16.掴み取る
あの日から一週間。
あたしはある訓練を始めていた。
「まずは自分の周りにあるマナを感じ取るんだ」
マナの量を増やせば、マリカは目覚める。
そう断言したエリオットに師事を仰ぎ、その第一歩であるマナを感じる訓練をしている。
「マナは様々だ。円だったり、四角だったり。冷たくて、熱くて。匂いがついているものもあるし、光を放っている物もある。それらが、至るところに漂っている」
目に見えない、マナを感じる訓練。
師匠であるエリオットも現在マナを感じる事が出来ず、訓練の方向性も手探り状態であったが、一日も欠かす事無く行っている。
今まで、さほど真剣に取り組む事の無かった魔法学。
あたしがこんなにも一生懸命だと知ったら、マリカはどんな顔をするだろう?
力を得る事が、怖かった。
またリアムやマリカ――大事な人から、引き離されるのではないかと。
強くなる前から、強くなってしまった後の事ばかり考えて。
不確定な未来に怯え、逃げ出して。そうしてマリカを失った。
力をつけて、引き離されてしまうかもしれない未来。
無力で、このままマリカが目覚めない未来。
どちらも受け入れがたい事で、本来ならどちらも選びたくはない。
少し前みたいに難しい事は考えず、笑いながら学園に通っていたい。
けれども現実は、時の流れと共にどれかを選ばされてしまっている。
だったら。それだったら。
あたしは自分の手を伸ばして掴みたい。
垣間見える未来を恐れず、自身の望む未来を。
今この瞬間も。
「――ティア、そろそろ休憩するか?」
「ううん。まだ、大丈夫」
マナは見えない。
それでも魔法は存在し、その素であるマナも存在するのは事実。
だから、あたしは諦めない。
◇◆◇◆◇◆
マナを感じ取る訓練をする傍ら、あたしは今までの態度を改めた。
やる気のないまま受けていた講義や自己防衛プログラム。強くなろうとしなかった特別講習。これらすべてを真面目に取り組んだ。
その変化を喜んでくれたのはジェシカ。
彼女は「いいね」と、満面の笑みを浮かべ褒めてくれる。
そしてもう一つ。
「――ティアナ=ウォーグライトです」
そこは白い研究室。
あれほど嫌悪していた政府管轄の研究室に、あたしは在籍する事にしたのだ。
所属を決めた理由は二つ。
ひとつは、マリカとリアムの回復の為。
二つ目は『アリス』の情報の為。
マティアスから教えてもらった『アリス』の話。
この件をエリオットに伝えたら、彼はすごく興味を持ってくれて、「是非、その政府管轄の本を見てみたい」と言った。
本を閲覧できる可能性を聞いていたあたしは、その足でマティアスに相談し、政府に所属する旨を伝える。
遂に、役に立てる時が来たのだ。
エリオットにはいつも助けてもらってばかりだから、その事実が嬉しかった。
すべてが順調。とはいえないけれど。
自分の行動に今までにない充足感を覚えつつ、あたしは今日もエリオットとの待ち合わせ場所へと走る。
「お待たせーっ! ……って、いない?」
勢い良く扉を開け室内へと入るが、人の気がない。
元々、長すぎる授業後に図書館へ通う生徒はかなり少なかったが、エリオットすらいないなんて珍しい。
「――ティアナ?」
名を呼ばれ振り返れば、そこにはマティアスが居た。
彼にエリオットの事を尋ねてみれば、さっきすれ違ったと言う。
「何か、すごく焦ったような表情で走って行ったけど……」
だからマティアスはあたしがここにいた事を驚いたようだった。
「エリオット君はティアナの騎士なんだろ? だからてっきり、君を追いかけて行ったのかと」
不思議がるマティアスにお礼を言い、ニコリと笑って見せる。
とにかくエリオットを追いかけよう。
そう思って踵を返そうとしたあたしを、マティアスが引き止めた。
「ティアナ、最近熱心だね」
「あたしだって頑張る時は頑張るわよ」
「いい事だと思うよ」
「そう。引き続き頑張るわ」
マティアスはニコリと笑い「成果があったら教えてね」と言う。
彼が何の成果を求めているのかは分からなかったけれど、あたしは「ええ」とだけ答えてその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆
マティアスには言わなかったけれど。
すでに成果はあった。
「ええっと、この角を左……そして、二つ目の角を右」
マナの痕跡を追う。
微かに残るエリオットのマナを肌で感じ、流れる向きから進行方向を特定してゆく。
エリオット曰く、これは『命』を支えるマナで、人一人ずつ、色も形も匂いも大きさもすべて違うらしい。あたしにはまだぼんやりとしか見えないし、エリオット以外の人のマナは見えないけれど、集中さえすれば彼が何処に居るのか分かるようになっていた。
(まるで、犬になったみたい)
そんな自分に苦笑しつつ、しばらく歩きまわっていると、濃くエリオットのマナを感じ取った。
あの角を右に曲がれば――……!
「リオー?」
「――っ!? 来るな!! ティアっ!!」
眼前に広がるのはぽっかりと開けた巨大な広場。
中央にシンボルである噴水を据えたこの場所は、夕方と休日に店が出るお祭り広場で、この時間帯ならいつも多くの人で賑わっている。――……ハズ、なのに。
広場の中心にはエリオット一人。
その彼の表情は、強張っていた。
「――おっと、これはお姫様の登場だね」
涼しげで、それでいて皮肉めいた口調。
聞いた事の無いその声は頭上から聞こえてきた。
……頭上?
ここには登れるような木も、何もないのに……?
そう思いながらも上を見て、あたしは目を見開く。
「――飛んで、る?」
「浮遊魔法だ!! あいつ、さっきから魔法を連発しやがる!!」
魔法。連発。
なに、それ。
意味が分からず、頭上を凝視する。
黒いマントを靡かせ、何もない場所で止まり続ける姿に理解が追いつかない。
意味、分かんない。どうして、浮いているの?
相手がこちらを向いた。
頭からすっぽり被ったフード。隙間から僅かに見える短い髪。
顔の半分以上がフードの影になり、見えるのは口元だけ。
その薄い唇の端が、つり上がって行く。
それはとてもゆっくりに見えて。あたしはその姿から目が離せない。
『――摘み取れ。自由を望む影は、主を殺す』
まるで、呪いの様な。
気味の悪い言葉が、紡がれた。
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