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20.願いのかたち

 





 ラングーナ。というのはシュートの出身地を含む、王都から見て南東の端に広がる地域を指す。

 広がる森と未開の地が多く、王都への移動にかかる時間は転移魔法陣を使っておよそ十日間。シュートに言わせれば田舎の中の田舎らしく、不便極まりない場所だそうだ。



「のんびりしてていいじゃない」

「否定はしねぇけど、不便は不便だ」



 レイが部屋から出ていった後。

 有無を言わさず出発時間を決められたあたし達は話をしながら待つ事にした。


 本当はすぐにでも出発したかったあたしだけど、この待ち時間はシュートの疲労を見越しての事だと聞いたので我が儘は言えない。


 シュートは転移魔法陣を使い続けて王都へ来たらしい。

 人より少し多いだけのマナを酷使しての移動は本当に堪えたらしく、レイが席を外した途端、彼はだらしなくソファーに身を任せていた。



「十日を半日って……すごいじゃない!!」

「まあな。……と言いたいところだが。ババアに半分以上送ってもらったからな」

「え、お婆さんに?」

「そ。普段は人をからかって遊んでるくせに、マナの量だけは多いんだよな……」



 愚痴のように呟くシュートは、「はあ」と、心底疲れたような溜息をつく。



「シュートはマナの量が分かるの?」

「まあ、はっきりと分かると言うか、『ああ、こいつはマナが多そうだな』ってぐらいは」

「ふうん……お婆さんはもっと分かるの?」

「多分な。ババアはあんまり魔法を使いたがらないから詳しく知らねえけど」



 そういうものなのか、と頷いてみて、ふと、ズリエルの顔が思い浮かんだ。

 そういえば彼も魔法を使っていなかった。



「――知の魔女メリル=クラフ。通称ラングーナの魔女。それが今や井戸ババアだからなあ」

「井戸ババア……?」

「だってそうだろ? 水汲みなんて一瞬で終われるくせに、誰かが来るのを待ってるんだからさ」



 『誰かが来るのを待っている』

 そう聞いて、あたしはそれを孫であるシュートの事だと思った。

 だってお婆さんは、あたしと彼が言い合っている時に『どっかの誰かさんは、手も貸してくれない』と言っていた。つまりそれは、シュートに手を貸してほしいと言っているのと同じ事だ。


 気が付いて、そのまま伝えてみたけれど、シュートは首を横に振り、「ホントに困ったババアだよ」と、再び溜息をつくだけだった。

 話半分……どころか、全く心にも止めていないように見える。



「ねえ、そんな事言わずに今度手伝ってあげて?」

「うるせえなぁ……いやだよ」

「まあまあ、そう言わずに。ね? ね?」

「ちっ……お節介が」



 シュートが吐き捨てた。

 それは感じの良い物言いではないけれど、腰が抜けてしまったあたしの面倒見てくれた事や、エリオットの為に王様であるレイに意見した彼の心根が、本当は優しい事ぐらいもう知っている。


 ――きっと彼は手伝ってくれる。

 そう確信したあたしはニッコリ笑って「ありがとう」と伝えた。

 シュートは驚いたように目を見張ったが、その後フッと表情を緩め……そしてすぐ、フンと言ったように顔をそむけた。



「……誰も手伝うなんて言ってない」

「はいはい。分かってるよ」

「いや、それはわかってねえな?」

「分かってるよ~?」



 笑みを浮かべながら答えると、シュートは乱暴に前髪をかきあげる。横を向いているので赤くなった耳がばっちり見えて、照れているのが丸分かりだ。



「……ったく、あいつをガキ扱いするから、俺までガキ扱いかよ」



 子供扱いしたつもりはない。

 けれど、精神年齢で言ったらリオより年下よね、シュートは。


 まあそんな話をしつつ。レイが戻ってくるまで、あたし達はゆったりとした時間を過ごしたのだった。



◆◇◆



 普通の人ならば十日はかかる日程を、レイは一瞬で終わらせた。

 そのすごさを間近で見たシュートは息を呑んでいたし、あたしは起こった現実について行けなかった。



「やっぱ、すげえわ……」

「良く分かんないけど、そうなのよね。きっと」



 以前は一人で立っていた村の入り口に三人で到着したあたし達は、すぐシュートの自宅へと向かった。出迎えてくれたのはお婆さんだ。



「ふぉふぉふぉ、ようこそいらっしゃいました。我が王」

「久しいな、メリル」



 二人が親しげに言葉をかわすのを聞きつつ、あたしも挨拶をする。

 皺くちゃな優しい笑顔に迎えられ、こちらも笑顔になった。


 そしてお婆さんはシュートを褒める。

 「ようやった」と、しっかり彼の顔を見て、コクリと頷いたのだ。


 シュートがそっぽを向く。

 態度は悪いけれど、これは単なる照れ隠し。

 お婆さんもそれを分かっているのか、笑顔を浮かべたままもう一度頷いた。



 シュートの自宅にお邪魔する。

 以前昼食を頂いた居間を横切った先、あたしも足を踏み入れた事のない扉を開けると、天井から吊るされた籠が目に飛び込んでくる。中には木の枝や、干からびた草が入っていて、レイとシュートは首を傾ける事で籠を避け、お婆さんの後をついて行く。


 あたしはそんな三人を追い掛けつつも、零れたものが火で焼けたらしい黒く変色した鍋を見つけて、『魔女』という言葉に一人納得していた。大きな壷でぐつぐつ何かを煮ているお婆さんの姿が思い浮かんだのだ。


 「ここじゃよ」と、メリルお婆さんがゆっくりとした足取りを止めた。

 目の前の扉には蔦が絡まっている。――ここ、家の中だよね?

 魔女の雰囲気を惜しげもなく放つ、その古めかしい扉を開けると、中は思っていたより明るかった。


 カーテンから差す陽の光が薄く室内を照らす。

 物は少なく、あるのは大きめのベッドと側に置かれた背もたれのない丸イス。

 枕元には備え付けのヤマユリのランプがベッドを覗き込むように頭を垂れていて、その先に小さな膨らみを見つける。


(リオ……!!)


 声にならなかった。

 不意に重石を背負わされたように身体が重くなり、足は一歩も動かない。

 扉を開けたメリルお婆さんが、続いてレイが室内へと入って行く。シュートがこちらを不思議そうに見た後、お婆さんに呼ばれ室内へと入る。そうして三人が中に入った後も、あたしは動けずにいた。


 目の前ではメリルお婆さん、レイ、シュートの三人が何かを話し合っている。

 声は良く聞こえない。エリオットの眠るベッドの側で話をする三人は深刻そうな、難しい顔をしている。


 一体何を話しているの……?


 近いのに、聞こえない。

 まるで見えない壁が存在するかのように、自分だけが取り残されたように。

 手を伸ばせば届くはずの距離なのに、あたしの手は届かない。


 ガラスの向こうで眠る弟。その周りには白い衣の学者達。声は聞こえない。物音も聞こえない。弟はただ眠っているだけなのに。ちょっと疲れて、眠っているだけなのに。あたしは手を握る事さえ叶わない。


 ――あたしはまた(・・)傍に行けないの?



「――ティアナ」



 レイの優しい声でハッとする。

 焦点を合わせるようにそちらを見れば、彼はおいでと手招きしてくれていた。



「入って、いいの?」

「何を言ってるんだい? もちろんじゃないか」



 身体がフッと軽くなった。

 一歩足を踏み出せば、そのまま真っすぐベッドの側へと行く事が出来る。壁なんてなかった。


 エリオットは柔らかそうな枕に頭を乗せ、すうすうと寝息を立てていた。

 苦しそうにしていない。顔色も悪くない。あたしはホッと胸を撫で下ろす。



「体調は問題ないだろう」

「うん。穏やかに眠ってる」

「――だが、マナは枯渇状態だそうだ」



 レイがエリオットを見る。

 基本穏やかな笑みを絶やさぬ彼が、心配と困惑を混ぜた表情のまま続ける。



「やはり、魔法がかかっているとみて間違いない。それもわたしやメリルが見ても、その意図が分からぬような難解な魔法が」

「分からなければ困るの?」

「そうだな……。意図が分からねば、対する解除も出来ない。少なくともこのままではエリオットのマナはゼロのままだ」



 多分それは、エリオットの望むところではないだろう。

 彼は魔法を使う事を望んでいる。なんとかしなくては。と、思う。



「魔法をかけた人間の意図……。つまり、エリオットに魔法を使って欲しくないって思っている?」

「結果的にはそういう状態だが、それが術者の意図と重なるかは分からない」

「逆に言えば意図さえ分かれば、魔法が解ける?」

「そういう事」



 この際、誰が、という事は問題にならない。と、レイは続ける。



「マナを枯渇状態にするという強力な魔法にも拘らず、この魔法には悪意を感じないとメリルが言っている。だから、ある意味においては厄介な代物だ」

「悪意が見えれば、意図もわかるからのぉ」

「魔法の本質は『願い』だ。結果、もたらされるものが当人にとって不利益な事象だとしても、願った相手に必ずしも悪意があるとは限らない」



 エリオットに今の状態で居て欲しいと願う魔法。悪意のない、魔法。

 たしかに全く意図が分からない。


 皆、そのまま黙りこむ。

 穏やか眠るエリオットの姿を見れば、彼を苛む魔法が彼を苦しめる事を目的としていない事ぐらいすぐに分かる。同時に、レイやメリルお婆さんにも分からない難しくて強力な魔法ならば、彼を苦しめるのは簡単なはずだと察する事も出来る。


 目的はエリオットを苦しめる事にない。

 それだけを思えばよかったと言ってしまいたいけれど、彼の事を思えば喜べる話ではなかった。


 「――これはここだけの話にした方がいいだろう」とレイが言い、メリルお婆さん、シュートが賛同する。今の状態を知られるのは危険だという事はあたしにだって分かる。まずはエリオットの安全が大事。だけど。



「これでは、本当にただの子供だからな……」



 レイの零した言葉に頷くシュートとメリルお婆さん。三人は言外にエリオットを無力だと言った。

 あたしは皆の思い込みにムッとする。



「リオは魔法が使えなくてもすごいよ!!」



 覆面に追われた時も、ガーディーに襲われた時も。エリオットは魔法が使えなくてもあたしを守ってくれた。まだ子供なのに、出来得る限りを尽くして。そう伝えれば、なんであたしが追われるような事があるのだと訊ねてくる。そっちじゃないよ!!


 だけどシュート達がいるこの場でアコットの話をしていいのか分からないので「とにかく!!」と、説明を省略してエリオットは自分を守ってくれた騎士なのだと言い切った。



「まあ、エリオットは頑張っていたんだな」

「そうよ!! すっごく頑張ってた!!」



 握り拳を作り、真剣に頷くと、三人は生温かい笑顔を浮かべた。何、この温度差。

 不本意すぎる態度に唸っていると、苦笑しながら口を開いたのはシュートだった。



「差し詰め、MPゼロのボディーガードだな」



 MPゼロ? 何それ。

 そう思ったと同時に、レイがさり気なく助け船を出してくれる。なるほど。つまりマナがない状態ね。


 アコットではマナが魔法として使える機会は一度だけだった。だからMPゼロなんて言葉は始めから存在しない。だけどファーブルでは「早く寝ないとお化けが出るぞ」と同じ意味合いで、魔法を連発するような子供に使うらしい。でも、それって……


 軽口の中に、改めてエリオットの非常事態を悟る。

 マナがゼロになっても時を置けば回復するファーブルにおいて、枯渇状態が続くという事が、どれほどありえない事態なのか。かけられた魔法が、どれだけ強力なものなのか。


 穏やかに眠る彼は周囲でこれだけ騒いでも、全く起きる気配がない。試しに名を呼び、前髪をそっと払っても、結果は同じ。よほど、消耗しているのだと思われる。


 エリオットはこんなに小さいのに頑張っている。自分にできる事を一生懸命頑張っている。

 魔法が使える事が当たり前の国で、魔法が使えずにいるのに、彼は。


 キュッと拳を作る。

 負けていられないと決意を新たに、エリオットを見る。だって、あたしは――……


 ふと、顔を上げれば、シュートとメリルお婆さんが頷き合っていた。


 なになに?

 マナが枯渇状態でも守り抜く。エリオットらしい?

 騎士とはそういうもんじゃって??


 う、ん……?

 なんだか良く分からないけれど、リオの頑張りが認められたってことでいいのかな?


 あたしはもう一度、眠る彼へと視線を向ける。

 偶然にも眉間にしわを寄せていた彼に、何故か皆が笑った。








お読みいただきましてありがとうございました!!

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