変態と呼ばれた男
六畳一間の一室で、二人の男が何やら話をしている。
「俺、プリンに欲情してしまうんだ」
重々しく口を開いた男の顔を、その友人は無表情で見返す。
「何言ってんだお前」
「プリンがエロくて仕方がないんだ」
「…念の為確認するけど、プリンってあの食べ物のこと?」
無論、といった面持ちで男が頷くのを見て、友人は反対に首をかしげる。
「ごめん。よくわからない」
「プリンに対していやらしい気持ちになってしまうんだよ」
あくまでも真っ直ぐな瞳で言い切る男に、友人はなおも首を捻ったままだ。
疑問符を顔面に貼り付けたままの彼を見て、男は一瞬思案してから再び口を開いた。
「まず、黄色いだろ」
「うん」
「ぷるんぷるんしてて」
「してるな」
「カラメルがついてて。あの黒い甘いやつね」
「カラメルは知ってる」
「ふわふわしてるのもあるし」
「あ、そっちもアリなんだ」
男はしたり顔を決め、あぐらの両膝に手を置いた。
「……な?そういうことだよ」
「ごめん。よくわからない」
会心の説明が不発に終わり、男はがっくりとうな垂れる。
手狭なワンルームに気まずい沈黙が流れた。
友人は付き合いが良く、逆に男に訊いてみることにした。
「たとえば、牛乳プリンとかあるじゃん。アレはどうなの」
「まあまあエロい」
「寒天とかゼリーは?」
「エロくない」
「じゃあ茶碗蒸し」
「いけない気持ちにならないよう理性で押しとどめる」
男のコメントを聞いた友人は、初めて何かに納得した面持ちで「ああ塩味だからか」と呟いた。
「何となくラインが見えてきた気がするわ」
「理解してくれるのか?」
「ごめん。理解はできない」
男は再びうな垂れ、沈黙空間が再来。
「ここまで聞いておいてなんだけど、お前それ本当なのかよ」
「本当だよ!なんだよお前疑ってるのか!?」
声を荒げいきり立つ男に謝罪しながら、両肩を押さえなだめる友人。
興奮冷めやらぬ様子の男に対し出方を図りかねるも、やがて閃いたとばかりに膝を打った。
「じゃあさ、実際に今からプリン食ってみてくれよ。ちょうど冷蔵庫にあるからさ」
友人の提案に、男は目に見えてうろたえる。
「ええ!?今ここで!?」
「うん」
「お前のプリンを!?」
「俺の体の一部みたいな言い方やめてくれる?」
「まだ昼間だぜ!?」
「いいから食ってみろって!実際見てみなきゃ想像つかないんだよ!」
痺れを切らし、今度は友人が声を荒げる。
押し負けて渋々了承する男のもとに、小皿に乗ったコンビニの100円プリンが運ばれてきた。
「はい、じゃあ始めて」
「……いただきます」
とある休日の昼下がり。
快晴の空の下とは全く関係ない六畳一間。
プリンを食す男が一人。
それを見守る男が一人。
*
小皿にはプラ容器でパッケージされたプリンが載せられている。
男は優しい手つきで容器を支え、上面の蓋をゆっくりとめくり始めた。
そして、中ほどまで開けた所で一旦手を止める。
ため息をつきながら、蓋をはがした容器のふちを人差し指でなぞる。
少しはがしてはなぞり、またはがして、なぞり。
やがてプリンの蓋は全て剥ぎ取られ、淡い黄色の地肌が露わになった。
男はいそいそと透明プラスプーンを袋から取り出す。
スプーンの背で円を描くようにプリンの表面を撫で始める男。
目つきはうっとりとして、いかにもムーディーだ。
ひと撫でごとに気持ちが高まってくるのか、時折深い吐息が漏れる。
脇で友人の男が見守る中、容器の天地を返し小皿にあてがう。
「見られてて恥ずかしい?」
優しい声をかけながら底面の突起を折り取ると、容器から離れたプリンが自重で少々つぶれたような形になった。
ひっくり返された薄いカラメルの層に、蛍光灯の明かりがぬらぬらと照り返す。
スプーンをプリンの地肌に対して垂直に立て、褐色の層を一筋削り取る。
淡い黄色の本体が波打つように揺れた。
カラメルをひと舐めすると、男の口内に甘い香りと味が広がった。
こんなに安価なのに、それは紛れも無く洋菓子だ。
男の気持ちが最高に高まり、遂にスプーンの先を突き立てる。
柔らかなプリンはあっさりと透明プラスプーンを受け入れ、ひと匙分の塊がゆっくりと男の口内に運ばれた。
「ん…甘い……」
口に運ぶ度、微妙な弾力と共に甘味が舌へ喉へと染み込んでゆく。
男は一口ごとにスプーンに吸い付く。
スプーンと口唇が重なり、ずちゅ、ぶちゅ、と音を立てる。
その度に男の息遣いも荒くなっていった。
「ンンン…ハァ……アァ…!スッ…アァ!」
皿の上のプリンも残すところ僅か。
絶頂を押しとどめた吐息が、男の口から激しく漏れ出す。
最後の一口を含む。
「アッ……!」
男の体が小さく震え、それまで全身に脈打っていた力が一気に弛緩した。
プリンの完食と同時に、男は果てたのだ。
*
「…ああ、うん。信じるわ」
脱力の吐息を吐き出す男を見て、友人は感心すら覚えながら言った。
一方で男の方は、自らの言い分が晴れて認められたと言うのにどこか不服そうである。
未だ頬に火照りを感じながら、男は友人を恨めしそうに睨み言った。
「他人のこんな所を見たいだなんて、お前はとんでもない変態だな」