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1.帰還

 





 一つの世界と聖杯があった。

 ある時、世界に一筋の亀裂が入り、そこにはマナが無くなった。

 マナがなければ全てのモノは存在できない。つまり隔たりが出来る。それが、世界が分かれたきっかけ。


 同時に聖杯も一つでありながら二つに分かれた。

 不均等に分かれた聖杯は世界を一方ずつ満たす事にした。

 多くのマナを受け取った世界は、自然と魔法が使いやすくなり、後に魔法大国と呼ばれるようになる。一方、少ないマナしか受け取れなかった世界は、魔法がほとんど使えなくなった。


 時は流れ、二つの世界が完全に非干渉となった頃。

 割りを喰った世界を哀れに思った精霊が、マナを少しでも送ってやろうと考えた。

 しかし精霊もまた、マナがなければ力が発揮できない為、送り役を人間から選ぶ事にした。


 魔法大国内にあるマナを自由に使えるように祝福を与え、時を見て一方の世界に送り出す。

 送りだされた人間が先の世界でマナを使えば、そのマナはそちらの世界で循環を始める。

 世界の規模から考えればそれ微々たるもの。だが、気の長い精霊にはその事実は問題にならなかった。


 思惑は他にもあった。

 分かれてしまった国を渡る度に、マナの無い亀裂の上を愛し子達は越えてゆく。

 その際に零れ落ちるマナで亀裂にマナを根付かせようとしていた。


 気が遠くなるぐらいの間繰り返し続け、ようやく一筋の橋をかける程度にマナを満たす事が出来た頃。魔法王国の王が聖杯を傾けた。何故。精霊はその理由を知って、王に同情した。精霊は人の強い想いで生まれる。彼の王が強く民を思い、また、伴侶を思っていた事を知ったから。伴侶の奇病も、この不均衡のせい。多すぎるマナが、器を破壊したのだ。


 早く均衡を。

 せめて杯の傾きだけはと思い立つも、精霊は聖杯には干渉できない。人間の誰かが聖杯の傾きを戻す必要があった。

 丁度その頃、一人の姫が聖杯へと向かっていた。目的を知った精霊は安堵し、自分の役目を続ける。まさか、姫の傍に居た騎士見習いの子供が自分の愛し子とは気付かずに。


 再び時が流れ。戻るはずの傾きが戻らない事に気付いた精霊は、再び魔法王国の様子を窺う。

 姫は行方知れずになっていた。愛し子の移動に巻き込まれたのだと知り、悔やんだ。

 残るは権利の無い王と、杯を戻す事に反対する亡き王妃の兄のみ。ならば最終手段として自分の愛し子に聖杯を戻させようと考えたが、なぜか愛し子には権利がなかった。精霊の知らぬ内に王位継承権を持つ者が三人揃っていたのだ。


 人の世は、時の流れが早いものだな。


 極力、人の国に干渉しないようにしていた精霊は、しばし様子を見守ることにする。



◆◇◆◇



 目を開けたらそこはいつか見た花畑だった。


 一面に広がる、黄色や白色。匂い立つ、陽だまりの香り。

 あの日、ファーブルへと送り出してくれた花畑は、変わらずあたし達を温かく迎え入れてくれた。


「……アコットにもこんな場所があったんだな」

「政府管理下の、立ち入り禁止区画だよ」


 内情を察したエリオットは「なるほどな」と呟き、辺りを見回して頷いた。


 アレンもこの場所からファーブルに渡ったと言っていた。

 ヴァリュアブルの彼も自分一人のマナではファーブルへ渡る事が出来ず、あたしと同じようにこの場所のマナを証明に使ったらしい。


 手助けしたのは、ロデリックさん。

 今でこそ疑う余地もない事実は、彼がファーブルの出身でエリオットと同じ『精霊の愛し子』であるという事を、この場にいなくとも証明してくれていた。


 『戻り次第、話がしたい』との伝言をアレンから受け取ったあたし達は、彼の指示に従いアレンの自宅へと向かう。

 たった一カ月、されど一カ月。目に映る街並みが酷く懐かしい。

 季節はまだ真夏のままで、照りつける日差しも、湿気を含んだ風もほとんど変わりがないように思える。――けれど。


 そっと、胸に手を当てる。

 ファーブルの暮らしで感じた事。

 自分の心をさらけ出し、エリオットに受け止めてもらった事。

 リアムの眠りと共に訪れた喪失感と向かい合った事。

 あたしは間違いなく旅立ったあの日とは違うと自覚があった。――時は流れている。確実に。



 出迎えてくれたのはマティアスだった。

 「おかえり」と満足そうにあたしの顔を見て笑い、アレンを見て笑みを深め。最後にエリオットへと視線を移すと「ん?」と言いたそうに眉を寄せた。


 エリオットが無愛想に名乗ると、彼は目をぱちくりさせた後、ニヤリと含みのある笑みを浮かべる。


「ティアナを守ってくれてありがとう。エリオット、君?」

「君付けで呼ぶな。……そもそもお前には関係ないだろう」


 フンと鼻を鳴らし、冷たい視線を送るエリオット。

 「ちょ! 何で喧嘩腰なの!?」そう叫んで、はたと気が付く。――これはアレンの時と同じだ。

 とりあえず誤解を解いてみるも、エリオットはそっぽをむいたまま。マティアスと仲良くする気はないように見える。どうして?


 腑に落ちない思いでエリオットを見つめるあたしを他所に、アレンに促されるまま彼は中へと入ってゆく。仕方なしにその後に続こうとすると、マティアスが愉快そうに言った。


「やっぱり僕の言った通りだったね、ティアナ」


 「へ?」と、思わずマヌケな声が出る。

 その反応で何かを悟ったマティアスはクスクスと笑い、「なんでもないよ」と手で開きっぱなしの扉を指す。……言いかけてやめるのって、ずるくない?

 こちらのジト目にまたマティアスは笑い、「先行くよ」とご機嫌のまま扉の向こうへと消えた。仕方ないのであたしも続く。


 客間に通されたあたし達は、会話の中心人物を囲うつもりで席についた。

 席は全部で六席。この家の主である、アレンとマティアス。要請のあったエリオットと、エリオットの付き添い? のあたし。そしてまだ来ていないけれど、残りのニ席はロデリックさんとジェシカさんで決まりだろうと思っていた。


「隊長は……っと、ちょっと遅れてるみたいだな」


 ソファーに腰掛け、用意されていたお茶を飲み干したアレンは、上座の空席を見て短く息をつく。

 エリオットも早くロデリックさんと話をしたいのか、同じように空席を眺めていた。


 時間が過ぎてゆく。

 雑談のない室内は静かすぎて。チクチクと普段なら気に留める事のない、時計の音までハッキリと聞こえる。こういう時の時間は本当に長く感じる。


 じゃあその間に色々考え事をしよう! 

 なんて閃いたものの、主だった情報もないままに、想像を巡らせるというのは果てしなく無意味。

 結局耐えかねたあたしは「そう言えば」と声を上げた。


「ロデリックさんとジェシカさんは一緒かな?」


 上座を眺めていたアレンがこちらを見る。


「いや? 違うはずだけど……」

「そっか。じゃあジェシカさんもいつ来るか分からないね」


 いつ頃になるんだろうねー? なんて、のんきに続ければ、アレンが不思議そうな顔をした。


「今日はジェシカ来ねえぞ」

「え?」


 空席は二つ。でも、ジェシカさんは来ない。

 あたしが思う参加者はすでに四人この部屋に集まっている。なら一体誰が?


 その疑問を訊ねようとした時、扉がノックされた。

 アレンがぱっと扉へと向き直る。


「隊長ならどうぞ~」

「……扉を開けろとは言わんが、別の言い方はなかったのか?」


 不機嫌というより、呆れたという声色でロデリックが現れる。

 少し影のある表情と隙のない立ち姿は健在で。気崩す事のない黒の隊服は相変わらず良く似合っている。


 一カ月ぶりの再会。元気そうでよかったと言いたかったけど、その表情にちょっぴり疲れを見たあたしは、きっと例の件に追われていたのだろうと予想した。


 ロデリックは挨拶もそこそこに席へとつく。

 途中、声をかけようとしたエリオットに視線で答え、アレンから報告を受け始める。

 後回しにされたエリオットが若干不服そうな顔をしたのが見えて。あたしは思わずクスリと笑ってしまった。


「そーゆーとこは、ちっちゃい頃と同じだね」

「幼い頃と言われれば語弊があるが。中身は同じなのだから当たり前だろう」


 うん。わかってるよ。と、ニッコリ笑って見せると、エリオットはフイっと顔をそむける。

 そんな態度も以前と変わらなくて。彼が大きくなった後に感じていた緊張が、スッと溶けるように消えてゆく。


 エリオットはエリオット。だもんね。


 確認のように心の中で呟いて、そうしてまたエリオットへと視線を向ける。

 すると彼はさっきとは別の方向――扉のある方へと向いており、何故かいぶかしげな表情を浮かべていた。


「ああ。分かるか」

「……誰がいるんだ?」


 扉に向けられる視線に気付いたロデリックが声をかけると、エリオットはそちらを向かずに訊ねた。警戒しているとハッキリわかる声色と態度にあたしはハラハラする。だってそれはロデリックさんを疑うってことだから。


 そんなエリオットの態度に気を悪くすることもなく、彼は「話が進んでから呼ぼうと思ってな」と中途半端な回答を返してきた。

 あたしもエリオットと同じように扉を見てみたけど、その向こうにいる人物には見当がつかなかった。


 ロデリックがフッと息をつく。

 「気が付いたなら同じ事か」と自分に言い聞かせるように呟き、「入って来てくれ」と扉に向かって声をかけた。


 キィと小さな音を立てて扉が開く。

 ゆっくりと動く木製の扉。少しずつ見えてくる人物。


 あたしは息を呑んだ。

 目に映る姿が信じられなくて、認められなくて。

 驚き、喜び、疑問や泣きたい気持ちが一気に押し寄せてきて、震える口元は声を出す事も出来ない。



「……!!」



 話したい事、ある。

 沢山、沢山、ある。

 だって、あたしは……!!


 なおも声が出せないあたしとは対照的に、彼女は落ち着きを払った様子で部屋へと入ってくる。涼しげなブルーの瞳を細め、亜麻色の髪を揺らして。その口元には微笑を浮かべながら。



「――ティア」

「マッ、マリカァ!!!」



 ようやく声が出たのと同時にあたしは彼女に抱きついた。

 温かい。心臓、動いてる。マリカが、マリカが……目覚めている!!


「マリカ!! 大丈夫なの!?」

「ええ」

「調子悪いとことかない!?」

「今のところ問題ないわ」

「ご飯食べてる!?」


 追いすがるように言葉を紡ぐ。

 心配だった。寂しかった。ずっと話がしたかった……!!


 後から振り返ればなんとよく分からない質問を投げかけていたんだろうと思うけれど、この時は一分一秒を惜しむように思いついた言葉をどんどん口にしていた。それはもうほとんど反射だった。


「よかったね、ティアナちゃん」

「そうだね」


 優しげなアレンとマティアスの声が聞こえて。あたしは振り返り、力強く何度も頷く。

 もう全ての疑問は投げ捨てて、マリカが目覚めてるっていう事実だけを受け取りたい。


「マリカ、マリカ、あのね……」

「ほらほら、話が中断してるわよ。私達は後から沢山話せるから」


 なだめられたあたしはちょっと情けない顔をしていたのだろう。

 マリカがクスリと笑い「捨てられた子犬みたいな顔しないの」と、あたしの背中をポンポンと叩く。


 穏やかな音を立てて、想いの壁が崩れてゆく。

 小さな頃からずっと一緒のマリカ。同じ年なのに、お姉さんみたいで。自分の弟や妹の面倒を見ながらも、あたし達姉弟とも一緒に居てくれた。

 いつも、いつも、みんなを守ってくれる、優しいお姉さん。


 でもマリカだってあたし達と同じで。本当は辛い時や泣きたい事だってあったはずなのに。彼女はいつだって強くて、優しいから、あたしはそんな事にも気付かずに、いつもいつも甘えていた。それは何年も経った今も、同じ。


「うー……マッ、マリカァ……」

「もう……相変わらずね、ティア」

「ぐすっ。マリカも、変わってないよぉ……」


 甘えて、泣くのは今が最後にしよう。

 これからあたしも一緒に守るから。マリカだけに大変な思いはさせないから。

 その想いは言葉にならなくて、あたしはボロボロと泣き続ける。


 話は完全に中断。

 あたしは申し訳ない気持ちとそれでも止まらない涙でぐちゃぐちゃになりながらも、謝罪とマリカの目覚めを喜んだ。心の中に強い決意を秘めながら。







お読みいただきましてありがとうございました!!


大変お待たせいたしました!

本日より基本毎日更新(19時頃までに)で最後まで投稿したい思います!

(GWはお休みの可能性あり)

お暇がありましたらよろしくお願いします。(*^_^*)

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