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5.遠くて近い事件

 




 

 月が変わり、夏真っ盛りの朝。

 日が昇る時間が早いこの時期は、あたしの登校時間にウォーキングする人は減り、道行く人は学園か仕事に向かう人ばかりで満たされていた。


 日傘を片手に歩く女の子や、木々の下を縫うように進む男性。建物の陰で足を止め、そこから動きたくないとばかりに座り込んでしまう子供。


 皆、日陰を求め、どうにか太陽から逃れようと必死である。

 そんな中、動く事も出来ない、とりわけ、どう転んでも日陰になる事がない、広い道の真ん中がジリジリと太陽に焦がされている。

 黒いアスファルトは熱せられた鉄板の様に空気を揺らめかせており、その上に乗るのはもはや勇者かお好み焼きぐらい。


 これは水撒きしても無駄だろうなぁ。


 ……なんて。

 そんな事を想像したあたしは、頭の中を立ち込める水蒸気で満たしてしまった。



「あっつー……」

「言うな。余計に暑い」



 襟元のシャツを無造作に掴み、パタパタと風を送るあたしを見る事も無く。

 エリオットは、すたすたと前方を歩いて行く。



『――ティアナ、調べたい事がある。学園について行って良いか?』



 体験入学を終えて知識を蓄えたエリオットは、最初、学園など用はないと言っていたくせに、こんな理由をつけあたしについてくる様になった。



『いいけど。マリカに喧嘩売るのは止めた方がいいわよ』

『くっ……あの女、人をガキ扱いしやがって』

『いや、だからさ……』

『その続きは聞かん!』



 マリカは弟と妹がいるので、子供の扱いには慣れている。……が、その慣れた子供扱いが、エリオットの勘に(さわ)るらしい。


 あたしとしては二人が決定的な仲違もしないので、そのまま放置を決め込んでいる。

 結局人付き合いというのは、外野が口出しするより当人同士の心持次第。つまり、言うだけ無駄。これがあたしの自論だった。



「ねえ、今日は何処で調べるの? 資料室? 図書館?」

「図書館だ」

「あたしも手伝おうか?」

「いや。いい」



 エリオットの返事はそっけない。

 別に感じが悪いとかそういう訳じゃないけれど、もう少し相談してほしいというか。色々頼って欲しいというか。


 たしかに教え役を学園に投げたのは事実だけど、手伝える事もあるはず。

 そう思うのに、何の役にも立っていない現状はちょっと寂しかった。



「――その呼吸はマナの活力を奪う。止めておいた方が良い」



 知らず知らずのうちに吐いていたらしい溜息に、エリオットが注意をしてくる。



「幸せが逃げるとかじゃなくて?」

「それ以前の問題だ。どうせ吐くなら、腹の底からゆっくりと出せ」

「……なんか、健康教室の先生みたいね」



 エリオットは返事もくれず、前方を行く。


 彼の服装は胸元にワンポイントの入ったシャツで、背中側は無地。色は水色。

 見た目だけでも涼を得ようと考え、結果、赤よりはマシ程度にしかならなかった……そんな、悲しい現実を突き付ける残念コーディネイト。ちなみに、その服を用意したのはあたし。残念過ぎる。


 あたしはこっそりリベンジを誓いつつ、彼を追い抜くつもりで歩いた。



「ねえ、エリオット」

「なんだ。暑いって話なら、早く建物内に入った方が良いぞ」

「そうじゃなくって! さっきの話……というより。エリオットってマナについて詳しいよね」

「……」

「どこで、学んだの?」



 エリオットは質問には答えず、顔だけをこちらに向ける。

 胸元の猫が三日月のような口を開け、楽しそうに笑っているにもかかわらず、彼の表情は硬く、何かを逡巡(しゅんじゅん)しているように見えた。



「――ティアナ。一つ、聞きたい事がある」



 一文字に引かれた唇がゆっくりと動く。


 久しく、あたしに質問する事のなかったエリオット。

 彼の瞳は初めて出会った時と同じように強い力を帯びており、決意を秘めた。という言葉に相応しい色をしていた。


 あたしはだらけた姿勢を正し、コクリと頷く。



「お前は『アリス』という名の女性を知っているか?」



 心の中で復唱し、首を横に振った。

 比較的良くある名前だけど、自分のまわりにはいない。


 元々結果が分かっていたのか、エリオットは落胆した様子も見せずに「そうか」とだけ言い、また前を向いて歩き出した。


 ふわふわと揺れるこげ茶色の髪もその後ろ姿も、すべて先程と同じだけど。

 エリオットが一生懸命なだけでなく、本気で『約束』に向き合っているのだと、本当の意味であたしは理解した。


 この『アリス』という女性の名前。

 これは、名前と年齢以外で初めて教えてくれた、エリオット自身の情報だった。



◇◆◇◆◇◆



「――エリオット君も勉強熱心ね」

「うん。家に帰ってもあたしの教科書を読んでる時あるよ」

「末は博士か大臣か。って?」

「はははっ! 本人にその気があるかは謎だけどね!」



 エリオットを図書館へと送り届けた後。

 あたしはマリカと共に、校舎を移動していた。


 まるで川にかかる橋の様に細く長い道は、離れた校舎との間を結ぶ渡り廊下。

 遥か昔。四、五階建てが普通だった校舎は、今や十階建てが普通となり、場合によってはニ十階建ての校舎があるほど。


 校舎が高くなってしまった事への公式発表は「子供達の安全を効率よく守るため」だが、毎日、山の頂上まで登る覚悟を持たねばならない子供達の気持ちは、一切考えられていないらしい。きっと、「お前ら登ってみろよ」と心の中で毒づいた人は沢山いると思う。



「そういえば聞いた? あの話」



 声のトーンを落とし、神妙な顔つきで問うマリカに、あたしは話題の内容を察する。



「……うん。連続誘拐事件の話でしょ?」

「ええ。例の如く。狙われているのは――……」

「ヴァリュアブル」

「そう。ほんと迷惑な話よね」



 この話は公に発表されていてる。

 だけど、どうにもこの手の話題は不思議とひそひそ声になってしまうのだ。



 ――ヴァリュアブルとは。

 その言葉通り『貴重』を意味し、所謂(いわゆる)、魔法未使用者の事を指す。

 時にアンユーズドとも呼ばれるが、両方とも指すものは同じであり、一般的にヴァリュアブルと呼ぶ方が多い。


 そもそもこの魔法未使用者がどうして、貴重と呼ばれるのか。

 それはこの力が生涯一度しか使えない事に加え、魔法の発動条件が原因だったりする。


 魔法の発動条件は至ってシンプル。


 起こしたい事象を強く、願う事。


 たったこれだけ。

 たったこれだけだからこそ、何も分からない幼少期に魔法を発動させてしまう事例が多発。

 故に感情がコントロールできる年代まで魔法を使っていない人間は貴重で、その事実が語源となっているらしい。



「――ティアも気をつけるのよ。今は一人じゃないんだから」

「うん。そうだね」



 エリオットはすでに魔法を使っているから大丈夫。けど、あたしの巻き添えになる可能性はある。

 自分だけならまだしも、彼を守りながら戦うのは難しい。



「……せめて、あたし一人の時に狙ってくれるといいのだけど」

「あら、私は戦力外なの?」



 マリカは口の端を上げ、亜麻色の髪をかき上げる。

 彼女もすでに魔法を使っているけれど、弟妹の為に任意で自己防衛プログラムを受講している。だから腕に覚えがあるのだ。



「マリカがいてくれれば、戦う以外に色仕掛けも使えるね!」

「私はそんなに安くないわよ?」



 そんなモノ使うまでも無く、これ(・・)でぶっ飛ばしてやるわ。


 マリカがシュッと空気を切り裂き、拳を前に突き出す。



「マリカの鉄拳はグローブしてても痛いって評判だからな~」

「当たり前よ。威力を弱めて打ってる気ないもの」

「練習相手に同情!」



 「本気でやらなきゃ意味ないじゃない」というマリカに、「まあそうなんだけどさ」ぐらいしか言えないあたし。


 あたしは弱い。

 義務でプログラムを受けているものの、実力はマリカに遠く及ばない。

 それこそ雰囲気だけで言えば、よっぽどエリオットの方が強そうだ。



「まあ、無用な心配だといいわね」

「同感」



 マリカも、エリオットも巻きこみたくない。

 可能ならあたし一人の時に襲って欲しい。欲を言えば、襲ってこないと助かる。


 自分が強くなろうなどとは微塵にも思わない、この後ろ向きな願いは。

 やっぱり、叶う事はなかった。








お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)

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