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11.戸惑う標(しるべ)

  





 強い力なんてロクでもない。

 そう気付いたのは弟のリアムを連れていかれて、しばらく経った頃。


 瀕死の重傷を負っていたあたしを治療した弟は、あたしの意識が戻るのと入れ替わるように、そのまま深い眠りについた。膨大なマナを使った事による影響だと、政府の人が言っていたのを覚えている。


 『治癒』という魔法は未だ誰も使った事がない。

 そんな極めて珍しい魔法を使った弟は、政府の管理下に置かれる事となる。



 ――何を話しているのだろう? 


 ガラス張りの、部屋の中。

 白い衣に身を包んだ学者達が彼を取り囲み、毎日何かを囁き合っている。


 声は聞こえない。物音も聞こえない。

 

 弟はただ眠っているだけなのに。ちょっと疲れて、長く眠っているだけなのに。

 内緒話ならリアムのいない部屋ですればいい。あの人達がいるせいで弟の寝息も聞こえない。



 研究を深め、出来る事を増やす事。

 他の人が行うそれを否定する気はない。

 いろいろ出来る事が増えるのは素敵だと思うし、皆が望んでいる事なら尚良い事だと思う。


 しかし一方で、たった一人きりの肉親と引き離されている姉弟の気持ちはどうすればいいの?


 皆を救える力があるのなら、喜んで協力すべき。


 そんな崇高な考え方の出来る人間ならもっと楽だった。


 お互いの寂しい気持ちを少しでも癒そうと毎日通う一室。

 弟は今日も安らかに眠っている。季節の変わり目にはよく風邪をひいていた弟は、何度季節を越えても戻ってはこない。風邪を引いた時うるさかった寝息は、今日も聞こえない。


 ただ様子を見に行く事しかできないあたしは無力だ。

 あんなに寂しがりだった弟の、手を握る事さえ叶わない。


 彼の手を握る力が欲しい。

 でも、強い力があったばかりに、こうして引き離されてしまったあたし達。

 今は力がないからこそ、これ以上引き離されずに済んでいる。


 無力さを嘆きながらも、力を得る事を恐れている。


 矛盾している。


 だけどあたしはどうする事も出来ず立ち(すく)む。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「今日も特別講習……嫌すぎる」

「諦めなさい。自分を守る為だもの」


 お昼時。

 暑さも少し落ち着き、木陰が過ごしやすくなった頃。続いていた図書館通いは一時休憩に入っていた。


 仮定した事が外れているのか、『アリス』探しは難航。

 見逃した可能性も捨てきれないが、違う方向から攻めようという話になり、現在その方向性を模索している。

 エリオットはなにやら難しい本を数冊借りて帰り、あたしとマリカはいつも通り学園へと通っている。


 お昼が終わればマリカとは別行動の特別講習。

 実技は相変わらず厳しさを増し、座学講習は初回より何とも言えない怪しさが増しており……というより、政府の方針に賛同、協力してほしいという意図がチラホラ見え始めていた。



「マリカ……強い事って、良い事なのかな」

「なによ、突然」

「いや、この講習はさ、強くなる為じゃない? それってさ、家族や友達との時間を潰してまでしなきゃいけない事なのかなって……」



 以前から思っていた事。

 あたし達は学園に通わない。という選択をする事が出来る。


 自由に。自分の好きな事を。


 それを選べば、期限付きではあるが本当に好き勝手出来る。


 家族で過ごすもよし。

 一生分を遊ぶもよし。

 自分の好きな事だけをするのもよし。


 まあ、その後は政府管轄に入る事が必須ではあるけれど、それはそれで悪くはないと思う。



「……まあ、そういう考えもあるわよね」

「そうだよね! やっぱそう思うよね!」



 息巻くあたしに、マリカは「でも」と続ける。



「自由を選ぶにしろ、選べる自由の幅を広げるのは悪い事じゃないわ」

「幅?」

「そう。知らなければ、選ぶことさえできない。「知っていて、選ばない」のと「知らなくて、選べない」では、全く意味が違うわ」

「……うん。言っている事は、分かる」

「それを踏まえた上で、その強いっていう意味が、広義で出来る事が多いって事なら、あたしは良い事だと思う」



 やっぱりマリカだな。と思った。


 彼女は選んでいる。ただ迷って、流されるままに選んでしまったあたしとは違う。



「やっぱりそうだよねー……でも」

「でも?」



 出来るからこそ、失ってしまう道もあるんじゃない?

 そう言いかけて、あたしは口を(つぐ)んだ。


 マリカは自分の弟妹を守るため、強さを選んだ。

 強くなって二人を守って、そして幸せに暮らす為に。


 間違ってない。マリカの選んだ道は間違っていない。だから。


 こんな、彼女を惑わせるような事を言うべきではない。



「――でも、訓練辛いなあ……って」

「はぁ。結局そこへ行き着くわけね」



 困った子ねぇ……と言いたそうに苦笑したマリカは、あたしの頭をぽんぽんと撫でる。

 それはちょっと恥ずかしいけれど、心地よく。あたしはマリカに甘える。


 そんな彼女は、言葉を続ける。



「――どの道を選んだとしても、それはただの通過点。最後に笑う事が出来れば、通ってきた道を上手く昇華出来たって事だと思うわ。――例えその道を、他の誰もが選ばなかったとしても、ね?」



 言い切ったマリカは、ニコリと女神の様に微笑んだ。


 考えに考え抜いた、彼女の答え。

 それはあたしの迷いに対する道しるべでもあり、沢山あるだろう見えない選択の一つだった。


 言葉にしなくても、あたしの迷いが伝わっている。

 やっぱりマリカには、敵わない。



◇◆◇◆◇◆



 特別講習は最悪だった。


 実技の対戦相手がなんとマティアス=ザリッツで、他のどの生徒より注目を集めてしまう事となる。

 羨ましいと噂する女子。是非交代しよう。あたしは彼が苦手なんだ。


 訓練用のサーベルを使った模擬戦。

 首から上は狙わず、刃が当たれば瞬時に色を染める衣を纏い、勝敗を決める。



「……この模擬戦、もう少し考えた方が良いと思う」

「どうぞ、遠慮なく」



 王子は女性に優しいと相場が決まっている。

 マティアスももれなく、そうなのだろう。


 それでも手加減なんかされたら、女子の、いたーい視線を一人占め。嫉妬の炎で焼き尽くされてしまう。まあ、代わりにあたしがあっさり負けるのは問題ない。だって、弱いし。


 開始の合図で、お互い間合いを取る。

 早く仕掛けてこないかな。あたしは早く訓練を終えたい。


 誘いこむように、少しだけ隙を作ってみる。すると、すぐさまマティアスが踏みこんで来たので、よし来たとばかりに身かわす。


 そう、ギリギリ当たればいいと思いながら。


 ――なのに希望は叶わず、あたしは綺麗にサーベルをかわしていた。



(あ、あれ??)



 動き出したらもう止まれない。

 続く剣戟(けんげき)をかわしながら、後退するようにステップを踏む。


 どうしてかわせてしまったのか分からない。

 マティアスが手加減した? いや、彼はそういう事はしないはず。


 途切れ途切れになる考えをまとめつつ、上手く当たらないかなあと願う。 

 そうしてから、はたと気がついた。


 どうしてあたし、考える暇なんてあるの――?


 気付けば横っ腹に鈍痛。

 マティアスの一撃が腹部を掠めていた。



「勝負あり!! 勝者、マティアス!!」



 歓声が上がる。

 ああ。終わった。良かった……。


 勝ったマティアスは、何故か複雑そうな表情を浮かべていたが、あたしは対戦後の礼を取り、すぐさまその場を立ち去った。


 額を手の甲で拭う。

 さらりとした感触。模擬戦で汗一つかかなかったのは初めてかもしれない。



 実技館から出ると、ジェシカがいた。

 普段の明るい雰囲気はなりを潜め、不機嫌を露わにしている彼女は、静かにこちらを見据えていた。



「ティアナ」



 彼女はあたしの名を呼ぶと、その可愛らしい目を吊り上げ「あんな模擬戦、お互いの足しにならない」と言い捨てた。


 手を抜いたと思われたのだ。

 そういうつもりはなくて、ただ早く終わらせたくて。


 誤解だと、心の中で言い訳しながらも。

 あたしは次の模擬戦でも同じようにかわすのだと分かっていた。


 立ち去る彼女の後姿を見ていたら、今度はマリカがやって来る。

 マリカはあたしの頬っぺたを思いっきり抓り、「バカ」と言った。

 きっとエリオットがこの場に居たなら「なにをやってるんだ」と、呆れられるのかもしれない。


 自分の行動は三人にとって、不真面目に映るのだろう。

 当然だ。模擬戦になど勝ちたくないし、訓練すら受けたくない。あたしはそう思っている。


 その一方で、ニッコリ笑って、努力を認めてもらって。強くなってゆく事を褒めてもらう。

 本当は、そうした方がいいのではと、心のどこかで思っていると知っている。



(それでも、あたしは――……)



 『力』というモノを。まだ、恐れていた。







 

お読みいただきまして、ありがとうございました!(*^_^*)


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