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10.ファーブル観光

 





『ティアナにファーブルを案内してあげる事』



 これが王から課せられた条件の一つだった。


 そんな事をしている場合じゃないと反論する俺に「情報収集」という名目までつける王は、ニッコリ笑ってこう言った。



「じゃ、傍にいるのなしね」



 子供か。

 一国の王がなんと聞き分けのない。


 こういう我が儘をたしなめるのも側近の役目。

 俺は丁寧に状況を説明する。それはもう、懇切丁寧極上に。……が、答えは変わらない。


 我が王は柔らかな物腰なのに頑固である。

 もちろん覚えてはいたが、忘れてしまいたかった。


 結局王を説得できなかった俺はティアナに国を見せる事になる。

 名目上「情報収集」。ティアナ的には「観光」。

 あまりにも温度差のある設定だが、気にしては負けだった。


 王都から一番近い街リッテは外と中を繋ぐ扉がない閉鎖的な街。

 出入りは魔法又は陣のみで、周囲を取り囲む外壁高く、物見が出来る通路と塔。有事の際、要塞として使える構造を兼ね備えている街は貴族の別宅が多かった。


 彼らは比較的マナの多い者しか使えない転移魔法を使う為、そもそも出入り口が必要ない。

 物理的に金目当ての招かざる客が来ないのも都合がいいようだ。


 警備体勢は王城と同じく本人が持つマナの識別。

 無登録のマナでは侵入できず、その他一般の人間は街中に用意された転移魔法陣にて出入りする。そこには警備兵が常駐しており、貴族の紹介状がない者はそのまま追い出される仕組みになっていた。



「だから立ち寄らなかったのね」

「ああ。用もないしな」



 本来なら自由に出入りが出来るのだが、それは敢えて言う必要もない。



 俺は二人分の紹介状を提示し、リッテに入る。


 何処までも続く屋敷の塀。大男が何人も通れるほどの広い道。

 時折見つかる正門の隙間からは主の為だけに美しく整えられた庭が覗き、無駄に広い道には塵ひとつ落ちていない白く無機質な石畳が続く。


 街にはあまり人がいない。それは規模に対して住人が少ないからなのだが、閑散としていると表現するより、どこか作りモノめいた雰囲気と言った方が正確に伝わる気がする。


 ここにはあらゆる店が無い。

 基本、貴族は自分の決めた店でしか買い物をしない為、商売が成り立たないからだ。

 十数年前には貴族の御用達になろうと商人たちが頑張っていたようだが、リッテで頑張るより、王都で目立った方がいいとすぐに気付き、あっという間に引き上げてしまったらしい。


 商売が成り立たない。人が集まらない。余計に商売が成り立たない……


 結果。店は出来ず、あるのは貴族の屋敷ばかり。


 人がいないのに道幅だけが広く、何処を通っても生活を感じる事はない。

 この整い過ぎている街を上品で落ち着いた雰囲気と彼らは思っているようだが、元々村育ちである俺には肩の凝る気取ったモノに見えてしまい、正直あまり好きではなかった。


 ティアナはこの独特な雰囲気が珍しいのかキョロキョロと辺りを見回している。



 しばらく街を歩いていると、仕立ての良い服を着た男が、これまた身なりの整っている男達を伴っている場面に出くわした。

 男達は荷引き馬の横を守るように歩いており、ティアナは凝視しない程度に彼らを見た。



「わぁ……すっごい品物。お店ないのにどうするんだろう?」

「彼らは貴族専門の御用聞きだ。注文の品を運んでいるのだろう」



 商売相手が貴族だから品は高価。

 加えて注文量も多く、通常の御用聞きより大げさな荷運びになるのだと説明する。


 ティアナは一団が完全に見えなくなった後、「贅沢……」と一言。

 驚きというか、呆気に取られている様子は俺を安心させる。物事に対する感性が近いのは嬉しかった。


 その後、数人とすれ違ったので声をかけられそうな人物のみから情報を集める。

 閉鎖的な街での情報収集は無意味かと思われがちだが、そこは貴族の住まう街。情報は決して少なくはない。

 決め手となる情報は得られなかったが、その他もろもろ収穫があったので良しとする。


 街を出た後「肩凝っちゃった」と笑うティアナ。

 後ろでに手を組み、空を見上げながら伸びをする姿は、窮屈な箱からやっと出られたと言わんばかり。ある意味この街は貴族世界の縮図。格式や仕来りを重んじており、新参者に厳しい。他所者は眼中にすら入れないだろう。



「明日は違う街に連れて行くから」

「うん。のんびりできる所がいいな」



 俺にとっては情報収集を兼ねた街散策。

 のんびりなんて……と、思ってしまうけれど、明日ぐらいはティアナの希望を叶えても良いだろう。何せ今日は情報を集める事に主眼を置いて、観光としてはいまいち面白みの無い場所を選んでしまったから。



「希望はあるか?」

「希望?」



 ティアナは少し考え込み、「リオの家に行ってみたい」と続けた。


 俺の家?

 のんびりできるところと言って、俺の家を指定する。

 何故だと考えて。同時にティアナが自宅に居るところを想像する。


 あまり広くない家だが、綺麗にしてあるから大丈夫。

 ああでも数カ月帰っていないから、埃がたまっているかも。


 彼女の事だ。きっと掃除しようと言い出すだろう。

 魔法で片づけられない今、道具を買う所からスタートだ。


 一緒に買い物に行こう。

 雑貨屋に寄れば全部そろうか?

 帰りに市場に寄ってみるのもいいかもしれない。

 食材、きっと驚くぞ。


 多分、食事を作ってくれる事になる。

 食器が足りないな。買っておくか。俺の分も大分古くなっているから二人分。

 たしか雑貨屋の隣は服屋だったはず。なんなら一緒に……。


 新しい掃除道具。

 新しい食器。

 新しい服。


 ティアナが笑顔で自分を出迎えてくれる。

 食事を作ってくれる。共に過ごしてくれる。


 自分の生活に彼女が加わる――。


 務め以外、大した興味を持たなかった日常生活が。今、はっきりと彩りを持って脳裏に浮かぶ。



「……? どうしたの??」



 不思議そうな声で、思わず息を止めた。


 俺は。

 一体何を。


 想像した様々な出来事に顔が熱くなる。

 ガラにもなく心臓がバクバク音を立て、何を考えていたのか知られやしないかと焦る。


 こちらの胸中など察していないティアナは小首を傾げたまま。

 それはいつもと変わらないのに、とても可愛く見える。頭が沸きそうだった。



「……俺の家は、ダメだ」



 動揺を気付かれないよう平坦な声を出し、さり気ない動きでティアナから顔を隠す。


 直視など、出来なかった。

 顔はきっと赤いし、焦りも喜びも何もかも表に出てしまっている。


 ……カッコ悪い。

 想像で崩れた顔など、見せられる訳ないじゃないか。



「……建前上、エリオット=マーカムは不在になっている」



 落ち着け。と、自分に言う。

 大人の俺が感情を制御できない訳がないと、自分自身に暗示をかける。


 彼女から「どうして」と声が届き、心がピクリと反応した。

 素直すぎる本心。

 バカ野郎と、自分を怒鳴りたくなる。


 想像を止めてくれた彼女に感謝はしている――。


 だが、一点だけ言うならば。自分を止めたそれが彼女の声だという事が、妄想に現実味を帯びさせるので始末に悪いのだ。



「……もちろん俺のマナが少しでも回復すれば入る事は可能だ。ただ、奴が罠を仕掛けている可能性も捨てきれない。魔法が上手く扱えない今は近寄らない方がいい」



 大丈夫。

 ちゃんと理解の得られる解答だ。


 俺は自分の解答に頷き、ティアナを見上げる。

 まだ顔は火照っていたが、そんなはずはないと平気な顔をして見せる。


 彼女は「そっか……ならしょうがないね」と、残念そうに呟いた。


 その声に想像が萎むのを感じる。

 残念なのはきっと俺の方。


 鮮やかな日常が遠のき、陽だまりのような温もりがゆっくりと失われてゆく。

 ただの想像だというのに心の中へと冷たい風が吹き、言いようの無い喪失感を覚える。


 視界からティアナが消えた。

 気が付けば俺は頭を垂れ、彼女の靴を見ていた。



 ――だから、なのか。

 消沈していた俺はティアナがニコリと笑った事に気付いていなかった。



「じゃあ、リオのマナが回復したら行こうね!」

「え? あ、ああ……?」

「決まり! 楽しみにしてる!」



 ……って!!

 


「ティ、ティア……俺の家はだな」



 焦る。無駄に焦る。

 決して(やま)しい事はないのに、ティアナが自宅に来る事を止めねばならない気になる。


 ダメだダメだ。彼女が来たら。



(想像通りになってしまう……!!)



 色のついた日常生活。


 新しい食器。

 新しい衣類。

 新しい……二人の暮らし。


 それはなんだか甘い香りがして、柔らかな心地で。

 見本や定義があるわけではないのに、これが幸せなのだと直感する。



「早く回復するといいね~」

「ちょっと待てティア」



 いや、待つのは俺の妄想か。

 最早、何がなんだが分からなくなる。


 歩みを進めるティアナを追いかける。

 待ってくれ。俺を、置いていくのは止めてくれ。


 彼女は俺が隣に駆け寄ると、ニッコリと微笑んだ。


 甘ったるい。

 想像していた彼女の笑顔と重なり、みるみるうちに体温が上昇する。

 心地よい拍動が。甘味を帯びた痺れが。身体の隅々まで駆け巡り、まるで砂糖の海に飛び込んでしまったような甘美な息苦しさを味わう。


 もっともっと。

 続きを想像してしまう。



「リオ真っ赤。可愛い」

「っ……!!」



 子供扱い。

 だけど今この瞬間は、彼女の全てが甘すぎる。


 俺は何も言えず彼女から顔を逸らした。

 普段なら怒って言い返すところだが、今日は無理だと悟る。


 大魔法使いだの、王の隼だの、そんな風に持て囃されているというのに、俺は魔法も使わない彼女に抵抗すら出来ない――。


 それは確信めいた予感であり、自分が思う事で事実となった。


 

 そしてこの後。

 過去、約束を反故にした後ろめたさもあって、話を蒸し返せなくなる。


 ――いや。違う。

 自分で望み、蒸し返さないだけ。


 未だかつて抱えた事のない妄想と期待。

 現実に起こりそうで起こらないこの甘い責め苦に、俺はベッドに突っ伏す事になる。








お読みいただきまして、ありがとうございました!!(*^_^*)

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