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15.真綿に包まれて

 





 ポロリと最後の壁が崩れ落ちる。


 見失っていた。

 油断していた。

 不意打ち。


 積み上げた意地も、矜持も、良く見せたいという虚勢も。全部丸ごと気持ちの濁流に押し流される。



「……ずるい、よ」

「ティア?」

「ずるいずるいずるい!!」



 嫌われたくない。

 ずっと傍に居て欲しいから隠していたいのに。



「だって、そうやって見た目まで大人のフリ……」



 彼の手は優しく、あたしの心を撫でる。

 労わるように。落ち着かせるように。

 怯える小動物をあやすかのように、根気良く丁寧に。


 「フリじゃない」と、不貞腐れるエリオット。

 不満げに言い切った言葉は突き放すような強い響きを持っていたのに、それでも彼から伝わる温かさは本物で。安心してと、直接心に響く。



「だって、だって……」



 本当は理解してほしくて。

 いいんだよと、言って欲しくて。

 優しくない、冷たい自分も、全て受け入れてくれたらと心の奥底では願っていた。


 だけどエリオットは子供で。

 いくら大人びていると言っても、こんな話を分かってもらえるか分からなくて。

 軽蔑されるのは絶対嫌だし、何とも言えない、困った顔だって見たくはなかった。


 なのに。



「ずるい、よぉ……」



 あたしは彼のシャツを握りしめる。


 本当は子供だって分かっている。

 魔法で、姿を変えているのだと分かっている。

 中身は……大人びた、エリオットだと分かっている。


 それでもこんな風に抱きしめられてしまったら。

 話していいよと微笑みかけられてしまったら。


 あたしは、甘えてしまう。

 ダメだって分かっているのに、甘えてしまう。


 強がって、お姉さんぶっても。根本的にあたしはあたしで。

 甘えん坊と言われた心根は変わらない。



「ティア、話してごらん」



 受け入れてもらえる。

 胸に響く声色は、自分を包んでくれる真綿のようで。

 もう、子供の声には聞こえない。


 心の壁が全て取り払われてしまった今。あたしの思いは外へと零れ出す。


 リアムを守れなかった日の事。

 彼が眠った後に起こった事。


 傷ついて、恐れて。そして自分の心に問うて。

 彼らに協力しようと思えなかった冷たい自分を見つけた事。

 そして時が経った今も、気持ちが変わっていない事を。


 ――嫌われたらどうしよう。


 少しだけ過る思い。不安になってエリオットを見上げる。


 彼は厳しい表情をしていた。

 眉を寄せ、細めた視線の先は斜め下。鋭く、視線だけで人の動きを止められそうな琥珀色の瞳は不快感と苛立ちがにじみ出ていた。


 ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。

 嫌われた? 軽蔑された? やっぱり言うべきでは――……



「『無きを剣に変える』……か」



 ポツリと落とされた言葉が理解できなかった。

 それがエリオットに伝わったのだろう。彼は少し表情を緩め「要するに、自分では出来ないからやってくれって事」と言い、「(したた)かだな」と言葉を締める。


 『自分で出来ないから、やってくれ』?

 それって……



「……おかしい、のかな?」

「おかしいっていうか、俺自身は好きな手段ではないな」



 出来ない事を他者に頼む。それ自体が悪いわけではない。

 しかし、出来ない事を理由に出来る者が行うのが当然という態度は、その行い自体が立派な武器――つまり、剣であると言いたいらしい。



「人に手を貸すって事は美しい事だが、それは強制される事ではないだろう?」



 目の前が明るくなった気がした。


 あたしは彼らの望む事をすんなり受け入れられない事が嫌だった。

 自分は冷徹な人間なんだと思い知るのが辛くて、なるべく彼らから遠ざかって、何でもないフリをして。

 がんばれば出来るかもしれない事からも逃げ出して、それじゃあダメだと気がついても、あたしの心は重荷を背負ったままだった。――いや、むしろ重荷の存在を強く感じるようになった。


 『当然』という言葉がいつしか『義務』に聞こえて。

 出来るなら、協力してあげるべきと理解しながらも、心が拒否している自分に気が付き、目を逸らした。



「あたしは……リアムより研究を選ぶのが当然だと言われた事が分からなかったの」



 零れるように言葉が落ちる。



「だって大事な弟だもん。傍に居たかった」


「今も根底は変わらない。あたしの望む事を無視して自分達の望みを押し付ける彼らに、協力したいって思えなかったんだ」



 あたし、冷たいよね。

 否定してほしくて確認するずるいあたしに、エリオットは真剣な眼差しのまま言葉を紡ぐ。



「ティアは聖人ではないし、ましてや神や精霊でもない。意に沿わぬ望みを叶えてやる義理もない」



 ――ああ。

 清々しいほどに、エリオットはあたしの味方だ。


 あたしはティアナ=ウォーグライト。十七歳。年の離れた大切な弟がいて、親友はマリカ。

 貴重と呼ばれるヴァリュアブルだけど、崇高な考えは持っていないし、成績も中の中。

 得意なのはお料理だけど、でも、一人だとさぼりがち。

 どこにでもいる、普通の女の子。



「――内心は嫌で嫌で仕方がなくても、協力してあげた方がいいのかなって思った時もあった」

「自分の望みを失ってまで、他者を優先する必要はないと思うけどな」



 「俺はそう考える」とエリオットは続ける。

 自分の考えをハッキリと示すエリオットの発言は、自分をしっかり持っている彼らしい。


 考え方は色々あるだろう。

 今でこそすんなりと受け入れられるそれは、拒否反応と言っても良いほど彼らを拒んでいたあたしの中にもストンと収まりよく馴染む。心に、余裕が生まれる。


 ――なんで彼らがそう望むのかを、思いやる事が出来る。



「……大事な人を守りたかったから、あたしに願ったんだよね」

「例えそうだとしても。ティアの願いが無視されるのはおかしい」

「余裕がなかったんだと思う。……あたしと同じように」



 刻一刻と迫る別れの時間。どうする事も出来ない無力な自分。

 眠りについた家族を送った事のあるあたしはその気持ちを理解できる。余裕があると思う方がおかしい。



「あたし、ファーブルで覚えた事をきっと役に立てて見せる」

「一人で背負い過ぎてないか」

「だって、ファーブルに居るのはあたしだけだもん」

「……ティアは本当に余計な事に首を突っ込む」



 そんな事無いよと、頬を膨らませてエリオットを見ると、彼は「余裕が無くても突っ込むんだから間違いない」と言い切る。あれ、ここは褒められるところじゃない? なんで溜息なの??



「と、とにかく。許せる限り協力はしようと思う!!」

「ティアがそう決めたならいいんじゃないか?」



 全く……と、いう表情のエリオットが不本意すぎるけど、あたしは力強く頷く。



「うん!! でもその前に、欲しいモノにはまず自分で手を伸ばしてもらわないとね!!」

「――ああ。本当に望むモノを選び取れるのは己の手だけ。なのに自分が動かないで――……」



 突然言葉が切れた。

 何かあったのかとエリオットの様子を窺えば、彼はハッと息を呑んだように固まっていた。

 瞳が大きく見開かれ、あたしの背に回されていた手が硬くなる。


 ドクドクドクッ。

 胸に耳を当てている訳でもないのに、彼の心臓の音が聞こえた気がして。あたしはエリオットの名を呼んだ。


 ビクリと彼が震える。

 怯えるような反応。在りどころが分からなくなって、不安な色が瞳に混じった気がした。



「……リオ?」



 もう一度名を呼んだあたしを、エリオットはギュっと抱きしめる。

 肩口に額を乗せ、彼は暫し動きを止めた。


 あたしには何が何だか分からなかった。








いつもありがとうございます!(*^_^*)

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