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25.月明かりの示す先

 





 気付いた事がある。

 それは一つ一つは何でもない、気に留める必要の無いささやかな事。

 雑談の中であったり、ちょっとした態度であったり。最初はそういうものなのかと、流れるように記憶の海へと消えてゆくそれ、引き止める事はなかった。


 人は誰しも類似する事があれば、過去と重ねるし、比べもする。

 あの時はどうだったとか、今度はこうしようとか。過去を懐かしむ為だったり、次に生かそうとしたり。それは自然な事だと思う。……だが。


 この違和感は少しずつ、少しずつ蓄積してゆく――……



◆◇◆◇



 日付が変わるには少し早い、深夜のはじめ。

 想像していたより明るい視界に思わず空を見上げ、今日が満月なのだと知る。


 赤や黄色、ピンクに白色。

 日中は彩りに溢れていた草花はなりを潜め、今は頭を垂れて休んでいる。

 静寂に包まれ色を失っている庭は、まるで違う場所のように見えた。


 その中心で彼は、共も付けずに一人(たたず)んでいた。

 この国で最も高貴な彼は金糸の髪を夜風に遊ばせ、空を仰ぎ見ている。

 さらさらと髪の揺れる背中はどこか物悲しげで。彼が愛する人を思い浮かべているのだと分かった。


 声かけするのは躊躇われ、あたしはエリオットを見る。

 彼も同じようにあたしを見上げていて、お互い目を合わせた後、また庭に視線を戻した。


 風が目の前を通り抜ける。

 彼の衣が軽やかに舞いあがり、布をたっぷりと使っているはずの衣装がとても涼しげに見えた。



「来たね、二人共」



 振り返ったレイが、ふわりと微笑む。



「お待たせ致しました、我が王」

「堅苦しいから止めろ、リオ」



 真面目なエリオットの、ある意味定番のやり取りの後、あたし達は庭に用意されていた席についた。



「――呼んだのは他でもない。エリオットにかけられている魔法の件だ」

「何か、おわかりになったのですか?」

「不確か、ではあるが。ここで話をすればもう少し分かると思った」



 あたしはレイの話を聞きながら少し違和感を覚えた。

 いつも(ほが)らかな彼にしては表情が硬い。魔法を解くカギを掴みかけているわりには、あまり嬉しそうじゃないのだ。



「では一体何の話を……」

「まあ、焦るな。リオ。まずは三人で状況の確認だ」



 レイが話し始めたのはエリオットが眠っている間に話していた事だった。


 レイとメリルお婆さんが見ても分からない、難解な魔法がかかっている事。

 そんな強力な魔法がかかっているにも拘らず、エリオットはマナを枯渇させられるだけで済んでいる事。故に、意図が分からない事。

 そして今までの状況を踏まえて、時間経過によるマナの回復が望めない事。


 聞けば聞くほど、手詰まり感が漂う。

 意図が分からず解除も難しい状態を再確認して、エリオットが頭を垂れた。自分で解決できない悔しさを噛みしめているといった風だった。



「――ティアナ。今度は君がエリオットと初めて会った時の事を聞かせて欲しいんだ」



 あたしは頷く。エリオットとの出会いは今でも鮮明に思い出せる。


 夕日を浴びた銀色のマント。黄金色の帯が輝いている美しい服を着こなし、強い光を持った瞳であたしを射抜いた。躊躇いもなく魔法を使い、堂々とした態度は王族や騎士のように見えた。


 最初はほっとけなかった。

 弟と歳が近い事も理由。そしてなにより、眩しくて、羨ましくて。

 自分の意思をしっかり持つ彼に影響され、あたしは彼の手を握った。


 力になりたい。頼られたい。

 ねえ、もっと――。


 あたしはエリオットの手助けをする事に、何の不満もなかった。むしろ、もっと助けたいし、頼られたいと思っていた。幸せだったのだ、自分が彼を守っているのだと思える事が。


 エリオットがあたしの方を見る。

 恥ずかしさと嬉しさを噛みしめるように小さく笑い、そんな表情をした自分に驚いたのか、慌てて顔をそむけた。



「――ティアナは、とてもエリオットを大事にしてくれたんだね」

「うん、とても大事だよ」



 はにかみながら視線を落とす。


 嘘、偽りなどない。

 彼がしたい事なら応援するし、危ない事なら全力で守る。

 彼が楽しい事はあたしも楽しいし、悲しい時は一緒に泣きたい。


 彼が大事で、愛おしい。


 守るのだ。あたしの全力を持って、必ず、絶対に、今度こそ。


 あたしは、彼を――……


 言いかけて、ふと意識がそれる。

 ヒヤリとした空気を感じたのに、風は吹いてはおらず。

 なあんだ、気のせいかと、正面を見直して。あたしは息を止めた。


 夢から覚めるような、強い碧眼。

 静かで、熱い。本質を、心の中を読み取るような視線。

 心がざわつき、でも身体は動かなくて。その意味を考えたいのに、頭は空回りする。


 あたしはこの瞳を、昨日も見た?



「……ウェイン様?」



 異変を感じ取ったエリオットが声を出し、あたし達二人を見比べる。

 それが止まった時を動かす様に、レイの視線を緩ませ、あたしの呼吸を戻す。



「ティアナ」

「な、なあに? レイ」

「わたしの話、聞いてくれるかい?」



 レイが苦笑している。

 あたしの態度がそうさせているのだと思うと申し訳なくて。「ごめんなさい」と謝った。だけど声が小さすぎて、届かなかった気がする。――どうして声が出ないの?


 何も怖がる事はないし、彼があたしに危害を加えるなんてありえない。

 絶対に大丈夫。そういう確信は、間違いなく心の中ある。


 なのに。


 あたしは何かを恐れるのを止められなかった。

 そんな自分が理解できなくて、同時に何を恐れているのかも謎のまま。


 レイがゆっくりと形の良い口を動かす。

 それが何故か、終わりの始まりのように見えて。あたしはどうかしていると、頭を振った。



「ティアナはね、すごくすごく後悔しているんだよ」



 リアム君を守ってあげられなかった事を。


 鋭い痛みが胸を刺す。

 何度も、何度も、繰り返し(はし)る痛み。ずっと残っている傷。後悔。

 レイの言う通り。リアムを守れなかったのは、あたし。



「だから、願った」



 次こそは、守って見せると。


 もちろん次は絶対。絶対に、守りきって見せる。


 レイの言葉をかみしめつつ、あたしは頷く。

 これは誓いだ。願い、叶えば、必ず果たす、誓い。



「リアム君が倒れたのは彼が八歳の時。倒れた理由は魔法を使ったから。――つまり、魔法が使えない」



 レイはあたしを見て眉尻を下げる。

 ここから先を続けて良いのか、困っているように見えた。


 あたしは言葉の先を考える。

 守れなかった、過去。次は絶対に守る。そう、次こそは。


 ――リアムが目覚めたら。


 うんと甘やかしたいな。

 一緒に学園に行って、ご飯も作って。

 喧嘩して、笑って。また二人で暮らしたい。


 照れて、甘えてくれなくなることもあるよね。

 だって、もうそういう(きざ)しが見え始めていたし。遠慮をさせないようにしなくっちゃ。


 大きくなったら『姉さん』と呼んでくれなくなっちゃうかも。

 ううん。それまでに、ちゃあんと姉さんって何度も言い聞かせるんだ。


 大切だとしっかり伝えて。抱きしめて。

 ずっと傍にいるから、安心してねって。



「あ……」



 いくつも、重なる。

 エリオットと過ごした日々と、リアムと過ごしたかった日々と。


 七、八歳のエリオット。――リアムの倒れた歳と同じ。

 あたしを支えてくれたエリオット。――あたしを助けて眠ったリアム。


 リアムは魔法を使った。もう使えない。

 エリオットもマナが枯渇状態。彼も魔法が――使えない。


 ドクリ、と心臓が音を立てた。

 追われるように、責め立てられるように。警告、警鐘のように、次第に鼓動は強く全身に響き渡る。


 マナを枯渇状態にしているのに、悪意を感じない魔法。

 エリオットを害する事を目的としていなくて、でも、魔法を使って欲しくないという、願い。


 意図が見えないと、困惑するレイ達。

 あたしは。あたしは……?


 今すぐ何かに縋りたくなって、あたしは隣にいたエリオットに手を伸ばした。

 違うの。とも、だって。とも、心の中で繰り返し、ただただ怖くて、離れたくなくて、彼を思い切り抱きしめた。


 エリオットの温かさと、戸惑いが一緒に伝わってくる。

 ちっちゃいのに、大きくって。そっけない態度を取るのに、本当は優しい。

 そんな彼はあたしの不安を察して、小さな手を背中にまわしてぎゅっと抱きしめ返してくれる。


 あたしはきつく目を閉じた。

 もう二度とこの温もりを失いたくないと、全身が、心が、枯れるほど叫んでいる。


 ――本当にそう叫べたら良かったのに。


 この温かさを失うのが心底怖い。次に聞こえてくるレイの言葉が――怖い。



「――そう。エリオットに魔法をかけているのは」






 君だよ、ティアナ。







お読みいただきましてありがとうございました!

次話で二章終了です。早めにお届けできるよう頑張ります。

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