21.予期せぬ再会
アレン=ザリッツ。
学園卒業後、そのまま政府機関に乞われるまま所属を決めたヴァリュアブル。
歳は二十七歳。マティアスとは実の兄弟であり、父親代わりでもある。
マティアス曰く、「十も歳が離れているとは思えない程、思考が若い……いや、全てが若々しい兄さんだよ?」との事。その表情は苦笑気味ではあったけれど、温かさを感じる笑みだった。
そして、そんなお兄さんの肩書きは――……。
――ロデリック隊二番補佐官。
「あ……貴方、は」
息を呑むあたしにアレンは苦笑する。
黒い隊服に身を包み、頬杖をつく彼にあたしは一歩後ずさる。
「君の周りをうろつくなって、隊長に言われてるんだけどなあ」
「え。兄さん……ティアナに何かしたの?」
「おう。二度ほど接触して、こっぴどくフラれた」
ニッと笑うその眼元はマティアスに似ていて。
どうして今まで気付かなかったのだろうと、自分の迂闊さを呪う。
「顔を出してでは初めまして。かな? ティアナ=ヴォーグライト?」
わざと目以外を手で隠して見せて、ケラケラ笑うこの男。
なんと彼は、二度に渡りあたしを襲撃してきた覆面男だった。
◇◆◇◆◇◆
「いやあ、ロデリック隊がヴァリュアブルの講師になったっていうのに、俺は外されたからなあ」
「それは兄さんが悪いんでしょ?」
予期せぬ再会に、顔を引きつらせるあたしを他所に、アレンは愉快そうに笑う。
色素の薄い金色の髪はマティアスと同じで、瞳の色は深い緑。身長は腰かけている為、良く分からないが、傍にいるマティアスと見比べて小柄でない事は分かる。
「マティ。大人には大人の事情ってもんがあるんだぞ?」
「その事情ってもんを押し付けられたティアナは怯えているじゃないか」
「ティアナちゃん! 俺は怖くないぞ~やさしいぞ~」
「いくつの子を懐柔しようとしているんだよ……」
残念顔のマティアスに、満面の笑みを浮かべるアレン。
顔の造りが似ている二人――つまり、王子様容姿の二人――が、真逆の表情を作っている。
これが学園内で行われていたら、黄色い声殺到。派閥まで生まれそう。
「兄さん……頼むから、真面目にやってくれ」
「大丈夫、ティアナは分かってくれるって」
「なに? その根拠のない自信」
いつもの事だけど。とブツブツ言いながらアレンをジト目で見るマティアス。
そんな彼を見るのは初めてで、学園に居る時とはまた違う仕草。
――ああ。この感じ。
軽口を言い合える関係。
あたしとマリカ、エリオットみたいな、この気安い感じは。
羨ましい。
正直にそう思った。
「――ティアナ。俺は君に危害を加えるつもりは全くない。……信じてくれる?」
「兄は嘘だけは吐かないから。それは僕が保証する」
つい、今の今まで言い合いをしていたのに、マティアスはアレンを擁護する。
それは当然の様に。一拍の間もなく、自分を担保に出せるほどに。完全に、兄を信用しているのだと分かった。
あたしは頷き、聞きたかった事を問うた。
「どうして、あたしを誘拐しようと?」
アレンの事は信用する。
だけどこの件は曲げようのない事実で、確認なしでは進めない。
「――誘拐、じゃなくて。保護をしようとしてたんだよ」
「保護?」と首を傾げるあたしに、アレンは「そうだよ」と、返してくる。
「唯一治癒魔法を使ったリアム=ヴォーグライトの姉、ティアナ=ヴォーグライト。他のヴァリュアブルより狙われる危険性は高いからな」
「え……? でも、今までそんなに多く狙われた事は……」
「そりゃあそうさ。君にバレないよう、隊長が守ってたから……やべ。これ、内緒だった」
しまった。と、顔を顰めるアレンに、やれやれと苦笑するマティアス。
ああ、なるほど。この辺りが愛すべき……と、感心しつつ、これが重大なポロリだった事に気がつく。
「あたしをロデリックさんが守ってくれていた?」
「あー……、俺、絶対隊長にどやされる……」
「もうここまで言ったら何処までしゃべっても同じです。続きをどうぞ」
「ティアナちゃ~ん!! 君、なかなか良い性格してるね!」
「お褒めにあずかり光栄です」
アレンは「褒めてねーよ」と言いながらも、楽しそうにしている。
「まあ、俺も細かい事は知らないんだが。ティアナのお袋さんから子供達の事を頼まれているって言っていたな」
「お母さんから……?」
「ああ。隊長とお袋さんは旧知の仲らしく、付き合いも長かったと聞いている」
知らなかった。
そんな話は聞いた事がない。
つまり、隠していた? どうして?
仲睦まじい両親。
お互い一目惚れだったと照れたように微笑みあっていた二人。
お父さん。
お父さんはこの件を知っていたのだろうか。
もし、知らなかったのなら……
想像した内容に嫌悪し、首を振る。
「ちなみに。二人が恋仲だったって事だけは絶対ないと言っていた。――多分、君にそういう事を一瞬でも疑われるのが嫌だったんだろうな」
まるで下世話な想像を覗かれたような言葉に、あたしは顔が熱くなるのが分かった。
「まあ、疑われやすい内容ではある。っていうのは事実だよな~」
「……何の心構えもない時に言われたら。たしかに」
「マティもそう思うか。でも、安心してティアナ。隊長は堅物だし、そういう色のある話は全くないから」
あたしは首を縦に振った。
疑う事も信じる事も両方出来るから、あたしは信じる方を選ぶ。
アレンが「いい子だね」と笑う。
「――他に、何か聞きたい事ある?」
「いいえ。今はないです」
「そう。じゃあ、本題を聞こうか?」
いよいよだ。
そう思ったあたしは、ゴクリと唾を飲み込む。
いくらマティアスのお兄さんだと言っても、彼は政府の人間。
自分に協力してくれるかどうかは分からない。それどころか、あたしの想像出来ない事が起こる可能性だって十分に有り得る。
だけど。
相談しないなんて選択は、ない。
「あたしを『ファーブル』へ送り出して欲しいんです」
アレンが目を見開いた。
何故、あたしがファーブルの存在を知っているのかと雄弁に語るその顔は、次第にマティアスの方へと向き直る。
「――マティ、お前」
「ごめん、兄さん」
「内緒だぞと、言ったはずだが?」
「うん。でも僕は、ティアナを応援するって決めたんだ」
謝罪をするものの、後悔の色を見せないマティアスにアレンは溜息をつきながら首を振る。
「まあ、最初に話した俺が悪い。って事か」
「兄さんも僕も。両方とも悪いかな」
「そこは『しゃべった僕が悪いんだ』じゃないのか?」
「機密をしゃべる事はいけないと思うよ? 約束を破った僕ももちろん悪いけど」
アレンは頭を掻きながら苦笑する。
「どっちがどれだけ悪いかなんて、比べても意味ないか」
呟いた後、彼はあたしの名を呼んだ。
「――どうして、ファーブルへ行きたいんだ?」
協力を頼む以上、隠し事はすべきではない――。
そう思ったあたしは、殆どの事を伝えた。
エリオットの事、彼に攻撃を仕掛けてきたガーディーの事、それらからあたし達を救ってくれたジェシカさんとロデリックさんの事も。
唯一、あたしがファーブルへ行く事とは関わりがない、『アリス』の話は省略したが、問題はないだろう。
「あの本を参考にしているなら知っていると思うけど、俺達のいる国『アコット』と隣国『ファーブル』への行き来は基本的に不可能だ」
「でも、エリオットやガーディーはやって来て、そして、帰って行ったわ」
「ティアナはさらりと言うけど。それってかなりすごい事なんだ」
魔法先進国ファーブル。
彼らの力を持ってしても国を越える者はいない――……そう書かれていたけれど。
「『時間の問題』って」
「まあ、あっちの方が圧倒的に発展しているからな……」
エリオットもマナについて詳しかった。
むしろこちらで知られていない事も沢山知っていたと思う。
「そんな国に、君一人で乗り込むっていうの?」
コクリと頷く。
「ファーブルがどんな国なのか、全く分からない。こちらが把握しているのは『魔法先進国』という事だけなんだよ?」
諭す様に説明してくるアレンに首を振り「どうしても、リオに会いたいの」と伝える。
会いたい。
そう、根幹部分はそれだけ。
「はあ。――やっぱ、俺には無理だわ」
「え?」
「うん。正直、俺単独では無理」
軽く、無理だというアレンに落胆したのが分かる。
膨らんだ風船が萎むように。気持ちが小さくなって行き、あたしは下を向く。
そんなあたしにアレンは慌てた様に言葉を続けた。
「そんなにがっかりするなよ。『単独では無理』って言っただけだから」
意味が分からず首を傾げたあたしに、アレンはニッと笑う。
そして、マティアスと同じ事を言った。
「ここは協力者を増やそう?」
キィと音が聞こえた。
扉が開く様な音に振り向くのは当然で。
その通りに振り返ったあたしは目を見開く。
「呼ぶの遅いんだから!!」
「怒る程でもないだろう、ジェシカ」
プンプン怒るジェシカと、冷静な口調のロデリック。
予期せぬ再会は、二段構えだった。
お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)




