5.エリオットの憂鬱
結論から言うと、王には会えなかった。
それは俺がエリオット=マーカムである証明が出来なかったからなのだが、自分で自分を証明できない事が、こんなにじれったいものだとは思いもしなかった。
「近くまで来ているというのに……!!」
ギリリと拳を握りしめる。
活気にあふれた都。明るい表情の人々。
王都を見る限り変わった様子は窺えない。
しかし、心の中に留まるモヤモヤは、直接王の顔を見なければ払拭しきれそうになかった。
「せめて子供の姿でなければ……」
「いつも王様に会う時は大きかったの?」
「当たり前だ!」
焦りと苛立ちが爆発して、強い言葉が口をつく。
しまった。
俺はその気持ちを表情に出さず、窺うように正面を見る。
傷つけたかも。
そう思ったからこその行動なのだが、当の本人には気にした様子はなく、「やっぱり大人のフリをしているのね」と、顎に手を当てたまま納得したように頷いていた。
「……おい、『大人のフリ』ってなんだ」
「んーんー。なんでもないよ」
何でもなくないだろう。
いい加減。
本当にいい加減。俺を子供扱いするのは止めて欲しい。
腑に落ちない思いは眉間にしわを刻むという形で現れる。
明らかに機嫌を損ねたと表情は訴えているのに、ティアナは動じない。
それどころかこちらの様子など気にする事もなく、首を傾げ、何かを考え始めた。
……おい。
ちょっとは気にしろよ。
眉間のしわが深くなるのを感じながら視線で訴えていると、彼女がポンと手を打った。
「あたしがリオの使いって事で、王様に会いに行くのはどお?」
一応。俺の事を考えていたらしい。
無意識に口角が上がるのを感じつつ、やっぱりそれを悟られない様、平坦な声を出す。
「……その場合。ティアが俺の使いである事を証明しなければならない」
「紹介状があればいい?」
「書面だけではダメだ。俺のマナ織り交ぜた封緘か、文字にしなくては」
親書の類は差出人のマナを織り交ぜる事によって、偽物と区別している。
それは重要度が高ければ高いほど必須になってくるわけで。王に渡す親書となれば有無を言わさず必要になる。
つまり俺のマナがゼロである以上、いくら書面を用意しようとも親書にならないのだ。
「それじゃあ、あたしのマナを使って大きくなったリオに変装するっていうのは?」
「姿を変えても、自身のマナは変わらない」
「いっそ、忍びこむ!?」
「王の住まう城だぞ。命がない」
ティアナは「だよね……」と、しょんぼり頭を垂れる。
彼女が懸命に俺を手伝おうとしている事に喜びを感じつつも、事が事だけに安易な行動は取れない。
もっと確実に、王に会う方法はないだろうか?
様々な方法を考えては、それは危険だと頭の中で首を振る。
魔法を得意とする俺は大抵の事を魔法で解決してきた。
その根底となる力が使えない今、なかなか良案は浮かんでこないでいる。
「やはり、マナが回復するのを待つしかないのか……」
王城は目の前だというのに、こんなところで足止めを食ってしまうなんて。
捕えられていたあの場を脱出した事に後悔はないが、次の一手を打つ事の出来ない自分に不甲斐なさを感じる。
何が『王の速い翼』だ。
目の前に居ながらも、お傍に戻る事が出来ないっていうのに。
俺は溜息をつきつつティアナを見る。
落ち着いた小麦色の髪を耳にかけ、むうと唸るように考え込む彼女。
きっと今も俺が王に会う為にはどうしたらよいか、知恵を絞ってくれているのだろう。
事あるごとに姉と呼べという彼女は面倒見が良い。
まあ、面倒見というか、マリカ=シグレスの言葉を借りれば、『余計な事に首を突っ込む』。
身元の分からない俺を懐に入れ、詳細も語らないのに問い質す事の無かったティアナ。
たしかに話の流れで訊ねてくることはあったが、しつこく追及してくる事はなく。言いたくなったら言ってくれるだろうという姿勢は、俺という存在を全面的に信用してくれているのだと思えた。
(……まあ、子供扱いしていただけかもしれないが)
深い眠りについている弟の存在も、俺を放ってはおけない原因だったのだろう。
俺の見立てでは、弟のリアム=ウォーグライトもマリカ=シグレスと同じ、運動機能をつかさどるマナの枯渇のせいで眠りについているだけ。
二人を目覚めさせるには、大気中に在るマナ、もしくはティアナ自身のマナを組み替えて、注いでやれば良いと考えている。
だが、日常に魔法が浸透していないアコットでは、この方法は未知の話なのだとか。
彼女は国を渡り、俺と再会した当日も、マナを感じ取る訓練を休んではいない。
手探り状態のまま置いていった俺に文句ひとつ言わず、毎日。一日も欠かさずに。
アコットでの暮らしの中、怠惰とは言わないが、懸命に魔法学に向き合っていないと感じていた俺としては、それほどまでに二人が大事なのだと示されると……
もやもやと、そんな事を考えている俺に、マリカ=シグレスが愉快そうに口角を上げた。
ティアナから絶大の信頼を寄せられているマリカは芯の通った人物で、俺もある程度信頼を置いている……が。
記憶に残るその表情は勝ち誇っていて。俺は今笑われた訳でもないのにイラッとする。
そんな脳内のマリカ=シグレスを追い払いつつ、再び長考する彼女を見つめる。
一目その姿を見た時。消えてしまわぬよう、きつく抱きしめた。
彼女の姿は願っていた自分が見せる幻。そう思ったから。
けれども、柔らかくて、温かくて。そして、優しい花の香りがして。
少し不思議そうな声色で俺の愛称を呼んだ瞬間、ああ、本物だと確信をもって強く抱きしめた。
俺に会いに来てくれたのだと……自惚れた。
だけどそれは違っていて。
たしかに俺の事も心配してくれていたが、彼女の目的はそれだけではなく。
不慣れなマナの扱いを懸命に覚えようとする姿を見れば、嫌でもファーブルに来た理由の中心が何だったかなんて想像がついた。
何年も、手を握る事さえも許されていない弟と、家族のように信頼を寄せる親友の回復。
当然だと。
考えるまでもなく、彼女が口に出して言う事がなくても。俺は分かっていたはずなのに。
――正直、二人に妬いた。
悩むティアナと、それをぼんやりと見つめる俺。
窓辺に置かれた花瓶の影が徐々に形を変え、陽が傾き始めたなと実感し始めて。
彼女がもう少し俺を見てくれればいいのにと、そんな事を思い始めた頃。見つめていた先で、ティアナが顔を上げた。
「ねえ、リオ」
「……ん」
「あたし、思ったんだけど――……」
今のリオって、何者なの?
続いた言葉に、なんと返せばいいか分からなかった。
「えっと……何者、というか、リオがリオである事を証明できないって事は、リオは誰と認識されるのかなって……」
思いもしない事だった。
自分を自分である証明をどうするかばかり考えていた俺が、他からどう認識されているかなんて。
「今の俺は……」
身体が縮んで、マナも枯渇して。
ほぼ魔法も使えないといっていい、本当に無力な――……
「……子供」
そう。
見た目、七、八歳の、子供。
その現実は俺に一筋の光を与えた。
「――ティア、ナイスだ」
「へ?」
「お陰で、王に会える算段がついた」
事あるごとに枷となっているこの姿。まさか役立つ時がこようとは。
「ごめん、全然話が見えないんだけど?」
「問題ない。ティアはいつも通りで構わない」
そう。いつもの通り、俺の傍にいてくれれば。
言えぬ言葉を隠し、俺はニッと笑う。
「いつも通り……。――うん、ティアナ姉さんに任せなさい!」
照れたように、それでいて胸を張るティアナ。
そうやって無条件で傍にいてもらえる事が、どれだけ俺に力を与えるのか。彼女は全く気付いていないのだろう。
不遇だと思いながらも彼女が傍にいる幸運を、俺は感謝せざるを得ない。
……が、それとは別に。
「……呼ばないからな」
「いや、遠慮しなくても……」
「遠慮じゃないっ!! 絶対に呼ばないからな!」
何時まで経っても俺を子供扱いするティアナ。
本当は俺の方が年上で、彼女を包み込めるほどの大人だという事実を。
一刻も早く理解させねばと、俺は心の中で誓った。
お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)




