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2.魔具の使い道

 





「状況を説明する」


 ロデリックの一声で皆の視線が彼に集まった。

 あたしの大泣きから小一時間。低く真剣さを帯びた声色は、緊張の糸を引き絞るには十分な威力を発揮した。


 あたしも居住まいを正して、ロデリックを見る。


 政府が魔具の研究に力を入れている事。

 どうやらそれを用いて、ファーブルへ攻め入る事を考えている事。

 そしてその魔具は恐らくファーブルで作られた物である事……。


 すでにアレンから聞いた話が多い。再確認。

 ただ、最後の一つには疑問が浮かんだ。何故、ファーブルの魔具がアコットにあるのか?


「魔具の移動については難しく考える必要もない。物質は人の移動と共に運ぶ事ができるからな」


 つまり誰かか持ち込んだという事だ。

 ロデリックは言う。「問題はどうやってその人物はこちらへと来たのか」


 そもそも隣国にありながらも、両国間でその存在が広く知られていない理由は、お互いの国を行き来が出来ないから。


 移動が出来ない理由は隣国へ渡る『マナの証明』が個人のマナの量を上回るからで、つまりエリオットのように、自分以外からマナを取り入れる事が出来る――『精霊の愛し子』を除いて、実質の移動は不可能だった。


「複数の精霊の愛し子の出現はファーブルの文献でも見た事がない」


 ……まあ、文献は過去を証明するものであって、未来を決めるものではないがな。

 エリオットはチラリとロデリックを見やりながら言う。


 そう、過去にはなかったけれど、ロデリックは恐らくアリス姫と共に消えた見習い騎士、『ロディ=クロス』。精霊の愛し子。でなければ、こんなにもマナに詳しいはずがないし、そもそもアレンをファーブルへ送る事なんて無理がある。


 ロデリックは苦笑を浮かべて、エリオットから視線を外す。

 まだその件について詰める時ではないと、彼の雰囲気が語っていた。


「そこでこちらのマリカ=シグレス嬢に協力をしてもらう事にした」


 不意に出て来た名前に、あたしは思わずマリカを見る。

 そんな彼女は心得たというように、ロデリックから説明を引き継いだ。


 アコットでは人が(はかな)くなる前に、ほぼ必ずといっていいほどマリカと同じように急に倒れる。

 原因は今でこそ分かる『運動機能を司るマナの欠乏』。倒れる事により、マナの消費を最低限まで抑え、生命を維持するのだ。

 ただ、回復の見込みのないマナの消費をいくら抑えても、それはいつか尽きる。結果、時間を経て皆は今の肉体から解き放たれてマナに戻り、そして世界を循環する。


 その一連の流れと違う動きを見せ、目覚めたマリカ。そんな自分を、研究所が放っておくはずがないと。



「マリカ……」



 あたしはなんと声をかければよいか分からなかった。

 他者と違うという事は、それだけ好奇の目に晒され、周りからの反応が強くなる。


 自分の想いを否定され、協力を強要され。

 それでも拒めば、白い目で見られる。

 あたしは自分の想いを否定されただけでも痛かった。どうして弟を一番に考えてはいけないのと反発し、その原因となったマナに対して消極的になった。


 今では相手の事も考えられるようになったけど、それでも相手が全て正しかっただなんてあたしは今でも思っていない。


 マリカは不安げな視線を向けるあたしに柔らかな笑みを向け、「大丈夫」と言った。説明が続く。


「予定通り研究所の内部にもぐりこんだ私は、『研究の為』と言って所外秘の資料を読み漁った。

最初は膨大な量にめまいがしたわ。それでも見当をつけ、時間をかけて読み進めていったの。そして結果、今研究している魔具はどうやらマナを溜め込む事が出来るらしいという事がわかったの」


 簡潔に話すマリカにしては言葉が多い。きっと普段目にする事のない知識の宝庫に触れて、気が高まっているのだろう。

 そう思うと、なんだかホッとした。マリカが辛い思いをしていなければ良いと、それだけを思った。



「マナを溜め込む魔具……?」



 一方、エリオットの瞳が遠くを見つめる。

 顎に手を当て記憶を探るようにした彼は、次の瞬間ハッとしてあたしを見た。


「ガーディーの魔具だ。ティアが俺を迎えに来てくれただろう? あの屋敷に同じような魔具が置かれていた」

「あの時の?」


 エリオットの言葉に促され、思い起こすように記憶を手繰る。

 美しい箱庭。高そうな美術品。見回りの兵士。そして、彼らの言葉。


 確かあの人達は『魔具』の作動が……と言っていた。


「ひょっとしてあの時……『屋敷内のマナは少なかった?』」

「そうだ。だから俺はティアのマナを使って移動した」


 話す事で頭を整理したらしいエリオットは力強く頷き、今度はロデリックを見る。


「持ち込んだ奴が分かったようだな」

「ああ。アンタも対峙しただろ、あの時のマント野郎だ」


 一度見たら忘れない。

 毒々しさの漂わせながらも、目を引く美しい造形。冷めきった紫の瞳。

 自身の姿を見られるのが嫌なのか、目深にフードを被り直す彼の姿が浮かぶ。


「そういえば彼は君とやり合っていたね。一体何が原因だ?」

「……不確定過ぎて発言を控える。あと君じゃない、エリオットだ」


 フッと笑みを漏らしたロデリックが「彼の事を教えてくれないか」と続ける。

 エリオットは少し不服そうな顔をしながらも、「分かった」と要望にこたえた。


 ガーディー=ハウンド。呪魔法を得意とし、それを転用する研究を行う魔具師。

 彼の作りだした魔具で一番知られているのは転移魔法陣で、人々の行き来にとても役に立っている。


 一方で、城内の人間には呪魔法を用いる怖ろしい存在として知られている為、転移魔法陣を作った魔具師 ガーディーと、呪魔法を用いる魔術師ガーディーは別人だという認識が人々の中ではあるらしい。実際のところ、それを突き止めた者はいないらしいけれど。


 ちなみに呪魔法は大罪人を処刑する為に生まれた術で、人を内部から破壊するような魔法との事。それだけを聞けばやはり怖い。


「――能力的に考えて、王や俺は同一人物だと思っている。だが、奴の性格を考えると、能力的には作れても、『何故、そんなものを作ったのか』という疑問は残る」


 ガーディーは他者に無関心らしい。

 そんな彼が何故、自分に関わりの無い民が使う魔法陣を開発したのか? 

 理由は本人に聞かない限り分からないだろう。……が、事実として魔法陣は存在する。そういった能力の一辺を見れば、精霊の愛し子でもない彼がアコットへ渡れた理由も分かる。


「まあ、とにかく。状況と実力を考えても運び人は十中八九ガーディーだ。魔具の始末を優先したいが、そもそもアイツを捕まえないと」

「それは分かるが、当てがないのだろう?」


 ロデリックの言葉にエリオットは押し黙る。

 ガーディーを追ってファーブルに戻ったエリオットは、その後、彼の姿を捕えてはいないから。


「残念ながら力を分散させる余裕はない。今は魔具の事だけに集中したいと考える」


 ロデリックの正論に、エリオットは黙ったまま頷いた。



 ロデリックとエリオットを中心に、話が進められてゆく。

 魔具の始末はエリオットが担当。そのサポートにロデリックとアレンがつく。

 別働隊として不在のジェシカの名前が上がり、情報収集係としてマリカとマティアスも上がる。


「……って、あれ。あたしは?」

「ティアナは安全なところで待機だ」

「ええっ!? な、なんで!?」

「……若い君を危険に晒す訳にはいかない」


 若いって、それを言ったらマリカとマティアスは同い年ですけど!!

 助けを求めるようにエリオットを見やれば、彼は眉をよせて目を閉じる。


「ここまで来てお留守番なんて納得できない! あたしも行きます!!」

「君はこの作戦で何に貢献できる?」


 息巻いて発した言葉に冷淡な声が当てられて。あたしはヒュッと息を呑む。


「辛い物言いになるが、これは遊びではない。失敗すれば身に危険が及ぶ」

「それなら尚更です!! 自分だけ安全なところで待機なんて、そんな……」


 どうすればいい?

 あたしは何が出来る?


 できる事を頭の中に並べる。

 ロデリックさんを納得させるだけの貢献を。あたしは捻りださねばならない。


 考えろ。

 出来ない事が多いのはわかっている。それでも、このまま黙ってみんなを見送るなんてそんなのは絶対に嫌だ。だから、もっと……



「……ティアには、俺のマナの予備としてついて来てもらう」



 声を上げたエリオットに視線が集まる。


「今のティアには臨機応変に動くサポートや、腹芸の必要な情報収集はできないだろう。だけど、ティアにはマナがある。魔法が使える。つまり俺にマナの供給が出来るわけだ」


 ここでは貴重(・・)なんだろう? ヴァリュアブルは? と、エリオットは不敵に笑う。


「アコットではマナの回復は望めない。そんな状況で、もし俺のマナが尽きたら? 予備があれば、成功確率はグッと上がるだろう」


 誰からも声は上がらなかった。

 マリカとマティアスは薄く笑みを浮かべ、アレンはやれやれといった感じ。問題のロデリックも少し眉間にシワを寄せただけで、言葉を紡ぐ事はなかった。


 無言は肯定。つまり。


「……ではティアナはエリオットに随行するように」

「はい!」


 役に立てる事が嬉しくて、あたしは助け舟をくれたエリオットに微笑む。


 「やっぱりティアナは笑っている方が可愛いね」なんていうマティアスに、「王子は人を褒めすぎ」と笑って返し、「よかったわね」と表情で語るマリカには、パンッと手を当ててハイタッチをする。


 そのすぐ傍で顔をそむけたエリオットが「……お前が見て良い笑顔じゃない」とよく分からない呟きをして。あたしはその不貞腐れた表情が可愛くて、ニコニコしながら彼に近づく。


 エリオットはやっぱり小さくても大きくても同じ。頼りになる、あたしの騎士(ボディーガード)

 そう思いながら心を込めてお礼を言えば、最初はポカンとしていたエリオットの顔がじわじわと赤くなってゆく。


「べ、別にお礼を言われるような事はしていない。事実を言っただけだ」

「それでも。一緒に行ける事になって嬉しい」

「……危ない事はするなよ?」

「えーと……『ハイ、ワカリマシタ』?」

「全く説得力ねぇな……」


 短く溜息をついたエリオットは、くしゃりと前髪を押し上げる。

 まるでやれやれと声が聞こえてきそうな態度。不本意である。


 しばらくワイワイと騒いだ後、マリカがこちらへやってきた。

 その事に気がついたエリオットは、ちょっぴりげんなりした表情をスッと引っ込めて彼女を見る。


「久しぶりだな。マリカ=シグレス」

「久しぶり? ……貴方。エリオットと名乗っていたけれど、エリオット=マーカムとは別人よね?」

「残念ながら本人だ」


 マリカはニ、三度瞬きをして、エリオットとあたしを交互に見る。


 あ、さすがに驚いている?

 あたしは事の経緯を説明しようと立ち上がろうとして。フッと勝ち誇ったように笑う彼女を目撃する。



「魔法使いって、便利ね」

「これが本来の姿だ。本 来 の!!」



 不機嫌なエリオットの声と、「まあ、どっちでもいいわ」とそっけない返事のマリカ。

 ちびっこの彼が急に大きくなっていたというのに、彼女の態度は落ち着いている。さすがマリカ。

 エリオットは何やら不本意そうに「くそっ」と吐き捨てているけれど、これまでに至る経緯を長々と話す気はないらしく、二人の再会は実にさっぱりしたまま終わりを迎える。


 このらしいといえば、らしい感動(?)の再会が今日の終わりを彩る事になった。







お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)

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