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4.学園

  





「……エリオット=マーカムです」

「はい! エリオット君ですね! よろしくお願いしま~す!」



 学園の、とある教室にて。

 エリオットは転校生の如く、着席する子供達の前に立っている。

 

 その表情は引き()る頬を何とか笑っているように見せかけ、瞳の奥では教室の一番後ろに立つあたしを恨めしそうに睨みつけていた。



 ――事の発端は些細な事だった。


 エリオットの手伝いを申し出て、代わりにあたしを守ってもらう約束をした後。

 色々知りたいから教えてくれという彼に、上機嫌で了承したあたしは、この安易な返事をすぐに後悔する羽目となる。



『参謀府とは、何をしている機関の事だ?』

『そこに物質があるにも拘らず、何故魔法が使えない?』

『あの黒服……手練(てだれ)とみた。何処の部隊に所属している?』



 疲れ果てて学園から帰って来るあたしを、質問攻めにしてくるエリオット。

 しかもその内容は想像以上に小難しく、教科書を引っ張り出さねばならない事が多かった。

 己の不勉強のせい。という事実には蓋をする。

 

 悪戦苦闘しながらも、なんとか答える日々。

 そんな生活が二日、三日……そして、一週間と続き。

 あたしは教科書を投げ捨てた。



『参謀府は、あーだ、こーだと話し合いをして色々決めてくれている機関よ』

『物があるのに魔法が使えない? それとこれって話が繋がるの?』

『黒服って……ああ、警邏(けいら)隊員さんは住人の安全を守ってくれる人で……所属は政府じゃないの? え? それは統治機関だから部隊を管轄しているとこは違う??』



 あたしの回答にエリオットはこれ見よがしに溜息をつき、首を振る。

 バカにされた。と、明らかに分かる仕草だった。



『どうして、なんでって!! 毎日毎日そんな事言われたって、分かんないわよ!』

『ふん! 年長者ぶってるくせに、そんな事も知らないのか!!』



 この一言でキレた。


 その生意気な口、両手で引っ張ってやる!


 伸びるプニプニほっぺを想像し、あたしが手を伸ばすと、エリオットは何かを察したのかその場から飛び退く。その俊敏さといったら。あたしが追いかけ回せば、部屋の中が散乱するのは目に浮かぶようだった。


 もちろん、このまま引き下がるあたしではない。

 だが、悲しいかな。この憎らしい口を黙らせるだけの知識は、一朝一夕では手に入らないと気付いていて。

 だからあたしは「もっといろんな事を知っている人を教えてあげる」と言って、エリオットを学園の体験入学につれてきた。その際、「あたしの従弟ってことで登録するから、年齢相応の態度を取る事」と、老成しきった彼への意趣返しも込める。


 これで学園にいる間は、あの小生意気な態度をとることも無いだろう。

 あたしは一人ほくそ笑んだ。



「――じゃあエリオット君、これから一週間、ゆっくりと学園を見て行ってね」

「はい……ありがとうございます」

「まあ! 丁寧なあいさつね!! 緊張しているのかな?」



 教室がドッと沸く。


「エリオットー仲良くしようなー!」「照れてるの可愛い!!」「どこかのお坊ちゃんなのー?」


 同年代に浴びせられる言葉に、エリオットが曖昧に微笑む。

 その笑顔に無邪気さはないが、冷たく切り捨てるようなそぶりもないので、あたしは一安心する。



「――では、ヴォーグライトさん、また夕方に迎えをお願いしますね」

「はい。よろしくお願いします、先生」



 あたしはニッコリ微笑み、初等部の教室を後にした。



◇◆◇◆◇◆



「……ティアナ、お前どういうつもりだ」

「んー? 何の事?」

「しらばっくれるな!! 俺をあんなとこに放り込みやがって!!」



 帰宅して開口一番。

 エリオットはあたしを見上げるようにして睨みつけた。


 今日一日、同年代の子供達と接して。

 今までとは違う環境に戸惑いこそすれど、きっと楽しい一日を送れたと思っていたあたしは小首を傾げた。



「あんなとこって。楽しかったでしょ? 学園?」

「バカ言え!! 子供のおもりなど、楽しいわけあるか!!」



 自分も子供じゃない。と、返せば話が進まなくなるので、「おもりじゃなくて、みんなと遊んだんでしょ?」と、ニヤリと笑って見せる。



「遊んだんじゃなくて、遊ばれた……って、そうじゃなくって!!」

「よかったね、仲良くなれて」

「良くない!!」



 不貞腐れて居間にそのまま座ろうとするエリオットに「手洗いとうがいして、部屋着に着替えてよ~」と声をかければ、彼は舌打ちしながらも洗面場へと消えてゆく。


 普段、憎まれ口ばかり叩くエリオットではあるが、一応、居候という概念はあるらしい。



 エリオットが玄関前に現れて一週間。

 彼が約束を果たすまで帰らないというので、あたしはこの家に居て良いと提案した。

 最初は戸惑っていた彼だが、一週間も経てばもう慣れたもので。ずっと暮らしているかのように馴染んでいる。


 この提案をそのままマリカに伝えたら「また余計な事に首を突っ込んで……」と、言われるのが目に見えていて。更に色々突っ込まれてしまうだろうから今は内緒だ。


 ――ふと。何でここまで親切にしているのだろうと、考える事がある。

 そして仮に聞かれる事があれば、『小さい子が真剣に約束を守ろうとしているから』と答えるだろう。誰もが納得する、完全な模範解答。


 ただそれは建前で。

 本音を言えば、それはやっぱり。自分に、弟がいるからだと気付いている。



「ティアナ、飯だ。腹減った」

「はいはい。今日はエリオットの好きなハンバーグよ」

「……っ!! 誰が、好きだなんて!!」



 顔をほんのり赤く染め、そっぽを向くエリオット。

 不貞腐れた表情に「嫌いなの?」と尋ねれば、「……嫌いじゃ、ない」と少し恥ずかしそうに(つぶや)く。


 ふふん。やっぱり。

 子供の好物はハンバーグとカレーって相場が決まってるのよ。


 あたしは勝ち誇った笑みを浮かべ、不機嫌面のエリオットを見やる。

 彼の胸元の『クマさん』は、満面の笑みで勝利を祝福してくれた。



「……手伝う事は?」

「んー? そうねー……」



 考えながら、玉ねぎやひき肉を冷蔵庫から取り出す。

 出来合い物じゃなくて、一から作るのは久しぶりだった。


 エリオットに包丁を使わせるのは心配だったので、混ぜる工程を頼む事にする。

 ただそれだと材料を切り終えるまで手空きになってしまうから、あたしは自室からペンと紙を持ってきた。



「これを半分に折って……で、ここに絵を描いて」

「はあ? これが夕飯と何の関係が?」



 (しおり)程の紙を折りながら説明するあたしに、エリオットは首を傾げる。



「重大任務よ、エリオット。コレ(・・)の出来栄えによって、夕食の味が変わるんだから!」



 自信満々に言い放つあたしに、「……新種の魔法か?」とブツブツ言いながらも、エリオットは素直にペンを握る。一生懸命工作をする彼の姿はあたしの心を和ませた。



 ――後に、半分に折った紙の間にのりをつけたつまようじを差し、完成したミニオムライスに立ててやれば、エリオットは驚愕の表情で自分の作った旗を見つめる。



「これがないと、お子様ハンバーグは完成しないのよね~」

「何をやらせるんだティアナ!!」



 柔らかそうなほっぺを赤くして怒る様は、もうおなじみで。

 あたしは満面の笑みを浮かべて、エリオットの頭を撫でまわす。



「お、おい! やめろ!!」



 頭を振って逃げるエリオット。

 可愛い。弟もこんな時期があったよねと、懐かしくなった。



「――さ、ご飯食べよ?」



 あたしが手を離すと、エリオットの髪の向きがおかしな事になっていて。

 当の本人は「納得いかない……!」と憤慨(ふんがい)しているのに、ぴよぴよ揺れる髪が小鳥の冠羽みたいに愛嬌をふりまいて、彼の怒りを台無しにする。



「エリオットって、可愛いよね」

「なっ!? ふ、ふざけるな!! 俺は……!」



 やっぱり、いいな。

 毎日は一人より、二人の方が絶対に良い。


 眼元が柔らかくなって行くのを感じながら、またも怒り出したエリオットを見つめる。

 そんな彼をおかずに、あたしはハンバーグをペロリと平らげるのであった。







お読みいただきましてありがとうございました!!

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