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22.ロディ=クロス

 





 ロデリックがファーブルの人間だと聞いて、あたしは納得してしまった。

 彼はマナに詳しかった。ガーディーに迫るジェシカを『転移魔法に巻き込まれる』と静止したのも、あたしのファーブル行きを支援してくれたのも彼だった。



「たしかにロディは精霊の愛し子だった。あれから十九年。今は二十七になるのか」

「大体それぐらいの年齢の男でした」

「魔法は使っていたか?」

「――いえ、それは確認できていません」



 ロデリックの事をを思い出す。

 冷静沈着。どこか謎めいた雰囲気を醸し出していた彼。

 彼は何か手掛かりを残していないだろうか。



「もう一度アコットに行きましょう。会って確認したい」

「だが、リオのマナは枯渇状態だ。あちらへ渡る証明が出来ないだろう?」

「やはり俺のマナの回復を待つべきか」

「その件だが――」



 エリオットとレイが話を詰めてゆく。

 息の合ったやり取りは主従関係を思わせるより、友人を彷彿(ほうふつ)させる。互いに信用し合い、求める最善を目指す二人の姿は眩しくて、自分もと身体が前に出る。


 聖杯、精霊の愛し子、マナの枯渇……あたしは、全てに置いて知らなさすぎる。

 二人と比べてあたしは無力だ。知識も、力もなくて、ただ必死に目の前の事を追っているだけ。それだって、きちんと出来ているのかは分からないし、ひょっとしたら、あたしに出来る事なんて何もないのかもしれない。


 でもこういうのって、出来ないと決めつけたら本当に出来なくなってしまう。

 無力だと決めつけたら、あたしは無力のまま。

 出来る事がないと決めつけたら、本当に出来る事がなくなる。


 自身の力を過信する事無く、それでいて低く見積もる事もなく。あたしがどうしたいのか。何を、望むのか。何かと比べ、勝手に予想して。したい事から目をそらして、諦める必要なんてないんだ。今のあたしはそう思う。――ううん。そうなんだと気付かせてもらった。


 だから、きっとあるはず。あたしにも出来る事が、必ず。


 そう思えば、一筋の光が見えてきて。あたしはその案に飛びついた。



「あたしのマナを使って!!」

「ティア?」

「あたしのマナでリオと二人、アコットへ行くの!!」



 あたしは隣にいたエリオットを抱き寄せた。

 彼だけを見送るなんて出来ない。ならばあたしも一緒に行けばいい。

 妙案を思いついたあたしは慌てるエリオットを押さえ込んでレイを見た。



「レイ、リオはあたしのマナで転移魔法を使った事があるの。だから――」

「待って、ティアナ。帰りはどうするの?」

「か、帰りは……」

「仮に行く事は出来たとして、エリオットのマナが枯渇状態ではあちらからの帰還が難しい」



 当たり前の事を指摘され、あたしは言葉に詰まる。

 そうだ。ファーブルと違い、アコットではマナの回復は難しい。それはエリオットのマナだって同じ事だ。

 あたしはそのまま視線を落としかけて……ダメだと首を振った。

 諦めるな。まだ、まだ何かあるでしょ、ティアナ。



「……花畑。そう! あたしがファーブルへと向かったあの場所なら、きっと戻る事が出来るはず!!」

「花畑、ね」



 なるほど、とレイは訳知り顔で頷くが、その表情は少し浮かない。エリオットが戻る為には弱いと思っている事が伝わってくる。


 知らず知らずのうちに腕に込める力が強くなる。

 力になりたいと思うのと同時に、引き離される恐怖に身を固くする。

 もう離れたくない。絶対に。だけど一方で、我が儘ばかりはだめだと分かっている。ちゃんと、レイを説得できる材料を用意しなければ。



「ティア……」



 もぞり、とエリオットが身じろぎをして、あたしを見上げた。



「ちょっと黙ってて、リオ。今大事なところなんだから」

「……だったらまず離してくれないか」

「どうして?」

「『どうして』って……」



 返答に困るエリオットを見つめ、首を傾げる。

 離れたくないという我が儘を差し置いても、エリオットが大切だという主張するのにこれ以上はないと思う。


 レイがあたし達を見比べる。

 照れて赤くなっているエリオットはキュッと目を瞑り、恥ずかしさに耐えるようにして。あたしは自分の主張を通すべく、彼を抱きしめたままレイを見た。



「……ティアナの言いたい事はわかった」

「レイ!」

「だが、その前に確認したい事がある」



 真っすぐに見つめられて、背筋が伸びる。

 思わずあたしは息を止め、コクリと喉を鳴らした。


 少しの間、見つめ合う。レイの澄んだ碧眼に、あたしは吸い込まれそうになった。

 抜ける青空のようにも、決して底までは見えぬ海のようにも見えるその瞳は、全てを見透かすようにあたしを見つめる。こちらの思いを、考えを。余さず全て読みとろうとしているのだろうか。


 レイが瞬きをしてスッと視線を逸らした。

 その先にはエリオットがいて、彼は突然自分に向いた視線に居住まいを正した。



「――エリオット、お前はゆっくり休んでいろ。私とティアナは席を外す」

「なっ!? ウェイン様!?」



 慌てるエリオットに、レイは軽く首を振って席を立った。

 彼は理由を述べず、出てゆく気に見えた。



「心配はいらない。じきに分かる」

「ならば今でも!!」

「いや。後日、だ」



 有無を言わさぬレイの言葉に、エリオットが押し黙る。

 不本意だと表情は訴えているが、言葉は出ていなかった。


 レイが部屋から出ていった。すぐ、あたしも名前を呼ばれて後に続く。

 扉を閉める前に振り返ると、エリオットが視線を落とし、きゅっとシーツを握りしめているのが見えて。思わず「後で教えてあげるから!!」と、声をかけた。


 ハッとしたエリオットが顔を上げ、あたしは一つ頷いて扉を閉める。



――そんなやり取りまでしたのに、レイの話は深刻な、難しい話ではなかった。



 しかもあたしにとっては何で今更な話。

 多分今までの雑談中に話した気もするけれど、あたしは『確認』だと言われていた事を思い出し、もう一度同じ言葉を繰り返す。


 レイは「分かった」とだけ言って、あたしの頭を撫でた。



◆◇◆



 シュートとメリルお婆さんの自宅で一泊して、朝を迎える。

 カーテン越しに差す朝日で自然に目覚め、ベッドの中で背伸びをした。なんて爽やかな朝。

 身支度を整え一階に向かえば、台所にはシュートがいて、やはり食事の用意をしてくれていた。



「おはよ、シュート」



 以前ご馳走になりっぱなしだったあたしは、手伝う為に側に行く。

 湯気と共に香るのは煮込まれた玉ねぎとコンソメのスープ。真っ白なお皿には香ばしく焼けたウインナーとぷっくりと黄身の膨らんだ目玉焼き。小さなココット皿にはベビーリーフと可愛いプチトマトが乗っていて、小麦色に焼けたトーストからはバターがとろりと、すべりおちそうになっている。



「――ティアナか、おはよ」

「もう出来ちゃってるんだね」

「ああ、一応な」



 ちょっと自信なさげな反応に目をぱちくりさせていると、彼は「これ、王様に出して良いと思うか?」と聞いてきた。――ああ、なるほど。



「大丈夫だと思うよ?」

「本当か? 俺、高貴な人が何食ってるのかさっぱり分かんねーんだよ」

「あたしだって分かんないわよ」

「でもティアナは王様と一緒にいるんだろ? だったら――」

「私がどうかしたのかい?」



 突然聞こえた声に、シュートの肩が跳ねた。

 振り返るとレイがニコリと笑ったままこちらへと歩いてくる。



「おはよう、ティアナ、シュート」

「おはよう、レイ」

「お、おはようございます!! 我が王!!」



 ピシッと姿勢を正すシュートにレイは「ここは城じゃないから」と、もう少し肩の力を抜いてと微笑みかける。



「いい香りにつられてやってきたら、もう美味しそうな朝食が。ありがとう二人共」

「身に余るお言葉!」

「これぜーんぶシュートが作ってくれたの!」



 レイが感心した声を上げ、シュートが照れて。配膳を手伝おうとするレイをシュートが慌てて止めたりと、騒がしくも楽しい朝食の準備をしていると、エリオットとメリルお婆さんも起きてくる。



「おはよう」



 自然と笑顔になる。

 朝食の香りは幸せの香りそのものだと、今なら分かる。


 あたしはエリオットの手をとって席につき、彼の世話を焼こうとして断られる。

 それを冷やかすシュートと笑うメリルお婆さん。

 最後にレイが「まるで姉弟だな」とポツリとこぼし、エリオットが憤慨する。……え。そこ、怒るとこ?


 大きくレイに同意をしたいあたしは、そんな否定に傷つく。



「……リオのバカ」

「バカはどっちだ!!」



 いじけても、慰めてはくれないらしい。


 ……いいもん。あたしの方がお姉さんだし。

 甘えたいような、姉貴分の威厳を保ちたいような。対極にある思いを抱きながら朝食を終える。


 するとタイミングを見計らったように、コツコツと音が鳴った。

 視線を向けると、窓辺には黄色の小鳥がいて。あ、っと声を上げる前に、いつの間にか席を立っていたレイが窓を開けた。


 瞬間、小鳥が姿を消して、ふわりと金色の羽根が舞い込んだ。

 レイの手にしっかり収まった鳥の羽根。この光景は見た事がある。



「伝令……?」

『文を我が手に』



 呟きと、レイの声が重なる。

 「もう一人(・・・・)からの連絡だ」と、彼は文に視線を落とし、すぐに顔を上げた。



「――城に客人が来ている」



 アコットからの。

 続いた言葉に、あたしは目を瞬いた。








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