23.出立
翌早朝。
あたしと合流したジェシカとアレンは出会って早々目を丸くした。
「ティアナ……何、その荷物?」
「え? これは、ハンカチ、ティッシュ、タオルが二枚と……」
「ちょいちょい待ち!! こんな大荷物、どうやって!?」
「背負ってきましたけど?」
「違う!! 合ってるけど、違う!!」
叫ぶアレンに首を傾げれば、「それ、持っていくつもりなの……」と、ジェシカが尋ねてきたのでコクリと頷いた。
頭を抱える二人を見て、荷物が多すぎたのだと悟る。
これでもかなり減らしたつもりだったのに。
今あたしが持っているのはリュックと手提げが一つずつ。腰にはウエストポーチ。
リュックにはブランケットや着替えを始め、およそ三日分の食料が入っている。
手提げにはそれらの入りきらなかった物を入れてあった。
「備えあれば憂いなし?」
「すでに運ぶ時点で憂い有りだよな」
「珍しいわね。あたしも同感よ、アレン」
自分には同調してもらえなくてへこんだ。
おかしいな。言葉の使い方は間違ってないのに。
「いーいー? ティアナ。今回のファーブル行きは基本秘密なの。それはアコット政府にもだし、あっちの人達にも。だから、もっと身軽にしておかないと」
「食糧とか調達できないかもしれないのに?」
「その辺はかさばらない物にして! なるべく一つのアイテムで、何役もこなせる物を持って行くの!!」
ジェシカはリュックに手を突っ込むと、選別を始める。
次々と置いて行く物へと選別される荷物たち。主に食べ物。
辛うじて水と携帯食料は合格が出たが、パンはダメらしい。
このままじゃ、あれも没収に!
そう思ったあたしは、そろーりと別に避けておいた袋を手に掴む。
「……なにやってるのかなぁ? ティアナちゃん?」
「な、なんにも……」
「こら! お菓子はダメ!」
そう言って没収されたのはチップポテトのコンソメ味。エリオットの好物だ。
「リオの分なんだけど……ダメ?」
「遠足じゃないんだから!!」
「何か俺。むちゃくちゃ心配になって来た……」
そうこうしている内に荷物は選別され。
背負ってきた荷物の山は、予備に持って来ていた肩掛けカバンと、ウエストポーチに入る分だけになってしまった。
「これでも多いくらいなんだから!」
「いざって時は、肩掛けカバンの方を捨てろよ」
二人の意気込みに、渋々頷くあたし。
まあ、足りなくなったら買い足せばいいか……って。
「……お金って、ファーブルでも使えるのかな?」
「なんだか旅行の手助けしてる気になって来た!!」
ジェシカの叫びは、早朝の道に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇
――気持ちを切り替え。国立森林公園へ入る。
背の高い木々。
青々と生い茂った葉たち。
生え放題の下生え……など。
今しがたまで歩いていた道からガラリと変わる園内は、とても公園には見えず。
明るくない。
見通せない。
足の踏み場もない。
ないない尽くしに加えて、当然人の気も無かった。
「こんなとこに、好き好んで近づく奴なんていないよな」
立ち入り禁止であるのに、あっさり入れてしまった事への解答である。
たしかにアレンの言う通りで、ここは公園という名の森。視界も悪く、草も生え放題。しかも立ち入り禁止ときた。こんな場所、わんぱくな男の子以外興味を示さないだろう。
さらにそんな子供達すら嫌がるようにと、高い柵とその上を斜め前方へと伸びる棘付き柵の二段構え。
よじ登ってみようにも棘があるし、飛び越えるにも斜め前方に伸びる柵に邪魔される。そんな難関を越えてまで、この鬱蒼とした森に用のある人間はいない。
――そう。あたし達以外は。
「……この中、空気が重たい気がする」
「それは、マナが多いって事?」
「多分、そうだと思う」
目に見える雰囲気が一転するのはもちろん、空気の質が変わった。
単に酸素が多いという話ではなくて、空間の密度が濃いというか。的確な言葉は選べないけれど、確実に街中とは違っている。
二人は頷き、その力をより強く感じる方へと指示をくれる。
再びあたし達は歩き出す。
右へ、左へ。時には戻ったりしながら。
感覚だけを頼りに進む森の中。
景色は『鬱蒼とした深い森』という言葉以外当てはまるものはなく、進んでも戻っても変化はない。
「これ絶対迷子になる……!」
「俺らも油断してるとマズイな」
「いざって時は木登り決定ね」
見上げれば、葉っぱの屋根。
木々の枝葉は思い切り伸び、お互いの近くまで届いていて。まるで手をつなぐように絡まり合い、アーチを作っている。それらがほぼ太陽の光を遮断し、入り口にあったような下生えもなくなっている。
(この辺はマナが薄い……?)
下生えもなく、木々も細くなっているからだろうか?
もし、そうだとしたら。
あたしは辺りの景色を確認した上、マナを感じ取る為に目を閉じる。
視覚と感覚。
両方を使えば、もっと正確に――……
「……!!」
急に腕を引かれ、心臓が飛び上がった。
同時に口元を押さえられたまま、身体が引っ張り上げられる。
(油断、してた!!)
自分はヴァリュアブル。常に狙われる存在。
この事実が完全に思いの外だった為、反応が遅れる。
マズイ。捕まる。
頭で考えるより早く身体が反応する。
距離ゼロで繰り出した肘鉄。
しかし。伝わる感触は少し硬く――……?
(――これ、あたしのカバンッ!!)
見なくとも分かる感触で、攻撃が失敗したのだと分かる。
焦り、次を仕掛けようとしたところで、伸びてきた手に掴まる。
手を握って来たのはジェシカ。
彼女は唇の前で人差し指を立てており。
一拍の後、これが敵襲ではない事に気がつく。
あたしが落ち着いたのが分かったのか、ジェシカは人差し指をそのまま下に向ける。それを追うように視線を落とせば、丁度自分達の下を黒服の男が歩いていた。
男は辺りを注意深く調べる事も無く、大雑把に辺りを見ながら歩いている。
様子を見る限り、男は一人。近くに仲間がいるのかもしれないが、気配は探れない。居たとしても少し離れた場所だろう。
不意に、男があくびをした。
手をポケットに突っこんだまま、大口を開けて。
それは言葉なくとも退屈だと言っているのと同じで。追手というより、定期の見回りという方がしっくりくる。
「――予想ついてるだろうけど。巡回だ」
男が立ち去ると、するりと解ける拘束。
声の聞こえた方を振り返ればアレンが苦笑していた。
「ごめんなさい!! あたし!!」
「いいって。声かけする間もなく、急に抱きかかえたんだから当然だ」
それより、ちゃんと反応出来ていて安心したと笑う。
「警護は俺達に任せろ」
「そうよティアナ。貴女はマナだけに集中して」
あたしは二人の言葉に頷き、再び目を閉じた。
――結果、歩みは各段に速くなった。
迷ったら地面を見、木の幹を確認し。より、森として健全な方へと進む。
何度か巡回の黒服達とかち合いそうになったけれど、そこは二人の助けで事無きを得る。
周囲の事は二人に任せ、向かうべき道へと集中したお陰だった。
そうしてしばらく歩いているうちに、開けた場所に出た。
降り注ぐ太陽の光と、それを一身に浴びる草花。
自らが発光している様にも見えるその場所は、輪郭が柔らかくぼやけ、広がる。
夕日でもないのに辺りが黄金色に輝いていて、思わず息を呑んだ。
「綺麗……」
「ここ、ほんとに森の中か?」
今までの景色から一転しすぎていて、その言葉に無言で頷く。
黄金色に見えていたのは黄色や白色の花たち。
まるでふかふかのラグを敷いたように見えるが、その実態は小ぶりな花で。まるで、示し合わせたように一面を淡い黄金色に染め上げている。
吸い寄せられるように、一歩、足を踏み出す。
途端、ふわり。と、空気が通り抜け、あたしの髪を攫った。
命の息吹。
その言葉がピッタリな、温かで、優しい風だった。
「ティアナ……」
ジェシカの呼びかけにあたしは頷く。
「――うん。多分、ここ」
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