第97射:悩む若者たち
悩む若者たち
Side:タダノリ・タナカ
村に到着してから、荷物の検品をして、配布を行い、倉庫へ運ぶなど色々していると、気が付けば日が傾いていた。
「きゃー。ヒカルお姉ちゃんが追いかけてくるー!」
「ちび姉ちゃんがくるぞー!」
「誰がチビだー! 撫子、手伝って!! あのガキ共を捕まえる!!」
「はぁ、子供たち相手に本気になってどうするんですか」
夕日が差し込み赤くなった広場で、ルクセン君と大和君が子供たちと遊んでいる。
日中遊ぼうといった約束を律儀に守っているのだ。
まあ、村の診察も既に終わっているので、何も問題は無いのだが。
そんな穏やかな風景を眺めつつ、俺は日中に聞いた村長の話を思い出していた。
この村は魔族の村なのです。
正直な話、驚いた。
てっきり魔族と繋がりがあって、安全を確保しているのかと思っていたが、この村が魔族の村だという驚き。
結城君の手前、自分たちは力が無いように話していたが、魔族は基本的に魔力が多く魔術が得意という話をマノジルから聞いている。
つまり、自前で十分にこの村の防衛はできるわけだ。
武器が無いのではなく、必要ないから置いてないのだ。
物資に関しても横流しするわけではなく、この村で消費するという意味だったわけだ。
まあ、多少は横流しするだろうが、してもこの物資量ならたかが知れている。
恐らく、この村に補給に立ち寄った魔族の分ぐらいだろう。
どっちが様子を窺われているか分からん状況だな。
いや、ある意味、どっちも分かっててやっている可能性はあるか。
そして、こんな拠点が1つだけなわけがない。
俺たちの情報はもちろん、魔族が1人死んだことも全て伝わっているとみていいな。
てっきり内通者がこの村で合流して話しているかと思ったが、この村全体が魔族の村だとはな……。
「田中さん」
気が付けば、横には結城君が立っていた。
俺と同じように難しい顔になっている。
「人って、種族が違うだけで争えるんですね……」
「地球の連中は肌の色が違うだけで争えるからな。こっちはそれに比べてマシともいえるけどな」
「……」
俺が軽いジョークを飛ばすが、結城君は沈黙したままだ。
ショックなんだろうな。
ルーメルの連中から敵だ敵だといわれて来た連中の中には、こんな風に生活している人たちもいるって知ってな。
始めて戦場に降り立った兵士が躊躇うのはそんな人たちがいる所での銃撃戦だ。
誰だって、戦争に関係のない人を命令でもないのに殺したくはない。
そんな心境と似たり寄ったりなのだろう。
ま、意外と他のことで悩んでたりはするかもしれないがな。
「……そうですね。でも、俺はそんなことの殺し合いに手を貸したくないです」
……あー、思ったよりも重傷だな。
結城君に村長の話を聞かせるのは早かったか?
しかも、始まりは村長の言葉を信じるのであれば、迫害だ。
魔力の高い種族が高位かどうかはしらんが、知らない間に種族が魔族に変わる。
どこかの物語であるような、気が付いたら虫だったとか犬だったとかの感じだろうな。
しかしながら、俺から言わせれば、別に良くある話で、それから殴りかかった魔族も悪いともいえる。
まあ、そんな状況じゃなかったというのも分かるが、歴史を変えるのは信じられない我慢が必要だ。
特に平和にはな。恨みを捨てて、平和の為に今までのことを水に流す必要がある。
そして、その多くの人の我慢と努力でできた平和な世の中で生きてきた結城君にとってはすぐにやり返すこの世界の感覚はとても厳しいモノがあるだろう。
だが、このまま迷わせていると、結城君が死んでしまうことになるだろう。
それは、俺にとっても都合が悪い。だから……。
バシンッ!!
「いってー!?」
思いっきり、背中を叩いてやった。
結構気持ちよく平手打ちが入ったな。
余りのいい音に、遊んでいたルクセン君も大和君も、そして子供たちもこちらを見ていた。
「な、なんなんですか。いきなり!?」
「難しいことを考えても仕方がないからな。大事なのは俺たちが生き残るってことだ。俺たちが生き残らないと、助けるも何もないからな。自分の面倒も見れない奴が人を助けるとかあれだぞ?」
俺がそう言うと、驚いたような顔になって、次はばつが悪そうな顔になって……。
「顔に出てました?」
「随分悩んでたな。俺みたいに難しいって顔じゃなくて、思い詰めてる方な」
「そっか、まだまだですね」
「それを言ったら俺もだ。よく聞く言葉だが、人間いつまでも勉強ってな」
「田中さんでもそう思うことがあるんですか?」
「そうだよ。俺だって万能じゃないからな。失敗は山ほどして、それを修正してきてここにいる。そうだなー。結城君が悩んでいることを実際目の当たりにもした。辺鄙な片田舎の村で遭遇戦をしてしまってな。お互い住人を巻き込んでの血みどろだ」
「……」
俺がそう言った瞬間に、顔が激しくゆがむ。
きっとこの村がそんな風になるところでも想像したんだろう。
「その後の罪悪感はすごかったな。傭兵とはいえ、非武装の民間人に手を出すことはないからな」
「そうなんですか?」
「そりゃ、傭兵や軍の兵士ってはな、周りの支持があるから動ける。その支持を受けられなくなるような行動は、極力控える。ああいう遭遇戦でもなければな。で、どうだ? 俺を殺したくなったか? 一応、非武装の民間人を巻き込んだ兵士ではあるぞ?」
俺がそう聞いてみると、結城君は首を横に振る。
「いえ。田中さんが好き好んで人を傷つけるとは思ってませんよ。なあ、光、撫子」
「うん。そんな人とは思ってないよ」
「というか、今更過ぎますわね。信頼してないのであれば、付いて行きませんわ」
気が付けば、子供たちと遊び終わったルクセン君と大和君が目の前に来ていた。
「そもそも、村長さんの話は耳に挟んだけど、晃は考えすぎ。もっと田中さんが言うように気楽に。で、何かあれば、全部解決すればいいんだよ」
「……いや、それは無理だろう」
ルクセン君の無茶な話に、冷静に返す結城君。
「むきー!? どうしようもないことで、悩む馬鹿に言われたくないよ!! どいつもこいつも子供だと思いやがって!!」
どうやら、子供にからかわれたことを気にしているようだな。
「はぁ、まあ、光さんのことが、子供かどうかはいいとして、悩んでも仕方のないことで暗くなるのはいただけませんわ」
「撫子まで、ひどいよー!?」
「あー、光、落ち着け。別に子供とは思ってないから。で、自分がどうしようもないことで悩んでるのはわかってたよ。心の整理がつかなかっただけ。今はスッキリした。光が言うように全部対処するのは無理だろうけど、その時どれだけ頑張れるかですよね?」
そう言って俺に聞いてくる結城君は先ほどよりはマシな顔になっている。
2人のおかげで気持ちの整理が付いたか。
「そうだな。人は全部予想して動くなんてできないからな。そんなことができるなら誰も失敗したりしない。できるのは結城君の言う通り、何かあった時、歯を食いしばって頑張ることが大事だな」
頑張れないやつは、基本的に傭兵稼業では死体になるからな。
「ともかく、宰相や他の貴族とか他の魔族がこの村に手をだすのは、俺が許さないってことにしておきます」
「晃だけじゃなく、僕も許すわけないじゃん!!」
「同じく。私も静かに暮らす人たちを巻き込むようなことは絶対に阻止します」
どうやら、3人の意思が固まって結城君も落ち着いたようだ。
顔に活力が戻っている。
だが、釘は刺しておかないとな。
「やる気になっているところ悪いが、そういう宣言を周りにして回るなよ。勇者としてこの村が大事とか言い出したら、逆に狙う奴も増えてくるからな」
「うぐっ。どうすればいいんだ?」
「僕に聞かないでよ。撫子どうすればいいの?」
「いえ、私に聞かれても困りますが、私たちが勇者という立場が邪魔するという感じですから、宣言して回らない方が逆に安全だということだと思いますが、どうでしょうか?」
「大和君の言う通りだ。関心が無いようにしておくのが、俺たちと関係したことで、襲われるのを防ぐ手段だな。宣言するのも手ではあるが、誰か常にここの防衛に当たらないといけなくなるからな……」
「それは無理ですね」
「じゃ、このままスルーが一番安全ってことかー」
「ですわね。まあ、こんな村と言っては悪いですが、攻める理由なんて私たち以外にはないでしょうから」
これも大和君の言う通り、この村に戦略的価値は全くない。
魔族を倒すにしても、こんな辺鄙な村で消耗戦をするぐらいなら、魔王の根城に進軍する方がいいだろう。
勇者が懇意にしている村なんて評判が立たなければだが。
ここが勇者たち、つまり結城君たちの弱点とみなされると、面倒なことになるということだ。
ということは、黙っている、無関心がこの場合最大の守りになる。
「結城君は守りたいと思ったところ悪いんだが、結局のところ、今のままが一番安全だったりするんだよな」
「やーい。考えるだけむだー」
「こら。光さん、そんな言い方しない」
「別にいいよ撫子。光は身長通り、お子様だってことみたいだし」
「お? よく言った晃。殴られる覚悟はできてるんだろうな? 妄想もやしっ子が」
「光から喧嘩を売っておいてよくそんなことが言えるよな? 今後のために一度はっきり決着をつけた方がよさそうだと思ってたんだよな」
「ちょ、2人とも!?」
大和君が止めるのも聞かないで、2人は向かい合う。
ちょうど夕日が背景になっていて、2人の向かい合う姿が影のようになっている。
どこかの映画のワンシーンのようだ。
「覚悟しろ、光」
「こんな子供に手を上げるなんてサイテーだね!! 向こうに戻った暁にはロリコンだーって、おまわりさんに言ってやるから!!」
「いまさら、こんなところでそんなこというかぁ!?」
「本気で僕を犯そうとして何をいっているんだよ」
「いやいや……。ないわー」
「ないわーっていうな!」
「二人ともやめなさーい!!」
そんな感じで、喧嘩を始めるのだが、3人とも顔には笑顔があった。
まあ、こういうのもたまにはいいだろう。
ある意味、ずっと今まで張りつめていたんだからな。
勇者とかそういう立場を知らないこの村は結城君たちにとってもリラックスできる場所なんだろう。
「ま、適当に済ませて戻ってこいよ」
俺はそう言って、貸し出された家へと入っていくと、中では神妙な顔つきをした、お姫さんとカチュアが椅子に座っていた。
「よお。すっかり夕暮れだな。晩御飯はどうする?」
「「……」」
俺がとりあえず、明るく話しかけてみるが反応は薄い。
こっちもこっちで、村長からの事実は横で聞いていたからな。
特に慌てる様子もなかったから大丈夫だと思っていたが、そうでもないらしい。
「タナカ殿はこの村を見てどう思いましたか? これは既に我が国は魔族に侵略されていると思っていいのではないでしょうか?」
あー、今度はこっちの説得が面倒だな。
お姫さんは、この場所をどうするのか悩んでいるみたいだな。
まあ、お姫さんからみれば、魔族が侵攻してくる未来のきっかけみたいに見えるんだろうな。
とはいえ、間違っても叩きつぶすとか言ってほしくないな。
そうなれば、確実に結城君たちとぶつかることになる。
今の状況で割れるのは非常に面倒だ。
さて、何をどうしたらいいものやら……。
事実を知ったアキラとお姫様は悩む。
若者として当然のこと。
戦争に正義はない。
ただ自国の利益の確保に動くだけである。
その面をはっきりと知ってしまったアキラとお姫様はどう動くのか?




