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8.王の隼

 





 ティアナと別行動を取り、七祭事に向かった俺は城内にいた。

 数カ月ぶりの帰還に感慨深いものを秘めつつも、城内に入る事の出来なかった俺はひとまず難関を突破したと言って良いだろう。


 今から向かうのは城内東側、祭事専用の広間。

 通常ならひそひそと話をしながら向かう道中に、案内係と二人で歩く。祝福を受ける子供が自分だけだった事は幸いで、頭の中は復習の時間になった。


 まず俺は報告をする。


 国外に飛ばされていた事。

 ガーディーの事。

 そして、自身のマナが枯渇している事。


 以上、重要事項三つ。耳を疑うような話ばかりで辟易(へきえき)する。

 順序立てて、分かり易く報告せねばと思いながらも、正直、どの案件も不明点が多すぎて事実報告にしかならない現状。全部、自分が渦中のハズなのに不甲斐ない。しかも魔法が使いにくく、解決の目処もない事が頭を悩ませる。



(……しばらくは情報収集、マナが回復次第行動ってところか)



 作戦というには乏しい計画だが、分かる事も出来る事も少ない今はこんなものだろう。

 ここ数カ月でよく味わうようになった無力感に思わず拳を作った。


 案内係が足を止め、中へと声がかかる。

 他の部屋と比べてとてつもなく高さのある扉の前。子供の目線では首を目一杯上げるより、寝転んだ方が見やすいと思われる。


 ――やっと王に会える。


 以前祝福を受けた際も待たされなかった事を思い出した。


 広間へと入る。

 くぐった扉より高い天井。煌びやかというよりは厳かな壁画の数々は空気の質をガラリと変える。

 この雰囲気に呑まれ、カチコチに固まってしまった自分を思い出し苦笑する。


 顔を上げ、背筋をぴんと伸ばす。

 今は案内係の背中しか見えないが、王の顔を拝見できるのはもうすぐだ。


 案内係が定型文を紡ぐ。

 小難しい言い回しに、子供の頃の自分が目をぱちくりさせている姿が見えた。

 あの頃は何を言っているのか分からなかった言葉。分からないなりに、きっとすごい事を言っているのだろうと気を張っていた自分。今はしっかりと理解できる。


 体験している事は同じ。だが、感想は全く違う物になった。


 誰にも見えないのをいい事に笑みが漏れる。

 あの時の自分に伝えてやったら、きっと安心して気が抜けてしまうだろう。



「――我が王、祝福を」



 案内係が役目を終え、脇に移動する。

 それを合図に頭を垂れ、膝は付かず、ゆるりと目を閉じた。

 周囲のマナが人の流れと共に動き出す。


 穏やかな海。

 幾年もの時を超え、全ての命を育むマナの集合体。

 優しさと包容力。命あるモノを労わり、育てる。そんなイメージの出来るマナの気配。


 国は人の集まりで、それを見守るのは王。


 だからあの時、この海のようなお人が王なのだと胸が高鳴ったのを覚えている。


 ――しかし。



 高い天井を突き抜けるように響く、冷やかな足音。

 避けるように割り開かれてゆくマナ。

 衣擦れの音は聞こえず、知らぬ内に襟を正したくなるような、威厳。


 案内係は何も言わない。


 そこに居るのは間違いなく王で在る筈なのに――


 心臓が早く鳴る。

 緊張ではなく焦燥感。

 何故焦る? 分からない。だが早く早く。


 俺は王のお姿を――……


 祝福を受け、面を上げたその瞬間。

 俺の焦りは限界に到達した。



「君!! どこへ行く!!」

「すまない! 緊急だ!!」



 王に背を向け走り出す。ありえない不敬だった。


 体当たりに近い形で扉を押し開け、見知った廊下を走り抜ける。

 すれ違う人の驚きの声や、背中に浴びせられる怒声を一心に受けながらも足は絶対に止める事は出来ない。



「待て! 待たないか!!」



 自身が守るべき城。

 その平穏を俺自身がぶち壊す羽目になるとは。だが、それよりも現実が信じられなかった。


 目の前に現れた尊敬する王が、まさか。



 ――幻術、だと!?



 幻術は使った者よりマナの器が大きくなければ見破る事は難しい。

 つまり王が作った幻なら俺は気付く事が出来なかった。なのに、俺が気付いたという事は。


 暴れ出す胸騒ぎを押さえつけ、全速力で角を曲がる。

 行き手を阻む騎士達。走ってきた俺の姿を見て、剣を抜く動作に躊躇いが見えた。


 ――この人数なら、抜ける!



『深き森より這い寄る静寂よ。道を開けよ!!』



 一瞬の隙をつき、マナに呼びかける。

 いつものように自然に。失敗など想像しない。


 応じたマナがピタリと動きを止めて床に落ち、そこを起点に姿を現す。

 緑が急成長する。



「うわっ!!」「何だ!!」



 見習い兵士と思しき者の声と、「蔦に触れるな!!」と叫ぶ騎士の怒声。もう遅い。


 床を這い、伸びる蔦の成長は俺の願いを聞き届け、すぐさま彼らの足を絡め取る。

 短時間の足止め用。俺が通り抜ける間だけで十分だ。


 行く手一直線に出来た道を走り抜け、そのまま隠し通路へと侵入する。

 追手は来ない。マナで作られたカーテンは基準に満たない器の持ち主には見えず、壁だと認識される。

 行く先々で現れる者を同じように足止めし、飛び込んだ先は王の愛する庭。

 ここに王がいなければ、そこら中の奴らの襟元をねじり上げ、行方を吐かせてみせる。


 自分でも分かるほど眉を吊り上げ、庭を凝視する。中には入れない。それは例えこの場に王がいなくても、踏み越えてはいけない一線。とても、歯痒かった。




 ――全ては杞憂(きゆう)、だった。

 庭の、丁度どの花壇もよく見える位置にテーブルがある。

 対のガーデニングチェアは白。腰かけている人物の金色の髪と共に、晴天には良く映えていた。


 笑みを浮かべている姿に安堵のため息が漏れる。

 その周りに漂う穏やかなマナの流れが、彼のお人を我が王と示していたから。


 狭くなっていた視野が広がってゆく。

 広間からこの庭までよく捕まらずに済んだなと苦笑いが込み上げ、同時に――……。



「……!?」



 ありえない景色に息を呑んだ。


 見慣れた小麦色の髪と翡翠の瞳。

 キョトンとした表情は子ウサギのようだが、その性格は慎重さが足りない。



「ティア!? どうしてここに!?」



 何人も入れぬはずの庭に、しれっと存在しているティアナ。

 しかも王の正面に座って、茶まで飲んでいるではないか。



「あれ? こんなところでどうしたの、リオ??」



 井戸端会議で隣の奥さんを見つけた様な口調は、まるで事の重大性に気付いていない。

 あまつさえは「祭事は終わったの?」とのんびり聞いてくる始末。


 俺の驚きの半分、いや、それ以下の反応を見せるティアナに、ひくりと頬が引きつった。



「どうしてはこっちのセリフだ!! ティアこそ、何故ここに!?」 

「ええっと……うっかり?」

「ここは『うっかり』で入れる場所じゃない!」



 何故だ。

 常に入城を許されている俺自身が入城できずに困っていたというのに、なんの許可すらない彼女が、どうして。


 現状把握に頭をフル回転させつつ、ティアナは神出鬼没とか無鉄砲とかそのくせ怖がりだとか、彼女についての評価ばかりが頭を駆け巡る。


 結局こういうのは理屈じゃなくって、狭い所があったら入ってみたくなる猫のようだと分かっているのに、問いに対して解が不明瞭だと頭を掻き毟りたくなる。――殊更(ことさら)、ティアナに対しては。



「ティア、事情を……」

「おいおい。久しぶりに顔を見せておいてわたしを無視する気か?」



 聞きたかった声が砕けた言葉を発するのを聞いて、俺は慌てて膝を折る。



「――御前を失礼致しました。我が王」

「よい。気にするな。――というか堅苦しいから止めろ。リオ」



 許しが出たので顔を上げる。

 久しぶりに見た王は以前より日に焼けており、庭仕事に精を出している事が窺えた。


 自分に許されているギリギリの位置まで入り込み、ピタリと足を止める。

 十二分に手入れされた芝生と、奥に見えるのは穏やかな色合いの花壇。心を尽くして手入れをされている王妃の庭。それらの感想が思い浮かばない程、自分よりも奥に居るティアナの事ばかり考えていた。


 早く事情を知りたい。

 渦巻く疑問から一拍の後、嫉妬も生まれた。


 なんで、どうして。側近の俺にすら許されていないのに。と。


 その疑問は王から明かされた。

 ティアナは城下の魔法陣に触れ、こちらに転移してしまったらしい。

 そこで庭の手入れをしていた王と鉢合わせし、現在に至る。と。



「なんか、大事なとこ素っ飛ばされていませんか?」

「気にするな。わたしだって聞いていない事があるんだぞ?」



 ニヤリと笑いながら、王は俺に向かって顎をしゃくった。



「――懐かしい姿だな。何年振りだ?」



 その言葉で自分の姿を思い出した。



「よく私だとわかりましたね……」

「何年の付き合いだと思っている? わたしはお前の七祭事だって行っているんだぞ」



 確かにそうだ。

 穏やかな海に少しの意地悪を乗せた気配は、面白そうなイタズラに俺も乗せろと言っている様に思える。正直、面白い事ではないのだが、俺の姿を見ただけでは分からないのも当然だ。


 幻術ではあるまい? と、続いた王の言葉に俺は現状を報告する。つまり、原因不明である事を。

 王は「ふむ」と顎に手を当てて考え込むようにし、こちらでも調べてみようと頷く。王にすらすぐに原因が分からないのだと悟ると、少し気落ちした。



「我が王。私の事よりも、どうして幻術を?」



 そんな気持ちをすぐさま振り払い質問する俺に、王は薄く微笑んだ。言葉はない。


 王の行動全てを問う事は越権(えっけん)行為である。

 心配したし、お考えを知りたいと思うけれど、無事を確認した今、これ以上の質問は控えるしかなかった。


 俺は今日に至るまでの経緯を報告をする。



「出ている間にアコットへ吹っ飛ばされていたんだな……」

「はい。こちらも原因は分かっていませんが、この件も合わせて調べたいと思っています」



 それと。

 と、言葉を繋ぎ、俺は報告を続ける。



「アコットでガーディーに会いました」

「ガーディー? それはガーディー=ハウンドか?」

「はい」



 王は困惑の表情を浮かべた。

 何故、と、言葉に出さずとも言っているのが分かり、俺は起こった出来事を伝える。



「……(にわ)かに信じがたいな……いや、お前の言う事を疑っている訳ではないが」

「俺もアイツとは馬が合いませんが、違和感を覚えています」



 ガーディー=ハウンド。

 遥か昔、大罪人を処刑する為に生まれた呪魔法を得意とし、それを魔具に転用する研究を行っている魔具師。

 その性格は排他的で、あまり外界には興味を示さず、間違っても人を扇動(せんどう)するようなタイプではなかった。



「彼が創りだす魔具には大層世話になっている。マナの少ない民にもその恩恵が行き渡ると言って、評判も上々だ」

「ええ。マナの枯渇状態にある俺が王都に戻ってこられたのも、ガーディーの魔具――転移魔法陣のお陰です」

「うむ。なのに、その彼がお前を?」

「はい。厳密に言えば、王を狙う為、傍に(はべ)る邪魔者を排除すると見えましたが」



 王は「わたしを狙っているのか?」と、驚きを隠せない。



「わたしはガーディーに狙われる覚えはないのだが……」

「覚えがあろうとなかろうと、奴が何かを企んでいるのは事実です」



 ガーディーの狙いは分からない。

 悪政を敷いている訳でもないファーブルで、そのトップである王を狙う。


 王の座が欲しい? まさか。

 王のマナは底なしで。例え傍に侍る俺を排除しようとも、勝ち目などあるわけがないのに。無謀すぎる。それとも奴の中では勝算があるとでもいうのだろうか。それは一体どんな手段?


 あれこれ考えても情報が少な過ぎてこれだというモノに辿りつけない。


 ――ならば、俺の取るべき行動は一つ。



「今この時より休暇を終了とし、戻る事をお許しください」

「わたしが必要ないと言っても、聞かないのだろう?」

「可能であれば、お傍に」



 約束を果たしていない身としては自由であったほうがいい。

 俺は何も成果を上げていない。いくら期限を決めていないとしても、長々と先延ばしにする気はなかった。


 だが、王を守れなくては意味が無い。

 誰よりも早く問題を見つけ出す――……それが「王の隼」エリオット=マーカムの仕事。


 俺の決意の籠った言葉を聞いて、王は苦笑する。

 仕方の無い奴だなぁと、目が語っていた。



「エリオット=マーカム」

「はっ!」

「今、この時より傍に侍る事を許す」

「ありがとうございます」

「ただし――……」



 続いた条件に俺は頬を引きつらせた。







お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)

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