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19.伝令

  





 レイは指を鳴らし手紙を羽根に戻すと、『形を成せ、我の姿見』と、言葉を発した。

 次の瞬間レイが二人になり、あたしは全く同じ姿の二人を見比べる。



「では行こう」



 声色さえも同じレイの一人が前に出る。

 歩み始めた彼の周りを柔らかな風が舞い、あたしは目を見張った。

 無造作に編み込まれた金色の髪は背中半ばで緩く束ねられ、土で汚れた衣服も一瞬のうちで王様然とした衣装へと替わる。


 振り返るともう一人のレイがコクリと頷き、あたし達を見送ってくれる。なんとなく、彼が本物のような気がしたけれど、あたしは前を歩くレイの後を追った。


 すれ違う人々が道を開け、その頭を垂れる。

 まるで自分が(かしず)かれているような感覚に陥りながらも、あたしは遅れないよう早足でレイについて行く。


 レイが部屋の前で足を止めた。

 彼が「一緒に」と言ってくれたので、二人で室内へと入る。――部屋には、誰もいなかった。



「……リオは?」

「少し待ってね、ティアナ」



 レイが部屋の奥へと入って行くのでそのままついて行く。

 ひな鳥のように後ろについて来たあたしを彼はクスリと笑い、「ソファーにどうぞ」と言った。



「ここは客間?」

「まあ、そんなことろかな」



 レイが長い袖を払い腰かける。

 豪奢というには実務向きで、かといって簡素かと言われれば首を振る細かな刺繍が施された衣は、ズリエルが着ていたものよりも複雑な色と意匠が組み合わさり、厳かな雰囲気を漂わせる。

 今まで庭仕事の姿しか見ていなかったあたしは、改めてレイが王様なのだと実感し――。途端、緊張する。


 現金すぎると思いながらも、逸る鼓動は止められない。

 在所なさげに辺りを見回せば、内装が自分に与えられた部屋に近い事に気がつく。もう一カ月以上は暮らしている部屋。それなのに落ち着かないのは、やっぱりレイのせいだろう。


 あたしは一般人と王様が同じ部屋に存在しているという違和感に耐えながら、この部屋で唯一動きのある壁掛け時計を凝視する。――針の進みは亀の如く、遅かった。いっそ指でくるくる回してしまおうか。


 扉がノックされた。

 遂に来たと満面の笑みを浮かべると、レイは苦笑しながら入室を許可する。



「――失礼します」



 聞こえた声に、表情が固まる。



「良く来た。エリオットの伝令」

「はっ。お初にお目に掛ります」



 入室後、すぐに膝を折り、頭を垂れた黒髪に目を瞬く。

 エリオットじゃない。だけど、この声は。



「……シュート?」



 思わずといった風に顔を上げたシュートは、レイの姿を認め慌てて頭を下げる。



「失礼致しました!!」

「よい。面を上げよ」



 レイは恐る恐る顔を上げるシュートに微笑みかけ、あたしの正面のソファーへと促した。

 シュートはというと、席を許されると思っていなかったのか驚いたように目を瞬き、次は困ったようにあたしを見た。どうやら彼もこういった場に不慣れであるらしい。


 仲間を見つけたあたしは当然ニッコリ笑って頷く。

 強張った表情のシュートは恨めしそうな視線を寄越したが、大人しくソファーに腰掛けた。



「伝令よ。今一度状況の説明を」



 レイの一声で報告が始まる。



◆◇◆◇



 エリオットが倒れた――。

 そう聞いた瞬間、立ち上がったあたしをレイは手で制し止めた。


 促されたシュートが順を追って話しだす。

 早朝、物音で目が覚めたシュート。外を見ると壁に凭れかかるような形で座り込んでいたエリオットを発見。すぐに自宅へと招き入れたそうだ。



「エリオットはかなり憔悴(しょうすい)していました」



 座り込んだまま、自分で立つ事はおろか、顔を上げる事も出来ないぐらいだったらしい。それは生命のマナも消耗しているように見えたと。


 「あまりに無謀なマナの使い方に、文句を言って……ではなく、注意をしました」とシュートは続ける。だけどエリオットはこの状態に陥った理由を一切話さず、それどころか「王に所在の連絡を」とそれだけを言い残し、意識を失ってしまったとの事。これが状況の全て。


 あたしは膝の上で拳を握りしめる。早く、エリオットの元へ飛んでゆきたかった。



「……我が王、発言をお許しください」

「許す」



 シュートは一度目を閉じ、大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出す。そしてゴクリと喉を鳴らした 後、強い意思を感じる瞳でレイを見た。



「エリオットのマナは枯渇状態です。いくら『王の隼』と誉れを頂いていても、あまりに過酷な任務を彼一人に任せるのはおやめ下さい」



 ファーブルにおいて、魔法を紡ぐ為のマナが枯渇している状況はあり得ないらしい。

 それが再会した二度ともとなれば、シュートも何か言わずにはいられなかったと言う。

 あたしはシュートの優しさに嬉しくなったのと同時に、彼の認識に驚いた。



「リオはずっと魔法を使いにくそうにしていたよ?」



 アコットで出会った時、魔法を使った後から。彼はずっと思うように魔法が使えなかった。

 それはファーブルに戻ってからも同じで、魔法が自由に使えたらというような事を話していたのを覚えている。



「つまり、ずっと回復と枯渇を繰り返していた?」

「回復はわからないけど、他所のマナを使っていたみたいだよ?」

「他所のマナ??」



 なんだそりゃと、言いたげなシュートにあたしは説明に困る。

 自分の物以外という意味では、他所のマナ以外に伝え方を思いつかない。



「……精霊の愛し子、か」



 レイがぽつりと呟いた言葉に、あたしとシュートは顔を見合わせる。

 それに気が付いた彼は、「マナの扱い方が一般と異なる者をそう呼んでいる」と、付け加えた。



「精霊の愛し子は他に存在するマナを自由に扱える。たとえ自身のマナがゼロであっても、扱いが難しくなるだけで基本的には魔法が使えるんだ」



 シュートは驚き目を見張ったが、すぐに「そんな使い方が出来るのに、どうして自身のマナが枯渇しているんですか?」と、言葉を返してきた。



「城へと帰還した時に報告は受けていたが、まさか今も枯渇状態だとは思わなかった」

「では王は知らずにエリオットを過酷な任務に?」

「たしかに調べ物はしているが、普段の事を思えば過酷という表現は全く当てはまらない」



 シュートが考え込むように顎に手を当てる。



「ティアナ、エリオットはあんたの前でよく魔法を使っていた?」

「ううん。ほとんど使ってなかったよ」

「あいつと居た時間は?」

「日中はいつも一緒だったよ。街を案内してもらっていたし」



 再び、シュートが考え込んだ。

 しばらくの間、目を閉じて頭の中を整理するかのように黙っていたが、「……ひょっとして、本当に? だけど信じられねぇな……」と、ひとり言のように呟いた。


 思い当たる事があるような言い回しに、レイが「申してみよ」と促す。

 シュートが困ったように頭を掻き、苦々しい表情を浮かべたまま「うちのババ……じゃなくて、祖母が言っていた話なんですが」と、切り出した。



「まず確認ですが、我が王は、エリオットに魔法がかかっている事はご存知ですよね?」

「ああ」

「で、それは一種類だと思っていらっしゃる?」

「そうだな。差し当たってあまり影響がなく、懐かしいだけなのであまり問題視していないが……」



 返答をしていたレイが止まる。

 まさか、という顔つきでシュートを見た。



「……そうです。アイツには複数の魔法が複雑に掛けられている可能性があります」



 シュートはレイの表情を伺いつつ、「あくまでも可能性の話ですが……」と、念押しをした。

 彼自身も半信半疑のようで、言葉にキレがない。信じられない、というよりも、ありえないという気持ちの方が大きいように見える。


 それはレイも同じだったようで、彼も予期せぬ解答に驚いているように見えた。



「……もし仮に、エリオットに魔法が複数かけられているとして、そなたの祖母はなんと?」

「申し訳ありません。祖母にエリオットを任せてすぐにこちらへと向かいましたので、詳しくは……」

「そうか。ならば一度、そちらへと向かおう」



 レイはすぐに席を立ち、こちらへと歩いてくる。

 茫然としていたシュートがハッと我に返り、「いえ、うちのババ……じゃなくて、祖母を連れてまいりますので」と慌てたが、レイはそれをニッコリ笑って無視をする。



「そなた、名を聞かせてもらえるか」

「はっ! 失礼致しました。私はシュート=クラフと申します」

「祖母は?」

「メリルです」



 レイは納得したように頷き、「ラングーナの魔女か」と呟く。逆にシュートは驚いたように目を瞬いた。



「……祖母を、ご存じで?」

「ああ。エリオットにマナの使い方を教えてくれたのだろう?」

「ええ、まあ……」

「もちろん、会った事もある」



 井戸でな。と、続いた言葉に、ひくり、とシュートの頬が引きつる。


 立ち場以上に反論の余地を失った彼は何も言えない。

 そこに畳み掛けるように「出発は二時間後、よいな」と言葉を残し、レイは部屋を出る。


 頭を抱えているシュートと、目尻に沢山のシワを寄せ笑うお婆さんの姿が見えた気がして。あたしは彼からそっと視線を外した。








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