1.出会いは強風とともに
新連載です!
よろしくお願いします(*^_^*)
――花は、枯れてしまうから美しい。
ツヤを失い、萎びて地に落ちる瞬間があるからこそ、瑞々しく鮮やかに咲くその姿を美しいと感じるのだと、誰かが言っていた。
その時のわたしは幼く、「ずっと咲いていた方がいい」と、反論した事を覚えている。
後に、わたしは体験する。
身を引き裂かれるような悲しさに、歯を食いしばって耐えた夜も、温かな陽だまりの様な君を抱きしめ、幸せで身体中が満たされた夜も。
辛く、悲しい時を知っているからこそ、喜びと、幸せをこの身に感じる事が出来るのだと。
幼き頃、理解できなかったその意味を、わたしは正しく理解していた。
――……その、はずなのに。
己の愛でる花が枯れ落ちようとしている時、わたしはその理を捻じ曲げる。
いかないでくれ。
もっとわたしの傍に――……
訪れた世界では、何もかもが満たされ。故に己が満たされている事にも気付かない。
永遠など、願ってはいなかった。
――ただ愛する陽だまりと。
もう少し、共に過ごしたかっただけ。
◇◆◇◆◇◆
あたし、ティアナ=ヴォーグライトはよく物を拾う。
忽然と現れるそれらは、ロール状に巻かれた布地であったり、果物だったり。後は花とか、瓶に入った飲み物。この間なんて、金貨の入った麻袋っていうのもあった。
落し物は詰所へ。
それが常識であるあたしはご近所様の懐疑的な視線を受けつつ、布も果物も花も瓶も金貨もすべて詰所へ届けた。
それらが習慣になって数カ月。最近では食べ物とお花は自宅に残す事にしている。
理由は詰所にいた警邏隊員さんからの一言。
「なんだか供物みたいだな」
たしかに。
うちには五年前に亡くなった両親がいる。
友好関係はそこそこの広さだった両親には、時折お参りをしたいと旧友らしき人が来ていた事を覚えている。ただそれも年を追うごとに減り、それが両親を忘れたからではないと分かっているあたしは、訪れが減る事に寂しさを感じつつも、ある意味納得していた。
そんな時、お供え物の様に置かれ始めた品物達。
――まだ両親を知っている人がいる。
それは驚きでもあり、喜びでもあった。
直接訪れてくれれば良いのにと思いながらも、果物と飲み物、そして花はお供えする事にした。
食べ物は数日で傷んでしまったが、花は驚くほど長持ちした。
まるでお日様の下でのびのびと育っているように、何日も何日もその美しさを保つ。
朝起きて花が元気をなくしていても、あたしは残念がらなかった。そう、初回以来。
だって玄関を開ければ、また花が置いてあると知っているから。
これは魔法だ。
両親を悼む人がかけた追悼の魔法なのだと。
生涯に一度しか使えない力を両親の為に使ってくれたのだと思えば、その人に会ってお礼を言いたかった。
だからその日も、心のどこかで落し物を待っていたのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆
疲れて、ドロドロになって。帰宅したあたしの目に飛び込んできたのは銀色だった。
自宅の庭先から玄関にかけて一直線に伸びていたそれは、一枚の光沢のある布。
夕日に当たっている部分は薄く朱を写し取り、影になる部分は黒い闇を乗せている。それ以外の部分は光に近い銀色で、陽に照らされる川のようにも見えた。
「これが今日の落とし物……?」
布地はいつもロールのままなのに。
そんな何の参考にもならない事を思い浮かべながら、あたしは玄関へと歩いた。
ほぼ長方形に広がるその布は、人の体をニ回転程巻けるぐらいで、仮にあたしが巻かれたらキャンディーみたいに両端をねじれそうな長さ。生地は厚手のようにも見え、でもタオルとかにはならなさそうで。一体どういう用途で作られたのか首を傾げる。
と、そこであたしは足を止めた。
布の、丁度階段に差しかかっている辺りが不自然に盛り上がっていたからだ。
果物、飲み物、お花、金貨。
今までの落し物とは比べ物にならない大きさのものが、この下にある――
それはいくら落し物に慣れたあたしでも一歩引くには十分だった。
「……ちょっとやめてよぉ……」
この布を越えねば家には入れない。
そう分かってはいるものの、布を捲ってみる勇気はなかった。
いっそ風でも吹いて布が飛んで行けばいいのにと思うが、残念ながら今は無風。
空の様子を見ても、ここから布を飛ばすほどの強風は期待できない。
「むぅ……。もうちょっと普通に落ちていればいいのに……」
落し物に状態指定は酷だろう。
だけど訳の分からないモノをその下に隠し、綺麗に畳み直してから詰所へ持っていかねばならないあたしにはささやかな愚痴ぐらい許してもらいたい。
だってそうでしょう?
このあっつい中、それは重労働そのものなのだから。
あたしは子供のように頬を膨らませ、横目で布を見る。
――途端。
もぞり。と、膨らみが動いた。
「え、え?? 何? 何なの?」
もぞり。もぞり。
これが小さかったら、絶対虫だと言い切れる動きは、弱々しく、這うように進む。
それは奇しくも布の端を目指しており、運悪く、その端はあたしのいる方だった。
(ちょっと待って―!!!)
未知との遭遇に腰を抜かしそうになりながらも、慌てて距離を取る。
汗だくで、あんなに嫌だった自己防衛プログラムが自宅前で役立つとは、今この瞬間まで思いもしなかった。
「あ、あたしは強いわよ……! この間だって、巨漢三人をブッ倒してるんだから!!」
威嚇を込めて言い放つ。
恐怖に心を支配されている事を悟られない様、語気は強く、凄味を効かせる。
しかし謎の物体は這う速度を変えず、気持ちは焦るばかり。
「……っ! 泣いたって、許さないんだから! いざって時は魔法が――」
『袖を振れ、鮮やかに舞え。そなたの舞いは悪しきものを吹き飛ばす!!』
凛とした力強い声。
同時に風が頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、髪が煽られる。
身体がブワッと気圧された。
大きく撓る木々。
白く濁った風の渦。
目を閉じてしまう直前の景色が脳裏に焼きつく。
(う、そ……!!)
混乱する頭の中に不吉な未来が走り抜ける。
待って、そんな。すぐ、あたしも。
魔法を使うから――
だけど現実には足りないモノが多すぎて、あたしの魔法は発動しない。
髪がストンと落ちてくる。
嵐が収まったのだと、ホッと胸を撫で下ろし、思考が現状に追い付こうと動き出す。
とてつもなく長い間煽られていたのか、一時だったのか。
そんな事を自身に問いながら薄く眼を開き。見えた景色に息を呑む。
一体、何が。
ぺたり。と、その場に座り込む。
強風で吹き飛ばされると思った身体は全く動いてはおらず。
なぎ倒されると思った木も、家も、何事も無かった様にそこにある。
――全て幻だ。
そういわれれば納得してしまう出来事を、ふわりと舞った白銀の布が現実だと知らせる。
ゆっくりと布が落ちてくる。
それを追う様に視線を下げてゆき――……そこで初めて、布の下にあったモノに気が付く。
「――どうやらお前は敵じゃないようだな」
手を伸ばし、白銀の布を身体へとかける。
青みがかった緑色の服に黄金色の帯が眩しく。それは王族の正装にも、騎士の隊服にも見え。
纏った白銀の布が、初めてマントだったのだと分かる。
ただ。
それでも疑問点はあり――
「ねえ、こんなとこで何してるの――……」
――……僕?
思わず呟いた言葉に、少年は目を見開いた。
お読みいただきましてありがとうございました!!