3 再び
今、山にいる。
だが昨日とは違う。
僕の横には背負いかごを片手に持った土人形、ゴーレムくんがいる。
僕の腰には銘は読めないが、力を入れなくともゴーレムくんの腕を切り落とせる程の真っ黒な小太刀がある。
足を引きずった跡を追い、熊が出た場所へと向かう。
山へ来たのは採取のためだ。
どんな動物も生身の人間よりもずっと強い。猪の牙に鹿の角、これで何人もの人が動物の血肉となった。
だからこそ、出会わないに超したことはない。しかし、今や熊はもちろん、牡丹や紅葉が出てきてくれないかとウキウキしている。
確実に勝てるような味方がいると、途端に強気になる。水面をのぞき込めば狐の顔に馬の耳が見えるだろう。『殺生厳禁』という和尚さんの念仏を気にしていたかつての僕は居なくなってしまったようだ。
前を歩くゴーレムくんは、兎をサーチ&デストロイ。指示あやふやだったのか、力任せ。食べる部分がなくなってしまう。久しぶりの昼ご飯。焼肉定食は、ゴーレム使いを訓練出来るまでお預けのようだ。
地面に出来た血の水たまりをみて思う。
過酷な人生をおくってきた記憶がある。そのためなのか、スプラッタな状況でも食欲はなくならない。かつての平和な世界で生きた俺の考え方は、全く違うものへと変わっているようだ。
早い段階で気がつけて良かった。これから僕は、非道なことも行っていく。学のない農民の子供も、平和ぼけした学生も、今の荒れた世界を生き抜くことは難しいだろう。
昨日、寺から出るときに思ったこと。
自由に、踊るように生きる。ゴーレムがいれば大抵のことはできるだろう。__天下統一とか目指してみようか。
現代倫理を捨てるのは仕方ないこと。仕方ないことなんだ。
ピンチに陥り、親しい人が命を落とす。周りを取り巻く状況のため、愛する人を手にかける。そんなことを妄想する。そんな劇的な場面を待つまでもなく、この心荒ぶれる世界を意地汚く生きる覚悟を決めよう。
この茂みから昨日は熊が出てきた。今日はそこから僕が登場する。
小さな木の葉を潜り抜けると目の前が開けた。色彩調節にエラーが響きそうな。一面の赤景色。
その真ん中に整列しているのは手の平サイズの赤鬼達。元の色がわからないほど、まだ赤い血を浴びている二本角。
周りにいるのは斥候隊だろうか。僕達を見つけた5体ほどが、慌てた様子で先頭にいる気持ち大きめの鬼の方向を向く。
なにこれ、怖くて可愛い。まさに、こわかわ。
ゴーレム君のかげに隠れながら、赤く固まった地面に踏み出す。
すると先頭にいるリーダー鬼が、整列している鬼達に向かって手を広げる。整列した鬼達はリーダーに向かって次々と飛び込んでいき、リーダーの大きさはどんどんでかくなっていく。
角は燃えるように光り出す。大きさがゴーレム君を超えても、鬼達はまだまだ飛び込んでいく。整列した鬼達がいなくなったときには、ゴーレム君と鬼とは、大人と子供ほどの違いになっていた。
なにこれ、怖くてやばい。
「ゴーレム、僕を守れ。」
念じるだけでなく、大声に出す。自信満々にゴーレムを見る。__しかし、ゴーレムは動かない。
「ま、守れ。僕を守れ。助けて。」
ゴーレム君……僕に似て、勝てない相手には戦わないのだろうか。
無理だとわかったら、作り直すしかない。土を投げるしか……って、ここの土は血で固まっている。ダメじゃん。
顔を上げると、リーダーの姿が目の前になかった。いや、拳骨をもう片方の手で包んだものが目の前でプルプルと揺れていた。リーダーは膝をつき、頭を地面につけている。
なんだか三国志で見たことのある拱手と、日本の土下座文化がカルチャーショックで新しいものになったような。
なんとなくだが、その云わんとするところは伝わる。腕をプルプルさせ、「ぼくはわるい鬼じゃないよう」的なことだろう。
……なるほど。危険がないときゴーレム君は、「守れ」といっても動かないよのか。決して、怖がったのではないと信じたい。
「えーっと。頭を上げてくれないかな。」
リーダーは動かない。そうだ、時代劇でみたことがある。「面を上げよ。」は一度目であげてはいけないんだったか……。
「礼なんていらないから。言葉が分かるなら、顔を見せて欲しい。」
そういって、近づくと急に横から突き飛ばされた。
僕がいた場所には、鬼の金棒によって半身がつぶされたゴーレム君がいた。やっぱり、わるい鬼じゃん。
何がなんだか分からない。唖然としていると、頭上から声が響く。
「良き護衛なり。技を競ってみたかったが、これも巡り合わせかな。」
そういいながら、地面に手を当てると地面の血と土から、無骨な太刀が生まれた。
「今一度生を与えられた礼、いらぬとのこと故。熊はすでに退治した。然らば、そこもとへ従う義こそ、すでに無き。板東の民に代わり、討たせてもらう。」
えっ。いきなり。頭下げていたのは何だったの。またまたピンチじゃん。
「待って。せめて、説明だけでもして。」
ひとまず命乞いしてみよう。ゴーレム君に「早く復活して、僕を助けて。」と願いながら時間稼ぎだ。
「ふむ。その剣、我を退けし天国が弟子のものに違いあるまい。それを携えこの身の民を虐げしは、恨みトネガワより深きゆえなり。」
痛ったー。
腹を蹴られると息ができないって本当なんだな。貧乏で良かった。胃にたくさん入っていたら絶対吐いてた。このシリアスな状態で吐いてたよ。
それより、この小太刀か。この小太刀、曰く付きかよ。危険があるかもしれないから、持って行けって言っていたのに。お母様、なんてものを持たせてくれるんだ。
「これは、今さっき手に入れたものなんです。私の父が、元の持ち主から奪ったものです。」
これは本当。今は無き父が、小田城を攻める戦働きで手に入れたものは二つある。一つは伴侶。そして、もう一つがこの小太刀。どちらも真っ先にお城に入ったからこそ手に入れられたのだ、という自慢は既に百回以上聞かされた。
だが知っている。手に入れたと言っているが、母からついて行ったのを。子供の僕から見てもお母様は父にベタ惚れだった。面食いというのは昔から有ったんだ__現代でフツメンだった僕には嬉しくない事実。
「それは真か。ふむ。それは申しわk」
ガコッ。
あっ。話が収まりそうだったんだけど。復活したゴーレム君が、リーダーを吹き飛ばした。ゴーレム君……さん。
塗り壁のように大きくなった、ゴーレムさんの腕は特徴的に大きい。その大きさがすでに鬼を超えている。つまり、勝敗はもう明らか。
この際だ。ボッコボコにして、有利な立場で話し合いをしよう。