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17.二度ある事は三度ある

 





 しとしとと雨の降る朝。

 いつもなら午前中から街を見に行くのだけど、今日は生憎の天気だった為お休み。

 昨日の事も相まってあたしは部屋に引きこもっていた。


 大の字に寝転がり、逆さに見える窓を見る。

 いっそ目を射す程の陽の光が見えればスッキリするのに、雲に隠れ、ぼやけた明かりしか見せない空と、降り続く雨音はあたしのうじうじを増長させるだけだった。



「魔法は、ずるいと思うの」



 子供で、年下で。

 背もちっちゃくて、手のひらも可愛らしいのに。

 それをも吹き飛ばす包容力は、基本甘えたさんの自分には相性が良すぎてしまって、あたしは姉さんでいられなくなる。


 傍に居るだけで安心できてしまうエリオットの存在。

 昨日みたいに大人の姿で居てくれたら、あたしはきっとすぐに甘えてしまうし、外でも熟睡出来る。自信がある。心の底から彼を信頼していると、自覚している。



「ああ……年上の立ち場が」



 すでにないかもしれない。

 いや、まだ大丈夫? 


 両手で顔を隠してはベッドでごろごろと転げ回る。

 エリオットが来なければいつまでもそうしてしまいそうだ。……て。



「……ダメじゃん」



 むっくりとベッドから起き上がる。

 そうよ。あたしはお姉さん。甘えたさんでもお姉さん。ゴロゴロうじうじしている場合じゃないよ。


 自分自身に言い聞かせ、身支度を整える。

 ぼさぼさになった髪を手櫛で整えてみて、やっぱりだめだと引き出しから櫛を取り出し丁寧に()いてみた。癖のつかない髪質は気に入っているけれど、アレンジしにくい事が難点だよねと思いつつ、姿見で後ろ姿も確認し、「よし」と小さく頷いてみる。


 納得の出来に自信をもって扉へと歩くと、その足元にあった手紙の存在に気が付いた。

 見慣れた筆跡とサイン。考えるまでもない、間違いなくエリオットのものだと分かる。



『急用が出来た。くれぐれも城から出ないように』



 『くれぐれも』という部分が、心なしか筆圧が高い気がする。

 信用の無さの表れ? 不本意過ぎる。



「……たまには連れて行ってくれても良いと思うの」



 三度のお留守番にあたしが不貞腐れたのは言うまでもない。



◆◇◆◇



 あたしは城内を探検する事にした。

 もちろん許可はもらってある。逆にあっさりと出た許可に「ホントに大丈夫?」と、城内の庭に飛ばされた事を思い出しながら聞いたあたしに、エリオットはコクリと頷いていた。


 (いわ)く、大事なところにはマナの識別魔法陣があるから迷い込む事はない。との事。

 ……うん。相変わらず何処も彼処も魔法だなあって思ったけれど、まずは一安心した。


 エリオットの部屋を横切り、続く廊下を歩く。

 調度品と呼ばれる絵や壷を見つけるたびに足を止め、様々な角度から眺める。滅多にない機会だから、じっくりと見てみようと思って。もちろんうっかりでも傷つけないよう、一歩下がった状態で眺めている。


 感想は「すごい」とか「綺麗」とかありきたり過ぎるものばかり。だけど、他にこれらを表現する言葉をあたしはもっていなくて、詩人みたいにつらつらと曖昧()つ凄そうな言葉を、的確に使える自信は微塵にもないのであった。



「すっごいなー……綺麗……」

「――それはヤード地方出身の画家、シュメルの作品ですよ」



 聞こえた声にビックリして振り返る。


 背後には背の高い男性がいた。

 騎士というより文官のような雰囲気を漂わせるその人はあたしと同じ翡翠色の瞳。

 肩まで伸びた鈍い銀色の髪に、面長な顔は日焼け知らず。足元まで伸びる裾の長い衣装は城下の人々とはまた違った格好で、それらの繊細な刺繍を見れば高貴な人だと予想する。当然あたしの知らない人。


 ――ええっと。誰だろう。


 そう思ったのが伝わったようで、男性はニコリと笑って「失礼致しました。私はズリエル=カルディコットと申します」と片手を胸に当てた。


 微笑む眼元にシワが少し寄る。

 小難しそうな印象がフッと消え、親しみが沸いた。



「――本当に、良く似ている」

「え?」

「いいえ。――ところで、王の御客人とお見受けいたしますが」



 お名前を伺っても? と、続いて、あたしは慌てて名乗る。彼、ズリエルがしたのと同じように片手を胸に当てて。



「ティアナ様、ですね」

「さ、様付なんて……」

「王の御客人です、当然ですよティアナ様」



 身が縮こまる思いのあたしに、ズリエルは調度品の解説を買ってでた。怖れ多い。

 けれどズリエルに言わせれば、王の客人を持て成すのは当然だと、そのまま押し切られてしまった。


 最初は緊張しすぎて頭に入ってこなかった解説も、時折ズリエルが振り返って優しげに微笑んでくれるので、この好意を素直に受け取って良いんだと少しずつ強張りが解けてゆく。

 落ち着いて聞く事が出来るようになれば、それは興味深い話も多くなって来て、造詣の深いズリエルからの話は、何も知らずに感心していたあたしにより深い感動を与えてくれた。


 「良かったらこの後お茶でもしませんか」と、気さくに誘われた時には、すでに緊張はどこかへ飛んで行ってしまっていた。



 広く開かれたサロンに場所が用意される。

 たった二人で使うには広すぎる空間に、すでに整えられているテーブルセット。夏には見目も涼しいアクア色の花瓶には、淡いピンク色の花と差し色の瑞々しい緑が良く映えていた。


 給仕係が洗練された動きで紅茶を注ぎ、ズリエルの側仕えがあたしの席も腰かけやすいように引いてくれる。城下を始め、近隣で食事した時にはいなかった『おもてなし』をしてくれる『人』の存在に驚く。あたしはスカートが皺にならない様に手で軽く撫でて、行儀よく座った。


 ズリエルがハンドベルをテーブルの脇に置き、側仕えを下がらせる。



「――驚きましたか?」



 あたしは素直に頷いた。

 こんなにも魔法が溢れているのに、それをお城の人が行使しないなんて不思議だったからだ。

 

 あたしの解答にズリエルはコクリと頷き、「……けれど、ティアナ様にとってはこれが『普通』ですよね」と続けた。


 ギクリ、と身を固くする。

 それは知られても良い話だったかと、頭の中に焦りと疑問が膨れ上がった。


 そんな蛇に睨まれた蛙のようなあたしをズリエルが懐かしそうに目を細めて見ながら、自分の立場を宰相だと明かす。だから貴女の事も、エリオットの事も知っていますよって。



「ついでに言うなら、ティアナ様は私の妹にそっくりです」

「妹さん?」

「そう。アリーシャに」



 アリーシャ。

 それはレイが呟き涙を流した奥様の名前。――つまり。



「レ――じゃなくて、王様の義兄さん!?」

「そういう事になりますね」



 アリーシャ=リオ=ファーブル、私の実の妹です。


 そう続けてニッコリと笑う眼元には歳を重ねた印――シワが寄る。

 レイの、微笑んだ姿が頭を過る。え。待って。だって全然歳が――……



「我が王はあれでいて五十を超えていますよ」



 ……なんて若づくり!!


 正確にあたしの思った事を理解したのかズリエルがクスクスと笑う。

 「我が王は事情があってとても青年期が長いのです」と教えてくれた。



 「私と彼は幼馴染みでしてね」と、いう言葉を切り口にズリエルが話をしてくれる。

 幼馴染みであると同時に、勉学や体術のライバル同士でもあった二人。競うように学んでゆくさまや、二人でこっそりと城を抜け出した事、それが見つかって前王に大目玉をくらった話などなど、自分達と変わらない生活態度に親近感が持てる。それはきっと笑いながら話すズリエルが楽しそうにしているからだ。



「――そうして私達も年頃になり、アリーシャに熱を上げる彼を何度追い返したか……」

「え、追い返したんですか!?」



 思わぬ展開に身を乗り出して喰いつけば、「幼馴染みだとしても、王子と臣下ですから。身分の違いもあるし、年下の小娘に熱を上げる王位継承者は見目も悪いでしょう?」と、ズリエルは続けた。


 あたしは唸る。

 アコットは王制じゃない。その昔、高貴だった人達を「貴族」と呼ぶ事はあるけれど、身分制度は残っていなかった。

 ファーブルでいう貴族院に相当する参謀府は、確かに世襲制に近い状態で重役を独占しているらしいけれど、それらの人達の恋愛が制限されているいう話は聞いた事がない。


 ただ、それとは別に、自分の地位に相応しい人を選ぶ傾向はある。自分の基盤を固める為の政略結婚もそれに当たる。つまり、高貴な人は高貴な人と。そういう話だと言われれば一応理解はできる。


 「身分社会は常に排他的ですからね」と、ズリエルが苦笑する。



「まあそういった事情で、殆どの貴族は猛反対でした。当然です。……ただ、身内からすれば、それ以前の問題だったのですけどね」

「『それ以前の問題』??」

「そう。我が妹は大層お転婆で……手がつけられなかったんです」



 木登りは男女合わせても一番上手で、何かあるとすぐに首を突っ込み、相手が自分より大きくても堂々としていて、女の子なのに服だって平気で破って帰ってくることもしばしば――……。それは探検と称した、狩りに行った日の事だったそうだ。



「アリーシャ様って、儚いイメージだったんですけど……」

「むしろ逆です。あれは山猿といっても過言じゃない」



 「全く……」と呆れるように息をついたズリエルが懐かしむように目を細めた。

 幸せだったと物語るその瞳。そして、その中に広がる悲しみ。それはレイの見せた瞳に似ていて、彼がどれだけアリーシャを愛していたのかが分かる。

 大事な家族だったのだ。その気持ちはあたしにも良く分かった。



「リアム……」



 思わず呟いたあたしに、「御家族ですか」とズリエルが問うてくる。あたしは頷き、弟だと伝えた。



「弟は今、眠っているんです。エリオットが言うには運動機能を司るマナが減っているからだそうです」

「マナを組み替えて注いでやればいいのでは?」

「アコットにはそのマナがなくって。後はあたしのマナを組み替えれば良いそうなんですが、今はその方法を学んでいるところです」



 「なるほど」と、ズリエルは頷く。



「早くマナの扱いを覚えて、アコットに帰らなくっちゃって思ってるんです」



 本当は一刻も早く戻るべきなのだろう。

 リアムの為にも、マリカの為にも。そして協力をしてもいいって思った人達の為にも。

 少なくともアコットの人達はすぐに戻る事を望むだろう。彼らの強い言葉は焦りの象徴なのだから。だけど。



「あたし、リオの事も心配で」

「エリオット=マーカムを心配?」

「――はい。あたしは彼を家族と同じように思っています」



 最初の印象は、可愛いのに老成しているちょっと生意気な男の子。

 一緒に過ごして、さり気ない優しさが温かくて。大人びている部分が頼りになって。

 彼の事が理解できる度に愛しさは増えてゆき、いなくなってしまった時は本当に悲しくて、会えたらもう離れたくないって思ってしまった。


 リアムもマリカもまだ眠って間もないから、すぐにどうという事はない。

 だからあたしはエリオットの手伝いを望みたい。傍に居て役立つかは分からないけれど、支えになりたいと願う気持ちは本当だから。

 

 それにあたしは――……今度こそ、彼を守るのだと決めている。



「大人に混じって、小さいのにあんなに頑張って」

「小さい? 見目の話かい?」

「そうですよ! ファーブルは実力主義かもしれないけど、リオはちっちゃいのに頑張ってます!! 大体、まだ「アリス」も――……」



 慌てて口を押さえた。同時にズリエルの瞳があたしを射ぬく。

 まるでこちらの意図を探ろうとするような強い眼光に、失言、という文字が頭を過る。

 どうしよう。「アリス」の話はして良いのか分からない。


 そんなあたしの動作にフッと表情を弱めたズリエルは、「アリス。正式な名前は、アリス=ティア=ファーブル。――我が王、ウェイン=レイ=ファーブルとアリーシャの娘です」と言い出した。


 えっ、と声が漏れる。

 レイとアリーシャの娘。つまり、アリスは。



「――第一王女です。そして、十九年前から行方不明になっています」








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