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12.追憶

  




 

 ――その力は、望まぬとも身の内にあった。

 

 子供が生まれれば村中を上げてお祝いをするような片田舎。

 王都から遠く離れたその場所で生まれた俺は、村中の大人たちに見守られながら育つ。


 火の起こし方。

 井戸の水汲み。

 野菜の切り方。

 

 両親を流行病で亡くしていた俺に、皆は親切だった。

 同時に、甘えてばかりではいけないと、同年代の誰よりも早く魔法を使いこなす必要があった。


 幼少時代には何の疑問も抱かなかった力。

 情報の少ない片田舎という場所の影響もあったのかもしれない。


 そうして迎える祭事。

 七つになると王から祝福を受ける。というある種の定例儀式の為、俺は王都へと向かう。


 自身の常識を覆す景色。

 すでに生活の基盤すら違う王都の華やかさに圧倒されつつも、祝福を受ける順番を待つ。


 この時、初めて王と会う。


 身から溢れんばかりのマナを有し、最後の賢王と呼ばれていたあのお方に。

 そして俺自身が、他人とは根本的にマナの使い方が違う。という事実を知る事となる。


 後に俺は王に仕える事となり、『王の(ハヤブサ)』という二つ名が付いた。


 王の『速い翼』である俺が、いち早く問題を見つけ、王はその力を持って解決する。


 巨大な力を持ちながらも慢心する事無く、皆に対して献身的に振る舞う王。

 自国の王はこれほどまでに素晴らしいお人なのだと、自分も二つ名に恥じぬよう努力した日々。


 その中で、俺はある事に気がついた。


 皆に囲まれ穏やかに微笑む王。

 その瞳の奥にはいつも寂しさがあった事に。



◇◆◇◆◇◆◇



「――お呼びになりましたか、我が王」

「ああ。来たか。急に呼び立てて悪かったな」



 柔らかな、人を安心させる笑顔を浮かべながら、王は俺の元へと歩み寄って来る。



「先日の地盤の件だが、お前の見立て通り土に含まれるマナの偏りが原因だった。春の種まきも近い事だし、改良を施しておいたから」

「王……。それは私の仕事ですよ?」

「いいじゃないか、丁度、視察先の傍だったんだ」

「そういう問題じゃありません」

「懸案事項があると聞いていて、すぐ傍に自分が居る――……見に行くのは当然じゃないか」



 例えそれが隣であったとしても、知らんぷりする奴はごまんといるのに、我が王は当然の事と言って、予定にない仕事をこなす。


 予想できた事。とはいえ、このお方はいつも働きすぎだ。



「……ちゃんと、休んでおられますか?」

「はははは……お前は、俺の母様か?」

「違いますけど。でも、ちゃんと休憩時間は休憩に当てて下さい」

「今も昔も体力には自信があるんだ」



 トン、と自分の胸を叩き、微笑む王。

 金髪碧眼という美形の代名詞のような容姿を持ち、権力、力をも併せ持つ偉大な王は、気安さも兼ね備えていた。



「ああ、それでな。村人達が今度わたしとお前にごちそうを作ってくれるってさ。あそこのイモは国一番だから、イモ好きとしては堪らんな」

「庶民食のイモを喜んで食べる王様なんて、貴方様ぐらいですよ」

美味(うま)いものを美味いと言って何が悪い? お前だって好きなくせに」

「私は庶民なんでいいんですよ」

「はっ! 『王の隼』なんて呼ばれている奴が庶民なんて言ったら、辺りの貴族はハンカチを噛みしめる思いだろうな」

「生地屋がもうかりますかね」

「おうよ! 大繁盛だ!」



 こうやって話をしていると、王と臣下というより、友人に近かった。


 思えば、王は変わらない。

 初めて会った幼い頃からこんな調子であった為、この人好きする偉大なる王を父の様に慕っていた時期もあった。……が、それも時を経て、『慕う』という表現はそのままで、徐々にその内訳は『親しみ』が多くなったように思え。そうして現在。気の置けない友人の様なやり取りができる関係になった。


 友人と思えば、臣下という立場からは言いにくい事も進言出来るし、こんな軽口も言い合える。

 これは俺の望む理想的な間柄と言えるだろう。

 だからこそ、この父の様に……という(くだり)は一生口にはしない。絶対からかわれてしまうからな。



 しばらくの間、イモ談議に花を咲かせ、ゆったりとした午後を過ごしていると、ふと、王が呟いた。



「……なあ、お前は自分の力をどう思う?」

「どう、と申されますと?」

「『底なしの様にある力』と、『存在するマナを自由に扱える力』。ある意味、『人とは違う力』を持つ者同士、何を考えているのかな? と。そう、思っただけ」

「なんと、安気な……」

「議題に出して論じれば、学者はさぞ喜ぶだろうなぁ」

「ご冗談を」



 はははと、笑う王は遠くの空を見つめていた。

 そこに何を見ているのか正しく理解出来た俺は、そっと目を伏せる。



「わたしはなあ……。底なしにある力なんて望んじゃいない。『最後の賢王』などと呼ばれ、その実は自身の欲の代償なのだと、その現実を見続ける今が辛い」



 言葉を返せない俺に、王は続ける。



「禁忌を犯したあげく、妻には先立たれ、愛する娘は行方知れず。ただ悪戯に伸びてしまった寿命を、失意のまま過ごしている……」



 空を見上げる王は深い悲しみに囚われていた。

 普段見せる明るく陽だまりのような瞳は、晴れない雲の下に隠れ、輝きを失っている。


 悔やみきれぬ過去の行動。

 歪んだ世界は王から愛する者を奪い、得られた命は永遠に解き放たれる事無く。心は後悔と懺悔に苛まれ続けている。


 ――王を解放したい。


 そう思った次の瞬間には片膝をついていた。



「我が王。私に暫しの猶予をお与えください――……必ずや、貴方様の憂いを晴らして見せます」



 勝算など考えていなかった。

 果たせるかどうか分からない事を口にするなんて、騎士として失格。――いや、騎士どころか、人としてもしてはいけない事なのだと思う。

 それでも気付けば思いを口にしていて、決意は石の様に硬くなっていた。


 これは軽口ではない。


 自分の全てをかけて、約束を果たす。

 先の見えない事に挑む恐怖も、失うかもしれない信頼も、全てを覚悟して。


 この優しき王を、もう、置き去りになど出来ない。



「――わたしは幸せ者だな」



 面を上げよと言われ、顔を上げる。

 柔らかい日差しを背に、黄金色の髪が煌めき。口角を上げる王の瞳には、柔らかな陽だまりが戻り始めていた。



「じゃ、リオは長期休暇ってことで!」

「休暇、ですか?」

「そ。休暇! 好きなだけ休んでいいぞ!」



 「なんか、左遷(させん)されるみたいです」と、苦笑すれば、「じゃあわたしは隠居老人だな」と、笑う。

 いつもならこの自虐的な言葉にどう対応すべきか迷うところだが、今日はニッコリ笑ってみせる。



「――私が戻るまで、ちゃんと庭の世話をしていて下さいね」

「土いじりだけが趣味だからな」



 王は王妃が愛した庭を誰にも触らせない。

 自分だけがその庭に入り、土を見て、雑草を抜き、花の香りを楽しむ。



「庭の香りが染みついていれば、妻もわたしを見つけてくれるかもしれないしな」



 尽きぬ寿命の中、それだけを支えに。

 王は生きている。








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