9.想いは重ならず
「王様に会えてよかったね」
「ああ。本当に」
王城の客間にて。
ティアナを正式な客人として迎えたいと言った王の願い通り、俺は彼女を部屋へと案内した。
日当たりのよい南向きの部屋には、簡素でありながら質の良い品が置かれている。
貴族特有の豪華絢爛とはかけ離れていたが、そこはティアナの内心を見抜いての事だと予想する。なにせ俺達は、城下の子供と変わらない服装なのだから。
ティアナは自分と一緒に居たお人が王である事に驚きを見せなかった。
本人曰く「いや、驚いてたよ? 誰も見てなかっただけで」と、言っていたが、俺と王の会話が終わった後、王から手渡された茶菓子を嬉しそうに貰っていたのだからそれも疑わしい。
普通なら恐縮して、まともにしゃべれないだろうに。
これからしばらく、ティアナと俺は城で暮らす事になる。
俺は城を拠点とし、ガーディーの狙いを探る。
その間ティアナは城で生活をする。
名目上、王の客人となれば彼女がぞんざいに扱われる事は無い。
ファーブルにとって異国人である彼女を守る為には、最上級の待遇と言える。
正直、王の懐の深さには驚かされる。
俺はティアナが無害だと知っているが、王は彼女に会って数時間。
いくら俺の知り合いだと分かっても、こうも簡単に自分の身の内に入れてしまえるものなのか。
大体俺の存在だって不明瞭で、幼いころの面影があると言えど、俺が俺である証明――つまり、マナの証明も出来ていないのに、だ。
そういった証明が無くとも信頼されているのはこの上なく幸せな事だが、王の身辺を守る立場から言わせてもらえば少々無防備な気もする。
「王様、すっごくいい人だね」
「ああ。我が国の自慢の王だ」
「しかも、すごく優しい」
ティアナは嬉しそうに庭での王の行動を教えてくれる。
ふむ。雑草までも植え替えしているのか。国の隅々にまで気を配る王らしい。
それでね、と、ティアナが話を続ける。
魔法を使わず庭仕事をしている事や、偉い人なのに気さくな感じがとても好印象だと。
「きっと国中で人気なんだろうね」
「そりゃあ、まあ……」
なんだか気分が悪い。
もやもやというか、イライラというか。腹の辺りに不快なモノを感じる。
自分の敬愛する王が褒められているというのに、何故。
理由をよく考えれば、思い当たる事が一つだけあった。
それは完全に個人的な話で、見当違いな想い。
――そう、ティアナが嬉しそうに王の話をするからだ。
「……ティア」
「え? 何?」
呼びかけて、口を噤む。
訊ねたい事があるのに、その言葉を続けられない。
「あー……、いや、その」
「ん??」
――ティアは、王のような方が好みなのか。
無理だ。そんな事聞けるわけない!!
「どうしたの」と首を傾げるティアナに、何でもないと会話を終わらせる。
実年齢は別として、王は見た目二十代半ばの美丈夫。
今年十八になるティアナが憧れるのは当然じゃないか。
そう無理やり納得してみるが、やっぱり気に入らない。
どうあっても自分が相手ではないのなら、不満なのだと自覚する。
年上ってだけの条件なら、俺も――
視線を落とす。
床がやけに近い。広げた手も小さく、彼女の手を包み込めそうにない。
指を絡めて手を握りたくても、大きさ的に無理がある。
――何で、俺はこんな姿なのだろう。
ファーブルに戻ればと、淡い期待を持っていた。
次に日にちを置けばとか、マナが回復すればとか様々な理由を付けた。
けれど現実は、王にすら解答を保留にされた。つまり、原因が分からないと言われたのと同義。
俺は、ずっとこのままなのか?
ファーブルでは見目は気にされない。
王が俺の存在を認めてくれているから、側近として働く事も出来る。
もちろんマナさえ戻れば幻術で元の姿を形作る事だって出来る。
不便は、ない。そう、何もない。
だがきっと。
俺は悔しくてティアナの手を取った。
小指から順番に、彼女の手のひらを離さないよう一本ずつ絡めてゆく。
指の長さが違うから上手く握れない。それでも離さないと想いを込めて、彼女の手を握る。
「リオ?」
子供をあやす様な声。
違うだろ。
こんな風に男に手を握られたら。
ビックリして、手を引っ込めて。顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を――……
顔を上げ、ティアナを見る。
キョトンとした、可愛らしい顔。
不思議そうにこちらを見るその視線に、俺はまた俯いた。
「…………」
悔しい。
子供だと。彼女がそう思っている事が見えてしまうから、悔しい。
小さいままのこの身体では、彼女の視界に入れない。
本当は大人だと何度伝えたとしても、きっと信じてもらえないだろう。
――当たり前だ。
現実の俺は子供にしか見えないのだから。
ふわりと手の甲が温かくなった。
それは彼女が手を添えてくれたからで。同時に膝をついて、目線まで合わせてくれている。ニッコリと笑ってくれる。
心臓が鷲掴みにされる。
もうずっと前から囚われているのに、彼女はまだ俺を捕まえようとするんだ。
「――隙アリ!!」
「っあ!?」
急に手を引かれ、彼女の胸に飛び込む。
柔らかな感触と遅れて伝わる心地よい体温。
甘い花の香りは、脳内に侵入し、思考を揺さぶる。
まずい。
不意打ちは、ダメだ。
思わず目を瞑り、彼女の全てを堪能したくなる。
このまま抵抗しなければ起こるであろう色々な出来ごとに、俺は常に試されている。
「……ティア、離せ」
「元気ないからギュっとしてるだけ」
理性を崩壊させる気かバカヤロウ。
少しだけならいいじゃないか。いや、こんな姿で許されない。
脳内での激しい葛藤が始まる。いつもの事。
甘えれば絶対に受け入れてもらえる自信と、この姿では卑怯だという矜持と。
本当は欲しくて欲しくてたまらないのに、今はダメだと全身に命令を出す。ぎゅっと目を瞑る。
俺は渾身の力を振り絞り、ティアナから離れた。
惜しい、実に惜しいが、これらを堪能するのは元の姿に戻った時だと言い聞かせる。
「照れなくてもいいんだよ?」
「シュウの言葉を真に受けるなバカ」
図星だからこそ、悟られてはいけない。
想いを伝える時は、そう。幻術ではない、本当の姿でと決めているのだから。
◆◇◆◇
人生何が起こるか分からない。
あたしは今この時ほどそれを実感した事はなかった。
「何これ!! ふっかふかすぎる~!」
スプリングが利きすぎているベッドに押し返されながら、あたしは笑い転げる。
『しばらくここで暮らすといいよ』
そう言ってくれたレイ――もとい、王様の好意で案内された部屋は、シンプルでありながら高機能という、贅沢な部屋だった。
何コレ、この待遇。あたし、何にもしてないのに。
あ、リオのお世話していたからかな? いやあ、それほどでも。
「ねえねえ、これからリオも同じ部屋?」
「ばっ!! 同じな訳ないだろ!!」
「えーっ!! このベッド、余裕でいけると思うけど!」
「そういう問題じゃない!」
なんで?
リオのお世話係としてなら、絶対同じ部屋が良いのに。
行儀悪くベッドで転げ回るあたしをエリオットは溜息をつきながら見下ろす。
老成している彼の事だ。子供じみたあたしの行動に呆れているのかもしれない。
むう。
ベッドが柔らかくて嬉しいのは大人も子供も同じだと思うんだけど。
エリオットはさっきから不機嫌だ。
部屋にきて、王様の話をして。その後、苦しげな表情で手を握ってきた。
不安? 元気がない?
思い悩む姿になんとか力を貸したくて。
不意をついて抱きしめてみたのだけど、効果はなく。
だったらせめて傍に居たいと思うのは、そんなにおかしな事だろうか。
「ティアの図太さには驚かされる……」
「図太い!? 女の子に太いって単語はいけないと思う!」
「話が本筋からずれている」
エリオットは王様を守る騎士だという。
彼には「大魔法使い」や「王の隼」など大層な二つ名があって、それだけを聞くと大人な姿が想像される。
実際、お城に行く時は大きくなった姿で出入りしていたようだからある意味その通りなんだけど、普段の姿を知っているあたしとしてはちょっと首を傾げる。いくら魔法が上手に使えても、彼はまだ子供なのにと。
ふと、青年だったエリオットの姿を思い出す。
あの時は彼の無事だけを気にして突っ走っていたから何の感想も浮かばなかったけど、よくよく思い出せばなかなかの好青年だったような気がする。
『ティア』
少しかすれた声は艶っぽくって。
離さないとばかりに強く力の込められた腕は逞しく、目を細め微笑む様は物語の王子様のようだった。
……なるほど。
シュートが言っていた意味、良く分かった気がする。
「リオ。あまり幻術を使っちゃダメだよ」
「は?」
「姿を偽らなくても、リオは素敵だから」
エリオットは将来、絶対モテる。それはシュートの言葉通りに。
だけど彼はまだ子供で、恋人候補を探すには早すぎる。
周りが彼を大人扱いするのなら、あたしだけは彼を子供のままでいられるようにしてあげなくちゃ。
「なんだろうな……誰が聞いても褒め言葉だと思うのに、ちっとも褒められている気がしない」
「それは気のせいと思うよリオ」
もう。
この返しがすでに子供っぽくないんだよなあ。
こうしてあたしとエリオットはお城で暮らす事になった。
お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)




