第95射:村の様子
第95射:村の様子
Side:タダノリ・タナカ
「さて、大和君たちが退避している内に、こっちもさっさと情報を集めますかね」
遠ざかって行く馬車を眺めつつ、俺も行動を開始する。
俺が行くべきは反対側がいいだろうな。
大森林の方から探れれば良かったが、平原を突っ切って大森林に入る前に、村の連中に見られそうだ。
それを避けるために遠回りしていてはやはり時間がかかりすぎるので、大和君たちの反対側に行って草むらに伏せてドローンを飛ばして確認する方が確実か。
「本来、ドローンを回収する必要があるなら、こんな平原でドローンを飛ばすのは馬鹿な行為なんだが、こっちのドローンは消えろと念じれば消える便利仕様だからな」
そう言って、俺は即座にドローンを出して2台ほど空に飛ばす。
「感度良好、風も問題無しだな」
今日はドローンを飛ばすにはいい日だ。
ただの空撮なら喜ぶべき日だな。
だが、敵がいる所じゃ丸見えだから、雨の日とかの方がありがたかったんだが、ここで唐突の雨も望めないから、仕方ないか。
「さて、目的の村はと……」
俺はひとまず、2台のドローンをかなり高い位置まで上昇させてから、一台だけを先行させて、村の様子を伺ってみることにする。
特に敵などいないのんびりとした、田舎の村だ。
日本では珍しいが、ヨーロッパの片田舎や、中東ではいまだによくある光景だ。
昼食の用意でもしているのだろうか、立っている家の煙突からは煙が立ち上っている。
「平和だな。とはいえ、敵情視察は念入りにと」
人をだますための偽装工作なら、この程度当たり前にやるからな。
特にこの場所を紹介したのはあの宰相だからな。疑ってかかるべきだろう。
ということで、俺はドローンをぐるっと村の外周を回らせて、辺りを確認させる。
大森林を北側、背として、南側が俺たちが来た道とすると、東側が放牧、ウシみたいなのがいて、それを監視する村人が2名ほどいる。
逆に西側は耕した大地が見えて、10名ほどの人が出ており、せっせと畑の手入れをしているように見える。
こちらの畑仕事の中にはまだ子供が混じっており、遊んでいるのか手伝っているのか微妙なのが追加で4人ほどいる。
「パッとみて違和感があるとするなら、魔物や盗賊に対して、あまり警戒していないように見えるな」
平和な村に見えるが、平和すぎるということだな。
この世界は盗賊はともかく、魔物というやけに強い野生動物が存在している。
それに対して、見張りも立てずにいるのは不思議に思えたのだ。
ルーメルの王都のように城壁に囲まれているならともかく、村は軽い木の柵で囲われているだけでだ。
まあ、人がいない、物資もないならあり得るかもしれないが、個人的には疑問が出るところだな。
この世界は物騒なんだから、見張りぐらいはいてもおかしいとは思わないんだが……。
「とりあえず、外周に明確に危険だという点は見受けられないな」
平和すぎることを除いて、問題はなさそうなので、今度は本命である村の方へと移動させる。
村の家の殆どは木造のログハウスに近い物があり、掘っ立て小屋ほどひどくもない。
それが15軒と、ちょっと大きい家が1軒、そして倉庫みたいな建物が2軒ほど。
お昼前のせいか、家から出ている人はおらず、村の中は静かだ。
「16軒家があって、外に出ているのが12名と子供が4人か。お昼時の準備で家に戻っていると考えると妥当な数か?」
というか、たった16軒しか家が無いってのは村としても絶望的だな。
日本で言う限界集落に近い。未来が無いに等しい。
1軒に父親、母親、子供の3人いると過程しても、48人だけだ。
……いや、ここまで少ないから見張りに人が回せないっていうのは、ある意味納得か?
「問題は伏兵がいるかどうかだが、隠れている可能性があるのは、倉庫ぐらいか」
村の全体図を把握した俺は、今度は倉庫の様子を見ることにする。
宰相が仕掛けるなら、こんな間抜けな場所に敵を用意してはいないだろうが、武装や食料などはおいているだろうからな。おいてなくても、何かの痕跡があれば推測はできる。
恐らく敵がいるなら大森林の中。その中で生活するにはそれなりの物資がいる。
それを供出するのはこの村しかない。
「ま、敵として仮定するならだけどな。……食料の備蓄はあるが」
で、倉庫の中をドローンで覗いてみた結果は、特に何かの痕跡無し。
というか、食料の備蓄が少なすぎて驚きだよ。
この村の連中が魔族と繋がっているって話はどこに行ったんだよ?
これじゃ、魔族が来ても食料なんて渡せないと思うんだがな……。
それとも取引が終わったあとか?
まあ、それなら納得できるか? 取引があるからこそ、この限界集落で暮らしていけるという話で、倉庫が空なのは、取引が終わったあとだから。
「……まあ、まだ疑問は多いが、敵はいないな。森の奥の方からも狼煙などは上がっていないから、森の奥で待機している奴もいないだろう」
村を見張っているような奴もいないことは確認しているからな。
最悪俺たちに見つからないように巧妙に隠れているという可能性も考えられるが、その時はその時だしな。
そんなことを言っていたら身動きはできなくなるから、今は踏み込む時だな。
そう思ってドローンを消していると、後ろからゴソゴソと草をかき分ける音がする。
俺は咄嗟に身を伏せて、銃を取り出す。
この草の高さなら伏せれば、俺の姿は見えないだろう。獣ならとびかかって来たところにぶち込むだけだ。人なら様子見と言いたいところだが、こんなところに来るのは、敵だけだ。
なので、俺はすかさずアサルトライフルを取り出して、いつでも撃てるように構える。
しかし、どこに敵がいた? 察知できなかったな。
「あれー? ここら辺にいたように見えたんだけど……」
「いませんわね」
「まさか、村に向かっちゃったか?」
「うわ。それってやばくない?」
「敵がいるのでしょうか? 田中さんなら大丈夫でしょうが、勝手にいかれると心配ですわね」
「だな。とりあえず、追いかけ……」
「まてまて、俺はここにいる」
なぜか、大和君たちがこちらにやってきたようで、俺はアサルトライフルの銃口を空に向けてうつぶせから中腰にする。
「あ、いた」
「よかったですわ」
「まだ行ってなかったんですね」
「今、偵察を終えたところだ。そっちはどうしたんだ。というか座れ。草原の中を歩く人は目立つ」
俺がそう言うと、3人はすぐにかがむ。
しまったな。こういう草原での行動方法を教えてなかった。
まあ、そこはあとで教えるとして、なんでこっちに来たのかを聞く必要がある。
「あー、いや、田中さんが一人で村に殴り込みかけてないかなーって心配になって」
ルクセン君の言葉に二人とも頷く。
俺はどこかのギャングかよ……。
「そんなことはする予定はないな。村の方はいたって平和だ」
「そうですか。よかった」
「また田中さんが敵を見つけて、一人で対処するんじゃないかと心配になってたんですよ」
なるほど。俺を心配してのことだったか。
「勝手に動く前に、無線で連絡を入れるから心配するな。ジョシーの一件で俺の能力はある程度公開しているから、人前で使えるようになったからな。無線とか」
そう言って、無線機を見せる。
これがあれば、あまり遠くまでフォローはできないが、一定の距離なら連絡が取りあえる優れものだ。
「あ、そういえば、それがあったの忘れてた」
「ですわね。これを使って連絡すればよかったですわ」
「無線機を使うって発想が出てこなかった。こっちの世界に慣れ過ぎているんですかね?」
「ま、それもあるだろうな。徐々にそこは慣れていくしかない。無線機自体も普通使う物じゃないからな。とりあえず、偵察も終わったことだし、馬車の方へ合流して、馬車を元の道に戻す」
「「「はい」」」
そういうことで、俺は大和君たちと合流して馬車を元の道に戻してから、偵察の詳細を伝える。
「……そんな感じで、簡素な村って感じだな。この規模だと兵士を隠しておくのも難しいって感じだ。だから伏兵とかの可能性は低いな」
「そっかー。なら安心して、村を訪ねられるね」
「油断は禁物ですわよ」
「撫子が言うように村人が偽装しているとかは?」
「流石にそこまでは分からんが、それで精々50人前後だからな。というか、取引をしている村だから、宰相の命令で来たといえば特に問題はないはずだ」
「罠でなければだよねー」
そこは出たとこ勝負という話になる。
まあ、俺や結城君たちなら突破できるだろうが、問題は……。
「お姫さんはどうする? ついてくるか、それともどこかで隠れて待機しておくか?」
このお姫さんだ。戦力の把握はしていないが、勇者である結城君たちより強いということはないだろう。
もし結城君たちより強いなら、お前が魔王を倒せばいいじゃんって話になるからな。
「いえ。私も一緒に行きます。勿論私が王女であるということは隠していきますのでご心配には及びません。予定通り、男爵の一人娘ということでいきますわ」
「私も姫様のフォローはいたしますので、ご安心ください」
お姫さんもとりあえずついてくると。
こんな状況で戦力を二手に分けるもあれだし、連絡を取るのも手間だからな。
戦力的に厳しいのは周りでフォローするしかないか。
「じゃ、予定通り宰相の使いということで尋ねるから、物資をアイテムバックからだしておけよ」
「「「はい」」」
今回、村に訪れた表向きな理由は、物資の運搬だ。
宰相はこうして物資を定期的に届けて、魔族から情報を流しているらしい。
まあ、もちろん本人がやっているのではなく、部下が行っていることなので、不確かなものでしかないから、罠を疑ったんだよな。
なので、交易品である物資が無くては、話を聞くこともできないというわけだ。
そんなことを考えている間に物資を出し終えたようで、荷馬車の中はそれなりに窮屈になってしまっている。
とは言え、こんな数の物資では、村の分だけならともかく、魔族への横流しは厳しい気がする。
精々、100人程度が3か月食えればいいのではないかというレベルだ。
定期的に物資を援助すると考えれば、納得してもいいのか悩むところだな。
そんな疑問を抱えつつも、村の方へ近づいて行くと、村人が俺たちのことに気が付いて、人が集まってくる。
一応武器を構えている辺り、警戒はしているのだろう。
とりあえず、襲い掛かってくるようには見えなかったので、そのまま村の門の前まで馬車を進めると……。
「こんな辺鄙な村に、どちら様ですかな?」
村人の中から1人のご老人が前に出て話しかけてきた。
恐らく、このご老人が村の代表。村長なんだろう。
「私は、男爵家からの者です。物資の運搬にきました」
「おお、男爵様からの!? いつもと人が違い分かりませんでした」
「すいません。前の者はちょっと病でして、代わりにきたんですよ」
予定通りの設定を言う俺。
宰相は、部下の男爵を通じてこの村に支援をさせていたのだ。
そして、俺の言葉を聞いて村人が警戒を解く。
この様子から、物資を運んでいた男爵の部下はそれなりの信頼関係はあると察せられる。
「病気ですか? あの方は大丈夫なのですか?」
「ええ。私が訪れた時にはもう快癒に向かっているようでしたが、奥さんに寝かされていましたね」
「無理はいけませんからな」
「私は今回限りではありますが、よろしくお願いいたします」
「ええ。ご丁寧な対応ありがとうございます」
どうやら、この村の人たちを虐げたりはしてないようだな。
先ほどの信頼関係があると見たのは間違ってないみたいだな。
そんな感じで、俺たちは村へ快く迎え入れられるのだった。
不自然な物資量にのどかすぎる村。
一体ここはなんなのか?
宰相がだましたのか?
それとも、なにか秘密があるのか?




