11.満たされている世界
いろんな街を見て回った。
初めて訪れる街も、最初は慌しく通り過ぎただけの街も。
手を伸ばせば触れられる位置から、暮らしの息吹を聞きながら。
「ええっと……参謀府が貴族院で、警邏隊は騎士隊。学園の代わりは……」
「王祭院だ」
「そう! 王祭院」
ファーブルという国があたしの中でハッキリとした現実の物として築き上げられてゆく。
空を飛ぶ郵便屋さん。
謳いながらその場景を目で見せる吟遊詩人。
初めて会った獣人は猫耳が可愛い女の子。
人々の暮らしはアコットとあまり変わらない。
屋根がある家に住み、友と遊び、王祭院で学ぶ。
門戸の狭い騎士は子供達の憧れ。――アコットでも、ヴァリュアブルじゃないと所属が難しい政府職は憧れる人が多かった。
聞き覚えのない名称も名前が違うだけで、主たる目的は同じ。アコットに来たエリオットがすぐ言葉の意味を聞きたがった理由が今はっきりと分かった。
彼はあたしを案内しつつ、ガーディーの行方を調べている。
街に貢献している魔具師を子供が探す事自体には何の問題もないし、余計な憶測も出ないから都合が良いとの事。
でもそれじゃあ重要な情報は得られないんじゃない? と、返したあたしに、目撃情報さえあればマナの痕跡を追えるからいいと、言い切った。
なるほど。魔法であちこちに移動されたらちっとも捕まえられないと思っていたけれど、魔法にも足跡のような物が残るのだと感心する。
本当に世の中は知らない事だらけ。
だけど裏を返せばそれは知る楽しみが沢山残っているという事。
街の散策は楽しい。
あたしはお花畑に居る心地で世界を見ていた。
◇◆◇◆◇
今日も存分に街を散策した後、休憩で向かったのはオープンカフェ。
パラソルの下にある席へと向かえばイスがすぅっと引き下げられ、腰かけるタイミングで戻ってくる。
テーブルにはすでにメニューが広げられており、ずらりと並んだ飲み物の名前とイラスト付きの軽食が目に飛び込んできた。
無人のトレイがお冷を乗せてやって来て、ふわりと浮いたグラスを受け取る。
キンと冷えた、夏には嬉しいお出迎え。
正面に腰かけたエリオットも同じようにグラスを掴んだ。
「何にする?」
問われメニューに視線を落とせば、いくつかの商品を記した文字が立体的に浮き出ており、イラスト付きの料理は香りが漂っている。これらは今日のおススメだ。
あたしはその中からレモンの香りを乗せた紅茶と、野菜がたっぷり入ったサンドイッチ、後でエリオットと一緒に食べようとフルーツの盛り合わせを選んだ。彼はコーヒーとチキンサンド。
注文したい品を指で擦るとメニューから文字が飛び出して来て、そのままキッチンの方へ飛んでゆく。
これで注文は完了。後は食事が運ばれてくるのを待つだけ。
――そう、待つだけである。
「…………」
店を訪れた時。
注文をする時。
品を運んでくる時。
そこに人の姿はなく、遠方で発動している魔法が全てを取り仕切っている。
あたしとしてはおススメ一つでも直接店員さんから紹介してほしい人なので、これはちょっと寂しいなあと思っていた。そしてこの方法は他の多くの店でも取り入れられていて、寂しいなと思う度に同じ思いが頭を過っている。
一体、どれだけ魔法を使っているのだろう?
最初はなんて便利なんだと、夢のように思っていた。
どんなにお客さんが来ても待たせる事もなく、料理だって何時頼んでも寸分の狂いなく同じ味。火加減で焦げる事もなければ、紅茶を苦くしてしまう事もない。
驚き、慣れて、そして。
次に覚えた感覚は物足りなさ。
出迎えられてもいないのに勝手に動くイス。
望んだ品を口にする事無く注文できるメニュー。
料理を運んでくる笑顔一つない無人のトレイ。
内容としては望んでいる事が行われているのに、何故か心は動かない。
品質が一定であるというのは良い事だ。
どんな状況でも、誰に対しても、同じ対応をする。これは難しい事だと思う。
だけど材料が沢山あっても、いくらお客さんが来ていても、魔法が使えなくなったら店を閉めてしまうのは今でも首を傾げる。――だって、自分の手で作ればいいじゃないと思ってしまう。
あたしは目の前のうさちゃんリンゴを見て、このお店の人がカットしている姿を想像できなかった。
「ねえ、リオ」
「ん?」
「リオはさ、一日何回ぐらい魔法を使ってたの?」
エリオットは片眉を上げ、「数えた事もないな」と言った。
「以前言ったと思うが、王都に近づくほど日常生活に魔法が浸透している。俺の生まれは遠方だが、長い間王都で暮らしているし、立場的にも魔法を使う機会は多い。今もマナが枯渇していなければ殆どの事を魔法で行っているだろうな」
早く気を使わず魔法が使いたい。と、彼は言葉を締めくくる。
あたしはエリオットに気付かれないよう、そっと息をついた。
外と中を繋ぐ扉がない街。
材料があっても閉店する飲食店。
そして、これらに疑問を抱かない人々。
ファーブルは魔法大国。
この国の人は全ての事柄に魔法が使える事が前提で、魔法が使えなければ簡単に諦めてしまうし、その事について何も思わない。
あたしはエリオットに会いたくて、そしてリアムとマリカの回復の為にこの国にやってきた。
今の自分には出来ない事に手を伸ばして、きっと掴んで見せると心に決めて。
魔法が使いやすい環境にある今も安易に使う気はない。ここぞという瞬間にこの力を残しておくつもりだった。
だからこそ、どうしてと思ってしまう。
何でも魔法で済ませてしまう事を。
自分の手で出来る事さえも、魔法が使えなければ簡単に諦めてしまう事を。
「――何を考えている? ティア?」
エリオットが訝しげにこちらを窺う。
彼は魔法が使えないアコットでの暮らしを経験しているせいか、ファーブルの人達とは少し行動が違う気がする。本人も言っている通り、マナが回復すれば魔法を使うのだろうけど、今は出来る事を自分の手で行うようにしている。
嬉しかった。
あたしにとってそれは日常そのものだから、彼がそうしてくれる事がたまらなく嬉しい。
ご機嫌のままあたしはエリオットに声をかける。
「リオ、コーヒー苦かったらジュースと取り替えてあげるからね」
「……余計な御世話だ」
子供扱いに不貞腐れてエリオットが横を向いた。
可愛いと言ったら怒るのでそのままニコニコ見つめていたら、彼は少し頬を赤く染めたままカップを手に取り、コーヒーを一気に飲み干してしまう。
「わっ! 慌てて飲まなくても!!」
「一気に飲みたい気分だったんだ!」
言葉にしなくても、あたしが可愛いと思った事が伝わったみたい。
エリオットは絶対苦かっただろうに、そんな素振りを見せずコーヒーのお代わりを注文する。
そんな意地っ張りなところも可愛いのだが、言ったら絶対に怒るのでこれは内緒だ。
笑顔を浮かべながらエリオットを見つめる。
彼は居心地悪そうに身じろぎをして、明後日の方向に視線を向けた。
これは良くある態度。
照れていたり、困っていたりする時の癖だ。
ほんのり赤く染まった頬を指で押して、からかってみようかな。
怒るかな? 怒るよね。――うん、それも悪くない。
そぉっと、エリオットの頬を目指して軽く握っていた手を広げる。
「……ティア。隠し事はなしだぞ」
伸ばしかけた指が止まる。
エリオットの声色は低く、真剣身を帯びていて。内心を見透かされたと、自分の顔から笑顔が抜け落ちるのを感じた。不意打ちだった。
――気付いている。彼は。
あたしの心の揺れを。戸惑いを。
するどいなあと思う。
以前もこんな風に見透かされた事があった。的確に指摘され、あの時は甘えてしまって。
十歳は年下の子供の甘えるなんてと猛反省しつつも、エリオットの言動や態度は大人びているからつい歳の差を忘れてしまう。それは対等な扱いを求める彼が望んでいる事。
だからきっと今は『相談』が『正解』。
分かってる。一人で思い悩んでも答えが出ない事ぐらい、分かっている。
だけど、今回は……。
そのまま伝えたら誤解されそうで。だからといって、他に上手く良い表す言葉は思いつかなくて。
自分の思いを誤解なく、正しく、言葉に乗せる事の難しさを今ハッキリと思い知る。
だってこの思いは彼に想像も出来ない事。
魔法に。
マナに。
満たされている世界に。
あたしが違和感を覚えているだなんて。
あたしは自分の抱いた気持ちを上手く伝えられる自信がなくて、大嫌いな愛想笑いをでその場を凌ぐ。
エリオットは何か言いたそうな表情をしたけれど、それ以上追及はして来なかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!!(*^_^*)




