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18.アリス

 





 『アリス=ティア=ファーブル。

 ウェイン=レイ=ファーブルとアリーシャ=リオ=ファーブルの一人娘』


 マティアスの自宅で見た、本の一文。

 たった今、ズリエルから聞かされたアリスの正体。

 千切れていた糸が出会い、結びつき、掴みどころの無かった彼女の人物像が浮かび上がってくる。


 『アリス』の似顔絵。金髪碧眼の、お嬢様。花の髪飾りをつけ、ドレスを纏った女性。

 『アリス』は、レイとアリーシャの娘。第一王女様。行方不明。――行方、不明?


 ズリエルの言葉を正しく理解し、その意味に息を呑んだ。


 彼の話によればアリスは置き手紙を残して姿を消した。

 (いわ)く、『お父様の憂いを晴らしてあげるわ』と。アリーシャに似て行動的だった彼女は、ちょくちょくと城を空ける事があったので、その当時はあまり問題にならなかったらしい。


 しかし、城を空けるといってもいつもは数日の事。彼女が姿を消して十日目には遅すぎやしないかという話になり、ごく僅かな人数で捜索が始まる。


 捜索は秘密裏に、マナの痕跡を追うというものだった。

 以前、エリオットがガーディーの目撃情報を聞き、その後で痕跡を追うという話をしていた事を思い出す。

 ただ、彼のように目撃情報を集める訳にもいかず、とても地味で時間のかかる作業だったらしい。


 そうして集められた情報にはアリスの痕跡はなく、そして問題になったのが、その当時彼女についていた騎士見習いの痕跡も追えなくなったという事。つまり、二人してマナの痕跡を隠蔽(いんぺい)している可能性があるという予測。



「他所から見たら醜聞でしょう? だから未だ公表されていません」



 アリスは現在療養中。王妃であるアリーシャが若くして亡くなっているのは周知の事だったので、誰もそれ以上込み入った話をしないそうだ。


 「だけどこの醜聞と思われる内容も、本当の意味では真実ではありません」と、ズリエルは続ける。

 一緒に姿を消したとされる騎士見習いは当時八歳になったばかりの子供で、世の中が想像するような内容で姿を消したわけではないと断言できるそうだ。



「――アリス様はその時十九歳。王がご健在である事を良い事に、自由に生きていらっしゃったのです」



 結婚は喜ばれこそすれど、反対される理由はない。城を出ていく意味がないのだと。

 そして彼女が残した手紙。表も裏もない素直な王女様が『お父様の憂いを晴らしてあげるわ』というのだから、本当にその為だけに城を出たのだろうと。しかし、それがどんな方法かは分からないのだと言う。



「この話を知っているのは、王と私。そして王の隼、エリオット=マーカムだけです」




 少し話し込みすぎましたかね、と、ズリエルは窓の外に目を向ける。

 外は変わらずぼんやりとした明るさ。どうやら雨は上がっているようだけど、今朝方見た薄い雲は健在のようで、太陽の位置は良くわらかなかった。


 ――今何時だろう?


 時間を意識した途端、「くう」とお腹がなった。


 ズリエルがクスリと笑い、「昼食もご一緒させて下さい」と言ってくれて。

 あたしは小さく笑って、恥ずかしさを隠して頷いたのだった。



◆◇◆



 昼食を一緒にとり、また話を続ける。

 あたしはレイやアリーシャ、アリスの話を聞いたし、ズリエルはアコットやあたしの両親、リアムやマリカの話を聞いた。歳が親子以上離れているのに、なんだかすごく話し易かった。きっとズリエルが聞き上手、話上手だからかなって思いながらも、歳の離れた家族――たとえば、お爺様がいたらこんな感じなのかなぁって思ったりもしていた。



「アリスは昔、『お父様と同じが良い!!』と言って、髪を切ってしまった事があってね」

「王女さまなのに!?」

「そう。黙っていれば金髪碧眼の美しい娘なのに、やることなす事アリーシャに似ていて、私は腹を抱えて笑ってしまったよ」



 「くくくっ」と思い出し笑いをするズリエルに、先をせがむあたし。

 ちんちくりんになった頭を一番に見たズリエルは必死に笑いをこらえながらも、本人の望むまま、レイと同じ髪型にしてあげたそうだ。



「あの時のウェインの顔ときたら見物だったな」



 最早「我が王」とも言わない気安さが、仲の良さを感じさせる。


 そんなこんなで、ズリエルが公務で席を離れる時まで沢山話をした。

 楽しい時間はあっという間で、なんだかお留守番で不貞腐れていたのが嘘みたいな一日だった。




 翌日。あたしはエリオットの部屋へと向かった。

 まだちょっと顔を見るのは恥ずかしいけれど、そんな事は悟らせてあげないとニッコリ笑って部屋をノックする。


 コンコンコン。


 いつもならすぐある返事が今日はない。

 おかしいなと思って、もう一度ノックする。



「リーオー?」



 つい自分の家みたいに声を出し、慌てて口元を押さえる。


 ここはお城、お城。

 滞在期間が長くなってきて、完全に気が緩んでしまっている。気をつけなくちゃ。


 エリオットは出て来なかった。



「レイさんのところ、かな?」



 あたしはその足で庭に向かった。

 庭の入口は覚えている。居間の一番大きな窓が四枚ぐらい並んでいたその場所は、白い壁ばかりの城内ではとても目立っていたのに、傍を通る人は誰も意識を向けなかった。


 答えは見慣れた景色だから。という理由なのだけど、意味としてはあたしが思っていたのとは違っていて、どうやら彼らにはそこが『白い壁』に見えているらしい。以前エリオットが言っていた、識別魔法陣の一種なのだそうだ。

 レイが手入れしている庭はとっても綺麗なのに、なんだかすごく勿体ない気がする。


 あたしは人がいなくなるのを待って、庭を覗き込んだ。

 中にはやっぱりレイがいた。


 初めて会った時と同じように金色の美しい髪を無造作に編み込み、捲った袖で額を拭う。

 少し日に焼けた手にはスコップが握られており、傍には丁寧に取り除かれたらしい素朴な草花が置かれている。今日は雨上がりの翌日だから土も柔らかく、絶好のお手入れ日和なのだろう。早い時間にも関わらず白いグローブがすでに茶色くなっていた。



「おはようございますー!!」



 もう一度周囲を確認した後、一歩だけ中に入り込んで思い切り声を張り上げてみる。

 振り返ったレイが「ん?」という表情をしていたので、ペコリとお辞儀をして見せた。



「ティアナおはよう」

「おはようございます、王様」



 手を止めてこちらへとやって来てくれたレイに、もう一度挨拶する。今日は晴れましたねと、ニッコリ笑って空を指差した。



「……ティアナ、王様じゃなくてレイ」

「え」

「『え』じゃなくて、レイ」



 はい、復唱。と、腰に手を当てて言うレイは少し拗ねている様にも見えて。ズリエルの話を思い出したあたしは、ついおかしくて笑ってしまう。



「どうしたんだい……??」



 疑問符を飛ばすレイに「えへへ」と笑ってごまかし、お言葉に甘えますと伝える。彼は不思議そうにしていたけれど、まあいいかと思ったようで、「中においでよ」とあたしを庭に誘ってくれた。



「今日は何をしてるんですか?」

「んー、草取りだよ」



 雨上がりだしね。と、レイはしゃがんだ先の草を引っこ抜いて見せた。

 綺麗に取れただろうと、自信満々の表情が両親を彷彿させる。二人も良く雨上がりに庭の手入れをしていて、どっちが綺麗に草を抜けたか見せ合いっこしながら笑っていたのを覚えている。


 あたしはレイの隣にしゃがみこんだ。

 懐かしくなって、自分もその中に入りたくなったのだ。


 手伝いを申し出たあたしにレイは笑顔で頷き、手入れを始める。

 抜き去る若い双葉を間違えないようレイに確認を取り、彼を見習って優しく丁寧にその場から取り除く。上手く取れたらレイに見てもらい、笑顔で頷く彼に笑みを返す。



「……こうやって並んで手入れをしていると昔に戻ったみたいだ」



 懐かしんでいたのはあたしだけではなかったみたい。

 こちらを眺めるレイの眼差しには愛しいものを見つめる温かさを感じた。


 ――そして。

 その中にほんの少しだけ、今にも泣いてしまいそうな寂しさが見える。


 アリーシャならきっとレイを抱きしめていただろう。

 話に聞いた彼女なら、悲しい涙を笑い声に変えてくれる――そんな気がしたから。


 せめて楽しい話題をと矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 アコットの話をすれば興味深そうに頷き、エリオットとの暮らしを話せば、くつくつと笑いを堪える。

 あえて言わなかった家族の話をねだられ、両親とリアム、そしてマリカの話をすれば、レイは先程と同じように愛おしいものを見る瞳に、寂しさを隠したまま微笑む。


 自分がアリーシャになれない事は分かっている。

 レイがそれをあたしに望んでいない事も、あたしがそこまで彼を支えられない事も分かっている。

 笑顔の下に本心を隠して、誰にも見られないよう愛の結晶である花を愛でる。庭にやってきた雑草と呼ばれる草花にさえも愛情を注ぎ、迷い込んだあたしにも親切にしてくれた。

 

 優しい、優しいファーブルの王様、レイ。

 

 たった一人で彼女の愛した庭を手入れしながら、彼は何を想っているのだろう?


 胸が、苦しかった。

 どうしようもなく締め付けられる心は、深く息を吐いても緩む事はなくて。柔らかなのに、決してちぎる事の出来ない蔦が絡まっているようだ。


 この想いはレイと同じ――。

 ううん、きっと彼の方がずっとずっと何倍も苦しくて、なのに想いを手放す気はなくて。

 彼女の愛した庭を、生きたこの国を、多大なる愛情を持って庇護している。それはあたしから見たら過剰で、でも彼にしたら当然で。行き場の無い想いの全てがこの国を必要以上に満たしている。


 レイはスコップを置き、グローブを外して立ち上がった。



「そういえばティアナ。わたしに何か用事があったんじゃないのかい?」



 ズボンの膝頭についた土を払いながら、レイはあたしの顔を覗き込んだ。

 その瞳にはもう寂しさは浮かんでいなくて、彼の取り繕う嘘に悲しくなる。

 あたしはその変化に気付かないフリをした。



「用事というか、リオが来てるかなって思って」

「……エリオット、いないのかい?」

「はい。昨日の朝、置き手紙をもらったきり姿を見ていなくて……」

「…………」



 レイは黙ったまま体を起こすと眉間をぐりぐりと押さえ込んだ。

 膝頭を払った手で行ったので端正な顔に土が付いた。



「わっ、つちつち!」



 慌てるあたしを他所に、レイは「アイツ……」とぼそり呟く。そうして頭が痛いとばかりに手の甲で眉間を押し上げ、困ったように(まなじり)を下げる。



「わたしのせいだな……」

「?」

「分かっていたはずなのに、余計な事を言った」



 何を? と、首を傾げるあたしにレイは首を振る。詳細を教えてくれるつもりはないらしい。

 もちろん話せない内容がある事は分かっているつもりだし、この国に置いてあたしはあくまでも他国の人間。それは変えようのない事実。

 けれどそれとは別に、エリオットの関わっている事なら当然聞きたいに決まっている。



「……あたしはリオの保護者です。思う事があるのなら、是非教えて欲しいです」



 内容の全てを把握したいわけじゃない。エリオットに関わる事だけを教えてくれればそれで良い。

 そう思って口にした言葉にレイは目を瞬いた。



「保護者? ティアナはエリオットを子供みたいに扱うんだな」

「何言っているんですか? 子供じゃないですか」



 「弟と同じぐらいなんですよ」と、言葉を返したあたしに、レイは少し躊躇いがちに続ける。



「……エリオットから聞いてないのかい? 年齢の話」

「聞いてますよ、二十歳だって」



 エリオットは出会った時からそう言っていた。

 彼の落ち着いた言葉使い、対応、そして包容力。

 それらの全ては七、八歳の子供のそれとは違っていて、精神的に彼が大人だという事は察する事が出来る。そのお陰であたしは今、大慌てしなくてすんでいる。


 だけどそれはあくまで大慌てはしないというだけで、心配ないとは違う。



「それは幻術で大人になった時の年齢でしょう?」



 エリオットは精神年齢に見合った姿を作っている。

 たしかに青年の姿であの仕草なら誰も彼を子供だなんて思わない。だからみんな忘れているのだ。彼が本当はまだ小さな子供だという事を。


 固まっていたレイが「いや、あれが本来の姿……」と、困惑した表情を浮かべたが、あたしは首を横に振って答える。

 だっておかしいじゃない。普段のエリオットはずっと子供の姿なのに、幻術の方が本当の姿だなんて。



「ねえ、ティアナ……」



 レイが改めて声を出した時、「ピューィ」と甲高い鳴き声が聞こえた。

 空を見上げると、太陽と澄みきった青空を背に翼を大きく広げた鳥がいて、丁度この庭の上を旋回しているように見える。


 「なんだろう……」と零れた言葉に、レイが「伝令だ」と低い声を出した。

 先程までとは違う声色に、思わずレイを見る。彼は目を細めて鳥を見つめていて、あたしももう一度視線を上に向けた。


 最初は陽の光がごくわずかだけ遮られた。気のせいかなと思っている内に、また何かが光を遮る。直視できない光に手で屋根を作り、よくよくその何かを見つめていると、ゆらりゆらりと上空から何かが落ちてきているのだと分かる。


 羽根だった。

 ほぼ黒に近い、濃い茶色の羽根は揺れながらも迷いなくレイの手に収まる。



『文をわが手に』



 音もなく、羽根が一枚の紙に変わる。

 落ち着いた様子で手紙を見つめるレイ。何が書いてあるのだろうと想像する間もなく、彼の表情が硬くなりギュっと目を閉じた。



「……レイ?」



 不安になって名を呼んだあたしに、彼は深く息をつき、言葉を続けた。


「エリオットの居場所が分かった――」と。








お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)

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