第94射:村へ
第94射:村へ
Side:ナデシコ・ヤマト
私たちは魔族の動向を探るために村へと向かうこととなりました。
どうも、宰相やお姫様に都合の良いように使われている気がするのですが、立場が低い今は仕方のないことでしょう。
こんな無茶なお願いを払いのけるほどの伝手は有りませんから。
ですが、田中さんの様に、自分たちの身を守るためにと納得は今の所できません。
自分で、宰相の処罰が保留した理由は言いましたが、私自身が許したという話ではないのです。
状況的に宰相の処罰ができないだけで、私たちを殺そうとしたことが無しになったわけではないのですから。
ジョシーという女に簡単に撃たれて、倒れて死んでいくあの感覚……。
「……え、ねえ、撫子?」
「あ、はい。何ですか、光さん?」
そんなことを考えている内に気が付けば、光さんが私に声をかけていました。
「いや、なんか怖い顔になってたからさ。何か心配事かなーって」
光さんは人の感情に意外と敏感ですよね。
いえ、意外とというのは失礼ですね。
天真爛漫だからこそ、こういうことに気が付くのでしょう。
「いえ、ん? どうでしょう、心配事ではあるのかもしれません」
「どういうこと?」
私の言葉に首を傾げる光さん。
というか、私自身も自分のこの感情を測りかねています。
「まあ、とりあえず撫子が良いなら、話してみたらどうかな? 何か相談にのれるかもしれないし。ほら移動中で今皆暇だし?」
気が付けば、他の皆さんも私に視線を向けていました。
それほどまでに私は悩んでいるように見えたのですね。
いや、実際に悩んで?いたのは事実です。
「……わかりました。正直に話します」
隠すことでもないので、私は今の気持ちを話すことにしました。
宰相のやったことが許せないこと、あの撃たれて死んでいく感覚が怖かったこと……。
「仕方ないんじゃないかな? 僕だって許したわけじゃないし。撫子と晃が撃たれたことは怒ってるよ。僕だって」
「だよなー。俺も撃たれたことをチャラにしたわけじゃない。ヨフィアさんも撃たれたし、カチュアさんもだ」
「同じくですね。アキラさんに介抱されたのは良いことでしたが、あんな痛い思いはしたくありません。というか、体に穴が開くとあそこまで力が出ないものなんですね」
「あれで、歩けるあなたがおかしいのです。まあ、私のことで怒ってくれたのはうれしく思いますが」
そういえば、ヨフィアさんは撃たれたのにも拘わらず、そのまま立って、ジョシーへ向かっていきましたね。
撃たれて倒れこんでしまった私とは違い、本当の意味で強い女性です。晃さんは本当に良い人に好意を持たれています。
彼女が相手であるのなら、任せていいでしょうと今は思えます。もし地球に戻って晃さんのお父様やお母様に会っても、立派な良い女性と結婚しましたと言えます。
と、そこはいいとして、意外に光さんや晃さんも宰相に不満を持っているようです。
2人は意外と気楽に許したと思っていたのですが違うようです。
「命を奪われかけたからな。それぐらいは当然さ。別に恥じることでもない。だが、理性的に判断することは大事だぞ。まあ、大和君には余計な話かもしれないがな、普通に宰相の処罰保留を自分で言っていたからな」
そう言って田中さんは私を褒めてくれますが、内心次も冷静でいられるかはわかりません。
ジョシーに晃さんが撃たれた時も、真っ先に飛び出していきましたし、冷静っていうのはあまり当てはまらないのかも?
そんなことを思っていると……。
「だねー。これからも撫子がリーダーって感じでよろしく」
「そうだな。撫子で文句なし」
2人が今後とも私をリーダーでいいといってくれます。
これは素直に受け入れるべきでしょうか?
「私でいいのですか?」
「全然。あー、そっか撫子って晃が撃たれて怒ったことを気にしてる?」
「ええ」
あれは、リーダーがしてはいけない行為だと思います。
というか、扉をさっさと封鎖しておけばよかったのにそれを忘れていたのですから。
「気にするなって。そんなことを言ったらさ、俺はあっさり撃たれちゃったしなー」
「うんうん。僕なんて怒って動くこともできなかったしねー。あの時動けた撫子はすごいよ」
「そう、ですか」
なるほど。そういう考え方もあるのですね。
「失敗を振り返るのはいいことだが、動きを鈍くするほど悩む必要もないからな。まあ、リーダーの負担を大和君だけにかけようという狙いもあるかもしれないけどな」
田中さんがそう言うと二人は視線を私からそらして口笛を吹き始めます。
「……はぁ。少しは感動していましたが、そんなことが狙いなのであれば、前みたいに順番にリーダー交代していきましょうね」
「「えー!?」」
と、そんな感じで、馬車での道中は楽しく進み……。
「お姫さん。宰相から聞いた村は、大森林のそばにあるんだよな?」
「はい。ちゃんと地図が正しければもうそろそろ見えてくるはずです」
「いや、その地図じゃ距離はわからんだろう」
気が付けば、馬車の旅は数日経っており、もうすぐ目的の村が近いとお姫様はいうのですが、田中さんの反応を見るように、私たちもあの地図をみてもうそろそろとか言われても微妙です。
この世界には魔物や盗賊などが出没するので、まともに距離を測るようなことはなく、地図も感覚的に作る物で、地球の地図のようにちゃんと測量や衛星写真などから正確なデータで作ったものではありません。
だから、お城、川、町、村、と書かれていて〇で囲んで日数が書いてあるだけの地図を見て断言されるのは正直信用できません。
まあ、信用できないのはこの地図を提出した宰相であり、お姫様が悪いわけではないのですが……。
「ま、村が見えてくるのを祈るとして、お姫さんは意外と旅慣れしているな」
「ええ。これでも他国への挨拶などで馬車で移動することは多々ありましたので。しかし、こういう粗末な馬車に乗るのは初めてでした」
そう言えば意外と、お姫様は結局私たちの旅についてくることになったのですが、文句1つ言うことなく今までここまで一緒にやってきました。
とはいえ、こういうお姫様基準での発言があるので、多少苦笑いですが。
このような中世ヨーロッパのような世界で帆立て馬車は十分贅沢です。
地球で言うのであれば、高級車レベルです。
「粗末で悪かったな」
と、田中さんが一応注意を込めて皮肉をいいます。
お姫様本人は全然悪意があるわけではないので、なかなか私たちは注意し辛い物があるのですが、田中さんはその点ずばずばとモノを言うので助かります。
恐らく、わざとそう言う役回りを引き受けているのでしょう。
いままで私たちと旅をしていた時は、かなり気を使ってくれた紳士な人でしたから。
「あ、失礼いたしました。こういう質素な馬車に乗ってみなさんとお話できて楽しかったです」
「そりゃよかった」
「タナカ殿が出してくれるチョコも美味しいですし、またいただけますか?」
「しょっちゅう食べると顔にニキビができるからな。カチュアに渡しておくから、カチュアに分けてもらえ。俺が勝手に渡して顔にニキビができても俺は責任とれないからな。ほれ」
そして、お姫様がこの旅で文句を言わない一番の理由は田中さんが出すお菓子にあると私は思います。
田中さんの能力は武器だけでなく、お菓子なども取り出せるので、それをお姫様に渡して機嫌を取っているおかげもあると思います。
しかし、田中さんの言う通り、お姫様がチョコの食べすぎで顔にニキビができたとかは悲惨ですからね。カチュアさんに渡して管理してもらう必要はありますわね。
女性はどうしても甘いものに弱いですから。
「はい。確かにお預かりいたしました。では、まず毒が入っていないか、私が確認いたしますね」
「まちなさい! 毒など入っているわけありませんわ!! 先に食べたいだけでしょう!?」
「これも、姫様の身の回りをお世話をする者の務めです。そうですわね、ヨフィア?」
なぜかそこでヨフィアさんの名前を呼ぶカチュアさんですが、その手にはチョコが半分握られていて、ヨフィアさんの方向に差し出されていました。
「あ、はい!! その通りです。なので、私も毒見いたしますね!! ひゃっほー!!」
「……露骨すぎるのはあれですが。まあいただきましょう」
「2人ともー!? タナカ殿!! もう一つ!! もう一つ!!」
とまあ、こんな感じで賑やかな馬車の中になっているわけです。
「リカルドどうだ? もうすぐらしいが何か見えるか?」
そんな騒ぎを無視して、田中さんが馬車の手綱を引いているリカルドさんに声をかけます。
「いえ、特には……」
基本的に、馬車の制御はリカルドさんやキシュアさん、そしてタナカさんの3人で回しています。
私たちもやることはあるのですが、まだまだ馬を扱うのには慣れていなくて、保護者同伴での御者になるので、タナカさんたちに負担をかけることになっています。
まあ、馬を乗りこなすのには1か月は最低いるとは言われていますし、無理をする必要もないといわれているのですが、この世界の移動手段を自分で使えないのは不便なので、機会があればしっかりやってみようとは思っています。
ですが、いざとなれば、田中さんは車両を出すともいっているので、案外車の運転をする方が先かもしれませんね。
……というか、本当にそんなものもスキルで使えるようになるとは思っていませんでした。
一体、田中さんのスキルはどれだけ使用の幅があるのか調べてみたい気もしますが、田中さんの切り札ともいえる能力なので、喋ってくれるとは思いません。
そんなことを考えつつ、目の前で繰り広げられるチョコ争奪戦を見ていると……。
「見えました。村です」
そんなリカルドさんの声が聞こえて、馬車が停止しました。
「よし、一旦偵察だ。罠って可能性もあるからな。リカルド、あの岩陰に馬車を移動できるか?」
「わかりました」
「他の皆は馬車の移動を手伝ってくれ。俺はドローンを飛ばして偵察してみる」
そう指示を受けて私たちは、馬車を、道を外れた草原の先にある岩陰までの移動を手伝います。
これが意外と大変で、馬車というのは、木製でタイヤなどのゴム製品やスプリングなどの衝撃吸収がなく、平坦な道以外を進もうとするとかなり大変です。
私たちのような特殊な仕事をしていない限り、普通の道を進むのが当然です。
あれですね、地球で言うなら、コンクリート舗装をされていない、草原に車や自転車を進ませるようなものでしょう。
一歩間違えば、馬車を損傷させる恐れがあるので、本当に気を使いながら移動を完了させて、田中さんが偵察から戻ってくるのを待ちます。
「馬車を隠して思ったけどさ。これって前リテアでオークの群れを倒した時みたいに、遠くに馬車を置いておく方がよかったんじゃないかな? ここだとすぐに抜け出せないし……」
「前回は魔物相手だったしな。そこの関係じゃないか? 普通に問題がないなら、このまま村に行くんだし」
「そうですわね。晃さんの言う通りだと思います」
「そっかー。あの時は、喧嘩売ること前提だったし、状況がちがうのか」
「とは言え、いざという時は、この場から速やかに逃げ出す必要がありますので、その時はご助力お願いいたします」
「いいよー。って、そうか、だから田中さんは別の方向から偵察しているのかな?」
「たぶんな。敵だったとしても囮になるつもりじゃないかな」
「敵だった場合、タナカさんが1人で全滅させちゃいそうですけどねー」
「「「……」」」
ヨフィアさんが行った言葉に一同沈黙してしまいます。
ありえそうですわね。
「あれ? 冗談ですよ? タナカさんがそこまでするわけないじゃ……ないです、か」
ヨフィアさんも自信が無くなってきて、私たちも、村の方を凝視します。
「双眼鏡あったよね。それと無線で連絡とってみよう」
「だな」
こうして私たちは村で虐殺が行われていないか、確認する作業を始めるのでした。
実のところ、撫子は宰相やルーメルの対処に不満をもっています。
いや、晃や光も同じです。
でも、ルーメルを離れればどうなるかわからないから、そして田中さんがいるからいまだにルーメルにとどまっている状態です。
そして、訪れた村で何をみるのか?
田中は村に襲い掛かっていないのか?
次回のお楽しみに。




