が管理されていた。

 不必要な場所への立ち入りを防ぐため、順路以外の扉は全てロックされてしまう。つまり、行きたいと思っても、他の階層には行くすべがない。


 あたしが別の階へと向かう階段を知っているのは、研究補佐の為の階層と、リアムの部屋が違う階層だったから。逆に言えば、地下書庫へ向かう階段の位置は全くわからない。


 通行証を使って入らなかったあたし達を待ちうけるのは、数多くの扉。

 見分けのつかないその扉の中から、下りの階段を見つけることだった。


『風の流れを見ろ』


 ロデリックさんは言った。

 そうすれば、自ずと道がわかると。


 一つずつ、ドアノブを引っ張る訳にはいかない。

 あたし達は無音に感じられる廊下の中で、僅かに聞こえる風の音に耳を傾ける。


 エリオットが歩きだした。

 始めの扉を越えて、そのまま迷いなく進む。

 確信を持った歩調。遅れないよう、その後を追った。彼にはきっとあたしに見えないモノが見えている。


 立ち止まり、扉のノブを掴んだ。

 ロデリック達が開けてくれているのは正解の扉だけ。間違えば扉は開かず、警報が鳴るだろう。


『開けるぞ』


 彼が目配せで言うので、あたしは『いいよ』と頷いた。


 キィとちいさな音を立てて、扉が開く。

 目の前には階段。下りだ。

 ほっと、静かに息をつく。


 二人して階段を下り、扉を開けた。続くのは、また廊下。

 重みを感じる空気。地下である為、窓はなく、全体的に淀みを感じる。


 先程と同じように少し立ち止まったエリオットは、しばらくすると真っすぐに目的の扉まで歩いて行く。あたしはそんな彼の邪魔にならないよう、しっかりと後に続いた。


 地下三階は今までの階層とは様子が違っていた。

 扉を開けて続くのは真っすぐの廊下。その先にある重そうな扉を開ければ、圧倒的な情報量に息を呑む。

 右を見ても、左を見ても、書棚、書棚。おどろいた。学園にある図書館の、いったい何館分なんだろう?


 思わず振り返り、また驚く。

 扉のある壁面にも山のような書棚が(そび)え立っている。


 ――こんなところから、マリカは情報を探したの?


 めまいがした。到底、自分にはできない。


 唖然としているあたしの目の前で、エリオットが手を振った。

 『大丈夫か?』と視線で問われたので、二度うなずく。いけない。今はぼやっとしている場合ではなかった。


 あたし達の目的は魔具の発見および無効化。

 扉が地下三階まで開いていたところを見ると、この巨大な書庫の中に魔具が隠されているはず。

 エリオットは魔具の処理について問題を口にしていないところから、目的達成までおよそ半分といったところだろう。


 ただ、こんなに広い場所でどうやって探すのか。あたしは魔具の大きさはおろか、姿かたちを知らない。


 二手に分かれるか、一緒に探すのが良いか。


 エリオットはどう考えているのかなと思い、隣にいる彼の袖を引っ張ろうとして――。

 そこで、冷たい何かが首すじをなでた。


「いやぁぁぁぁぁぁっつ!!」


 むりむりむりむり!! ホラーは無理!

 あたしは隣にあったモノに抱きつく。力の限り、目一杯。何かにしがみついていないと、怖くて仕方がなかった。


「っ!! ティア!?」

「うぅ……っ!! ホラーは無理!!」

「だ、大丈夫だ。何もいないからっ」


 耳に届く、少し焦ったエリオットの声を聞いて。

 あたしは思い切り目をつむったまま問う。


「ほんと?」

「ホントだ」


 だから少し離れろとエリオットが言う。

 あたしは「え」と、目を開き。自分がしがみついていたモノが何かに気付く。


「うわっ!! ご、ごめん!!」

「構わないから、大声を出すな!!」

「うっ、ごめ……」


 ん。

 という言葉を呑みこんで、ハッとした。

 近づいてくる足音が聞こえて。バンと勢い良く扉が開け放たれる。「誰だ!!」


 間一髪で隠れたあたし達は息を止める。

 今更だけど、自分の口を両手で押さえた。







お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)

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