3.安眠は貴方の傍で
その言葉を聞いた途端、シュートが大笑いした。
「あははははは!! なんだよ、その姿は!」
「複雑な事情がある。察しろ」
「複雑? 誉れ高き『王の隼』エリオット=マーカムが?」
「笑うな! 俺だって困っているんだ!」
お腹を抱えて笑うシュートの足をエリオットが踏みつけた。
だけどその襲撃を受けた本人の笑い声は止まらずで、むしろ攻撃が甘かったのか、余計笑い声に拍車がかかる。
「ったく……お前にだけは会いたくなかった!」
「いいじゃねえか! 気にすんな!」
シュートがエリオットの肩をバシバシと叩く。
半ば酸欠状態になりながらも笑い続ける彼に、エリオットが「くそ!」と、苦虫を噛み潰したような顔をする。シュートの目尻に涙が浮かんでいるのに気付いたのはあたしだけではあるまい。
「……で、ティアナは任務関係の人?」
散々笑い転げた後、シュートがこちらを見て言う。
片眉を上げ、窺うようにこちらを見る彼に、友人(?)との再会を邪魔しまいと傍観を決め込んでいたあたしは目を瞬いた。
「まあ、そんなとこだ」
「詳細は聞けるのか?」
「すまない。極秘だ」
ふうん。とシュートがあたしを一瞥し、言葉を続けた。
「お前の活動を聞かなくなって数カ月。極秘でどっか行ってるんだろーとは思ってたけど」
「まあ。察しの通りさ」
「なら、王はお前の帰還を待っているだろう? 早く顔を出しに行けよ」
「シュウ、その件で聞きたい事があるんだが……」
どうしてその話を振ったのかには触れず。
今、自分の評価が世間的にどうなっているのか。と。エリオットは訊ねた。
これはあの話だ。
エリオットの身をすごく心配した、『反逆』の、話。
しかし、それを訊ねられたシュートは不思議そうな顔をする。
「世間の評判って……『王の隼』エリオット=マーカム。その地位を羨む者も、憧れる者も多く、ついでに恋人になりたい乙女も多いと噂されている、王の側近中の側近。そのマナの量は王に次ぐと言われており、大魔法使いと呼ばれる事もある」
「こんな話、今さらだろう?」とシュートが話を締めれば、「いや、そういう評判じゃなくて……」と、エリオットが口ごもる。
「なんだ。どんな娘がお前に好意を寄せているか知りたいのか?」
「なっ!? そんなモノに興味はない!! 人を軟派みたいに言うな!!」
「リオ、モテモテなんだ?」
「話に便乗するな! ティア!!」
エリオットの頭から湯気が見えた。いや、煙かも?
いけない、いけない。つい口出ししてしまった。
そんな事を思いつつも、いつもより不機嫌なのは怒鳴る相手が二人だからかもしれないと考える。
「シュウ、真面目に聞いてくれ。本当に俺の評判はそれなのか?」
「ああ。嘘偽りなく。お前の評判は輝かしいままだよ」
「どういう事だ……」と、エリオットは眉を寄せる。
あたしとしては、反逆なんて物騒な話ではなく、そのキラッキラな評判であって欲しいと思うが、彼はそれで納得できないらしい。
「……これも。任務関係か?」
「悪いな。的確な返答ができなくて」
「いや、それはかまわない。……しかし、評判が気になるという事は、自身の立ち位置を気にしているという事だろ?」
「まあ、な」
「だったら、俺達レベルまで話が浸透していない可能性もある。王の元へ戻るなら、十分注意すべきだな」
「ああ」
「それと――……」
口を挟む隙のないまま、会話が続けられる。
シュートの対応は気心の知れた友人のそれと同じで、さくさくと進んでゆくやり取りは心地よい。遠慮の無い言葉が続いても、相手を慮っている事が伝わってくる。
きっと、エリオットの老成ぶりは周知の事実なのだろう。
知った相手でなければ、この見た目の可愛さと言葉遣いに違和感を覚えるはず。……と、そこまで考えて、ああそうかと納得する。
(リオが老成しているのは友達が年上だったからね)
納得だ。
同年代が子供っぽく見えて、自分は大人だと言いたいお年頃なのだ。
「……なんか、分かった気がする」
「何が?」
「いやぁ、なんでもないよ?」
にへらと笑うあたしに、「……ロクでもない事を考えていそうだな」と、エリオットは渋い顔をする。
失礼な。早く大人になりたいリオを理解しただけなのに。
「……で、話を聞いていたと思うが。ティア、心変りは?」
「する訳ないじゃない? ティアナ姉さんもついて行ってあげる」
「『姉さん』……? ティアナはエリオットの姉貴なのか?」
「違う!! 断固否定する!!」
エリオットの全力は、ぐさりと心に刺さる。
ひどい。心配で国も渡って来たっていうのにこの仕打ち。
あたしはジト目でエリオットを睨む。
「義姉ぐらいって思ってくれてもいいじゃない? 一杯お世話したのに」
「一杯お世話……? おい、エリオット。お前、一体何を……」
「その目は止めろ!! お前の思っている様な事は何もない!! ティアも否定しろ!! この馬鹿がヘンな誤解しているぞ!!」
「ゴカイでも十回でもいいもん。リオにはね、あたしの愛が伝われば良いと思う」
「あ、あい……!?」
「な、何を言ってるんだ……」と、手の甲で口元を隠したエリオットがふらりとよろめく。
それを支えようとして立ち上がったあたしは、腰の痛さに呻き座り込み。今度はそのあたしを支えようとエリオットが手を伸ばした。
「隙アリ!!」
「うわあっ!!」
思いっきりエリオットを抱きしめる。
なによ、「うわあっ!」って。失礼な。
「テ、ティア……は、離せ」
「姉さんの愛は伝わってます?」
「……おれは、弟じゃない」
「義弟?」
「どっちも同じだ!!」
いつもなら暴れるのに、今日はあたしの腰を気遣ってかあまり強く力を入れてこない。
その辺りが優しいなと思うけれど、まずはあたしの押しつけがましい愛を受け取るがいい。
「少しぐらい良いじゃない」
「そういう問題じゃ、ない」
「ティアナ、エリオットは初心だから。綺麗なお姉さんにドキドキしてるんだよ」
「シュウ!! お前!!」
「へ? そうなの??」
ふれあいが恥ずかしいのとばかり思っていたのに、ドキドキしてくれているとは。
にこりとお姉さんスマイルで微笑みかければ、エリオットは息を呑み、瞳を揺らした。
これは緊張しているのかなって思い、片手で髪を撫でてあげると、彼は弾かれた様にあたしの腕から逃げてゆき、こちらを睨んだ。そんな真っ赤な顔で威嚇をする姿は、まるで毛を逆立てた猫のようで微笑ましい。もっと、こっちに来ればいいのに。
シュートが鼻歌を歌いながらエリオットに近づいて行く。
彼はあたしを威嚇するのを止め、シュートを睨んだが、そのむくれた表情も可愛いだけなので、全く効果はない。
「……なあ、エリオット」
そうシュートは呼びかけ、エリオットの肩に手を置き、何かを囁く。
途端。エリオットの顔が再び上気する。
「な、な……!! お前ってやつは!!」
「本当の事だろ? エリオット?」
何を言われたのか分からないけれど、エリオットの慌てぶりは相当だった。
こんな余裕のない彼は初めてで、あたしは「シュートすごい!」と、密かな賛辞を送る。
「と、とにかく!! 俺は王都へ行く! ティアも一緒で良いな!?」
「うん。もちろん」
「是非そうした方がいいぜ~」
「お前は一言余計だ!!」
ファーブルに来て一日目。
エリオットの無事を確認してホッとしたのも束の間。今度は王都へと向かう。
それは、エリオットが自身の疑惑を本当の意味で払いのける為だったが、あたし達は至って平和で。
エリオットの怒声やシュートの笑い声は、ゆっくりと流れる時に彩りを与え、それはキラキラとした幸せの時間だとあたしは嬉しくなる。
こういうの、いいな。
無意識に笑みが深まるのを感じつつ。
自身に降りかかっている事が嘘のような、穏やかで騒がしい一日は終わりを迎える。
◇◆◇◆◇◆
翌朝。
何故かニヤニヤ顔のシュートに見送られ。
こちらも何故か不貞腐れたエリオットが「何かあったら一報くれ」とだけ言い残し、あたし達は村を出る。
王都への移動方法は村に常設されている魔法陣。
近隣の街へと移動する為に造られたその魔法は、マナの保有量の少ない一般人向けの移動手段だった。
「本当はすぐにでも飛んで帰りたい所なのだが……」
エリオットは大気中のマナや人のマナを使う事が出来る。
それは言いかえれば膨大なマナを保有しているとも同じだが、現実はそんなに甘くない。
現在、エリオットのマナはゼロ。
そのせいで、大気中のマナや人のマナを扱う事が格段に難しくなっていて、容易に魔法は使えないとの事。脱出の際、本当は王都へ移動するつもりが、例の森になってしまったのもそれが原因なんだとか。
「――自身のマナが減っても、同じように魔法が使える。だけど、実際はこんなもんなんだろうな」
自身のマナが枯渇して初めて分かったと、エリオットは言っていた。
それと。
仮に今、エリオットのマナを使わず、魔法が使えたとしても。
王城へ直接の転移は出来ないらしい。
「内包するマナは人それぞれ違うからな。城にとって記録のないマナで侵入したら、すぐにつまみだされてしまう」
ファーブルに入国する際、マナの証明が必要だった。
それは『量』を証明する事だったが、今回は『個』を証明しなければならないそうだ。
「マナって、いろんな活用法があるのね」
「これらは一部だけどな」
今までは気にした事のない自身のマナ。
それが身分証明のような役割も果たせるのだと聞いて驚いたけれど、納得も出来る。
人それぞれマナが違うから、あたしはエリオットのマナを見分ける事が出来たのだから。
「まあ、そういう訳だから。手順を踏んで城に帰還する事になる」
「うん。わかった」
過不足ないエリオットの説明に頷けば、彼はチラリ、とこちらを見て。すぐに首を振った。
呆れているというか、なんというか。
納得いかないような表情で首を振られれば、気になってしまうのは当然だ。
「……どうしたの?」
「なんでもない」
そっけなく言い放ち、顔をそむけるエリオット。
反抗期? いや、それは前からか。
昨夜は感動の再会をしたあたし達を気遣って、折角シュートが同じ部屋にしてくれたのに。
「こっちは眠れなかったっていうのに……」
「……何で? あんなにフカフカのベッドだったじゃない」
「ティアは気持ちよさそうに寝てたもんな」
そりゃそうだ。
昨日はあたしの人生の中で最も濃い一日と言い切っても良かった。
そんな状況の中、エリオットが傍にいてくれて、フカフカのベッドがあって。良く眠れないなんて嘘だろう。
「……やっぱり、抱きしめて眠ったほうが良かった?」
「余計に眠れなくなるからやめてくれ」
心底疲れたようにそんな事を言うので。
あたしは考えた末。彼に安眠くまちゃんをあげようと思った。
お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)




