25.貴方の元へ
「つ、着いたーっ!!」
今までとは違う景色を眼下に収め、あたしは一人叫ぶ。
ありがとうみんな!!
良くやったあたし!!
「いやあ、褒めてくれていいんだよ。この偉業!」
さあ、どうぞ! とばかりに頭を差し出し、得意げな顔をする。
……が、しかし。当然の事ながら頭を撫でてくれるような人はおらず。
あたしはそっと自分の頭を撫でた。
「あとでリオに褒めてもらおう……」
マリカには目覚めた後で話そうと心に決める。
その第一歩は、エリオットに会って無事を確認する事。
それがファーブルに来た最大の目的なんだから。
◇◆◇◆◇◆
まず、あたしが取った行動は身を隠す事だった。
といっても、壁に身を寄せただけだが、何もしないよりマシだろう。
そうしてから状況を確認しようと、そっと壁から顔を出す。
そこは広場だった。
緑と白を基調とした景色は生えそろった芝生と白い石畳。
その境目に等間隔で植えられた木々の背は低く、道が奥まで見通せる。
前方には石像があった。
丁度、十字路の中心に置かれている石像は、穏やかな笑みを湛える女神像で、彼女は両手で壷を持ち、目の前の大皿に向け壷を傾けている。
優しく、さらさらと落ちる流水は大皿を満たし、溢れる水は地面に向かってカーテンを作る。その下には幾重にも別れた道が作られており、少しずつ水が花壇に向かうようになっている。
「うわ……なんか別世界……って、ある意味その通りか」
計算された構図の美しさに『箱庭』という言葉が浮かんだ。
一人、景色に圧倒され、キョロキョロと辺りを見回す。
幸か不幸か、周囲には誰もいない。まずはホッと胸を撫で下ろした。
「とにかくリオを探さなきゃ」
あたしは目を閉じる。
エリオットが帰ってしまってから、一度も感じ取る事が出来なかった、彼のマナ。
それを捕まえようと全神経を集中させる。
辺りは静かだった。
ざわめきも、風も、人の気もなく。ただ水の流れる音だけが、絶え間なく聞こえている。
エリオットのマナは見つからない。
もし、このまま感じ取れなかったら。
そう思うと、とても怖かった。
場所が違うなら仕方ない。追いかけて、近づいて行くまで。
だけど別の理由で感じ取れないとしたら――……
エリオットを襲撃したガーディーの存在。
『反逆』と『危険』という二つの言葉。
辛そうに別れを告げた彼の声が。まだ、耳に残っている。
――ねえ、リオ。どこにいるの?
あたしはここにいるよ。
貴方に会いに来たの。
入国は成功した。
皆で力を合わせて、エリオットの元へと願った。
だから、きっと。
マナが動き出す。
漂うように、ゆっくりと。
まるで今、目覚めた。というように。
目に見えずとも体感するそれは、時間が経つにつれ、さざ波のように引いてゆき。
求めているただ一つだけを残す。
影の部分は琥珀。光を通せば金。
あたしが唯一判別出来る、エリオットの瞳と同じ色。
――見つけた。
そう思った瞬間。
突然マナが揺らめき、ばらばらに砕け散る。
思わず息が止まった。
「な、なんなの……」
目を開ける。
不吉過ぎる現象に早くなる胸を押さえ、辺りを見回す。
あたしを包むのは静寂。
目の前に広がるのは美しい庭。――見えている景色は同じ。
大丈夫。
一度、深呼吸した。
逸る気持ちを落ち着かせ、再び目を閉じる。
選別されるマナ。
色も形も大きさも。全て違うマナの中、オレンジ色の星屑だけがその場に漂う。
――消えては、いない。
その事実にホッと胸を撫で下ろす。
じゃあ、どうして砕けてしまったの?
キラリ。と、マナが輝く。
ふわふわと漂っているだけなのに、無為に動いているようには見えず。数を増やしたマナは、ある一点に引き寄せられるよう星屑の道を作って行く。
導かれている。
そう、確信した。
◇◆◇◆◇◆◇
「……警備は手薄。か」
ガーディーの野郎。舐めやがって。
風に励まされて、小一時間。
目の前の魔具を検証しつつ、俺は魔法とも呼べない程の微弱のマナを外へ放っていた。
分かった事は三つ。
ここが王城ではなく、別の屋敷に備え付けられている牢である事。
警備人数は通常の屋敷とほぼ同じで、特別俺を警戒していない事。
魔具は呼吸をする様に、大気中および、周辺にいる人間のマナを吸い取る事。
魔具の発動タイミングは十五分に一度。
恐らく、一定量を吸収しないとガーディーに情報が行く仕組みだと予想される。
この設定は実に奴らしい。
時間経過で回復するマナより少し多めの吸収量は、脱出の希望すら奪うつもりなのだろう。
じわじわと追い詰めてゆく魔法は奴の好み。
ここでの滞在時間が増えれば増えるほど、脱出が困難になるのは明らかだった。
俺は周囲のマナを集め、力を構築する。
『――遮断せよ。音も聞こえぬ、箱の庭』
水晶の周りに壁を作り、一定量のマナを閉じ込める。
逆に辺りのマナは一段と少なくなり、これ以上の使用は困難と判断する。
あと使えるのは内包するマナのみ。
しかしそれも、ほぼゼロだった。
皆はマナの枯渇を避ける。
それは内包するマナがゼロになると、回復に数倍もの時間がかかってしまうから。
そしてなにより、魔法が使えない状態を恐れているからだ。
――だが。
「――『王の隼』を舐めるなよっ!」
詠唱なしで、手枷と牢の鍵を破壊する。
完全に枯渇する内なるマナ。
眩暈を覚え、目の前の格子を掴んだ。
「こんな、物でっ、足止めしようなどと……!」
崩れ落ちそうな体を奮い立たせ、鉄格子を押し開ける。
重く、軋む格子はギィと耳触りな音を立てて、行く手から姿を消した。
ちらり。と、台座を見やる。
狙い通り水晶は無反応。
俺は笑みをこぼし、ふらつく足を引きずりながら出口を目指す。
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