第9射:信頼と情報を集める
信頼と情報を集める
Side:タダノリ・タナカ
「5番テーブル、エール2、追加!!」
「はーい!!」
「3番テーブル、皿下げてくれ」
「わかりましたわ!!」
「8番テーブル、魚の塩焼き!!」
俺たちは日が暮れてきた、食堂兼酒場でせっせと冒険者の仕事に勤しむのであった。
あ、ちなみに、リカルドとキシュアはこんなことはできな……ではなく、俺たちの援護が目的なので、店の端に座って待機してくれている。
メイドのヨフィアは流石メイドというべきか、この中で一番の動きをしている。
腐ってても王宮で仕事をしているだけある。
ちなみに、俺や結城君たちは基本的に、注文取り、配膳、片付け、しかやっていない。
料理免許がいるかどうかはわからないが、一応ここまで繁盛している店だ、味の保証はあるのだろうから、俺たちに調理させるわけがない。
「ほれ、8番魚の塩焼き。タナカもってけ」
「どうも」
俺は店長から魚の塩焼きを貰って、テーブルへと運ぶ。
「お待たせしました。魚の塩焼きのお客様はどちらでしょうか?」
「おれおれ」
「お前も好きだね。泥臭い魚がそんなに好きかね?」
「ばっか、ここの魚はしっかり泥抜きしてるから、そんなに臭くないんだよ。食ってみろって」
「いやだね。前の所は外れだったからな。当分は食わん」
と、面白い会話を繰り広げる冒険者のお客さんたち。
ま、これが俺の目的だわな。
情報を集められて、町の人からの評判も上げられるような仕事は、町での仕事しかないだろう?
ま、情報を集めるのは主に俺の仕事で、結城君たちは……。
「坊や、可愛いわね。一緒に飲まない?」
「す、すいません。仕事中なんで」
「じゃ、終わったあとで、宿でもどう?」
「あ、あはは……」
なんというか、モテるのか結城君は?
それとも日本人は童顔だというところが、あの女性の好みだったのか。
「なあ、嬢ちゃんたち。一緒にのもうや」
「遠慮いたしますわ。仕事が溜まっていますので」
「だね。あ、店長の許可を貰えるならいいよ?」
こっちの2人は、なんというか女性らしい強かさで、ナンパの連中をあしらっている。
最初は尻とか触られて叫んでいたのだが、既に学んだのか、あっさりと躱している。
「あ? おめえらが代わりに給仕するか? 他の客に殴られてもしらねえし、給金はなしだぞ?」
「「「いえ、失礼しました!!」」」
奥からやってきた店長の迫力に酔っ払っていた客は一斉に酔いが冷めたようにガクガクと頷く。
この店長。元はそれなりの冒険者だったらしく、喧嘩を売るようなバカはそうそういないらしい。
「相変わらず、店長の迫力はすげーな。流石元ランク5」
「へー、今日からランク1の仕事として働き始めたんだが、ランク5とは凄いな」
「ほう。あんちゃんはギルドからの仕事でここにきたのか。それは当たりだぜ。あの人ならちゃんと世話をしてくれるし、給金もケチらない。新人なら仕事終わりに色々聞いておくといいぞ? あ、無論俺にも聞いてくれていいからな」
「ああ、感謝するよ。料理を楽しんでいってくれ」
「おう」
流石というべきか、ちゃんとしたところをクォレンギルド長は紹介してくれたらしい。
これなら、情報は集めやすいな。
そんなことを考えながらキッチンに戻ると……。
「おう、新入り。楽しそうに喋っている暇があれば、皿でも洗え」
「了解」
俺が雑談してたのを見ていたのか、そう釘を刺してくる店長。
元凄腕の冒険者として言われるだけあって、視野が広い。
ちょっとだけとはいえ雑談していたのは事実。
というか、上官……じゃなくて上司のいうことは絶対であるし、こういうのは大人しくしていた方がいいんだ。
「「……」」
カチャカチャ、キュッキュッ……。
ジュージュー……。
無言で仕事をこなす俺と店長。
しかし、この食器洗いという仕事は非常にめんどくさい。
いや、食事を出す店というか、どこの家庭でもか。
地球で水道が普及しているところならば、問題ないのだが……。
「おい、新人。水の追加だ」
「了解」
そう、水は井戸から汲んでこなければいけない。
しかも、日本のように井戸から汲んだ水を直接飲むなど素敵なことはできない。
必ず沸騰殺菌が必要だ。
なので、非常に辛い仕事なのだ。
まあ、この程度で音を上げるほどじゃないが、この仕事は結城君たちにはつらいだろうと思うので、俺が引き受けることにしたのだ。
いずれは、やらなければいけないが、今日の仕事で冒険者の仕事を嫌いになっては困るので、俺がやっている。
と心配してはいるものの、勇者としてパワーアップした分があれば、何も問題ないような気もするけどな。
そんなことを考えつつ、井戸から水を甕に入れて持ってきて、指定の位置に置く。あと、5つ満タンにしなければいけないので、俺は空の甕を持って……。
「それを入れたら皿洗いに戻れ」
「了解」
甕を満タンにしたあと、俺は再び皿洗いに戻る。
「「……」」
再び俺たちは不必要なことは話すことなく、もくもくと仕事をこなし……。
「今日の仕事は終わりだ。明日もできればよろしく頼む。書類にはサインをしておいた。報酬はギルドで受け取ってくれ」
「「「お疲れ様でした!!」」」
そう店長が言って、店の後片付けはほどほどに、俺たち冒険者の手伝い仕事は終わり、後はお店で働いている人たちが明日の準備も含めて、店を閉める。
日雇いの冒険者がそこまでできるわけもないので、当然の話だ。
俺たちは、初めての仕事を終えて、取っておいた宿に戻る。
「あー、つかれたー」
「働くって大変ですわね……」
「だねー。でも、なんでこんな仕事を選んだの?」
「そうだ、それを聞きたかったんですよ」
「そうですわね。てっきり、外へ出て魔物退治をするかと思っていましたわ」
「うんうん」
3人は社会の厳しさを味わいつつも、今回の仕事に疑問はもっていたようだ。
「タナカ殿、何か考えがあってのことだとは思うが、理由を話してはいただけないでしょうか?」
「私としては、労働を学ぶという意味は分かりますが、これでは私たちの宿代には届きませんよ?」
「いやー、こういうのが私には合っているかもしれないですねー」
ヨフィアはまあいいとして、リカルドやキシュア、3人には説明しないとな。
「疑問は尤もだ。この仕事を選んだ理由だが……」
ということで、俺はありきたりな説明をしていく。
・冒険者稼業で大事なのは信頼と実績。いや、どんな仕事もこれがないとどうにもならん。何の信頼も実績も無い奴に大仕事は任せられん。なら、魔物退治でもいいじゃないかと思うが、その前にこの世界の常識を知らない結城君たちを魔物退治に行かせても、そのあとトラブルになるのは目に見えているので、まずこの王都で、お手伝いの仕事をしながら一般的な常識を学ぶ。
・ついでに、情報収集。情報は何よりも大事。飲食店には情報が集まるから、そういう意味でもあのお店の仕事を選んだ。
「主な理由はこの2つだな。1つ目はルーメル王家の評判向上にもつながる。勇者様が民の為に下働きを頑張っているからな。お偉いさんは顔をしかめるだろうが、大多数の市民……じゃなくて民の支持を得られるというのは非常にありがたい話だ」
「ああ、なるほど。タナカ殿もようやく王家の為に働く気になったのですね!!」
リカルドがアホな回答を寄こしたが、否定すると面倒になるので、無視しておく。
王家と対決になれば市民が俺たちの味方になるからだよ。
最悪、盾にして逃げることも可能だろう。よければそのまま、革新派でも組んで上を挿げ替えてやるわ。
ついでに、冒険者ギルドの評判もあがるから、そっちからの支援も期待できるってわけだ。
勇者を手札におけるのはありがたいからな。
「そして2番目の理由は、当たり前なんだが、情報がないと動けない。リカルドやキシュアは騎士団の方で情報網があるだろうが、今は干されて俺たちと同行だ。下手すれば、始末されかねん。例えば、誤った情報を与えられて、魔物の群れが確認されている地域に自ら進んでいくとかな」
「「「……」」」
こっちに関しては、全員異論は無いようで、俺の言葉を大人しく聞いている。
ま、情報っていうのはそれだけじゃ無いんだがな。
わざわざ教えてやる理由も無い。混乱させるだけだからな。
「ということで、俺たちがこの世界に慣れるためと、個人的な情報源を集めるためにこの仕事を選んだ。幸い、お金に関しては随分余裕があるからな」
本当に、お金だけはあって助かった。
お金は面子もあるのか、王家の方から5年は働かずに済むぐらいの金額はもらえた。
これで、働けない干された騎士がいても飢えることはない。
ま、勇者様たちがお金がなくて日銭を稼いでいるなんてしれたら王家の評判は地に落ちるからな。
これはあくまでも、ルーメル王家のイメージアップ大作戦という建前でやっているのだ。
「とまあ、納得してもらえたか?」
俺がそういうと、全員納得したのか顔を縦に振る。
「とはいえ、30日もずっーと街中でのお手伝い仕事をしていると、上も顔をしかめるだろうから、この仕事を七日ほどやったあとは、普通に魔物討伐をして、合間に、またお店の仕事を入れるという感じでやっていく」
そんな感じで、俺たちはそれから七日、真面目に働きつつ、人気取りと情報を集めることに専念した。
幸い何も問題は無く、仕事だけに集中できる毎日で終わった。
ああ、無論、情報はそれなりに集まった。
特に冒険者としての情報が……。
「……という話を聞いているから、明日から出るなら、そっちの方へ行け」
「ありがとうございます店長」
そう、元高ランクの店長直々に、仕事終わりに色々ご教授いただけるようになったのだ。
無論、伝手もだ。信頼できる人がいるのはいいことだ。
王家とは無関係で非常に助かる。
「無理はするなよ。男は知らんが、嬢ちゃんたちならこの店の看板になれるから、勇者稼業が無理だとおもったらこっちで安定して働けるぞ」
「ありがとうございます。その時はお世話になりますわ」
「あははー。ま、その時はお願いするよ」
「やった。次の職場が見つかりました!!」
「ヨフィア殿。私たちは勇者様たちのお付きです」
こんな感じで、最初から店長はクォレンから俺たちが勇者ご一行だと知っていて受け入れてくれたので、信頼するに値する。
まあ、今の所は秘密で働いているんだけどな。
人気取りは今の所、大和君、ルクセン君が成果を上げている。
そして、キシュアやリカルドもこの前の話を聞いて色々思う所があったのか、俺たちと一緒に仕事を始めたのは意外だった。
「ま、タナカがいるならそうそう危険な目に遭うことは無いだろうがな」
「いや、むしろ危険だらけだと思うがな」
「抜かせ。お前が危険なものは全部やっちまうだろうが。たく、坊ちゃん、嬢ちゃんはともかく、お前が普通に働きたいって来た時は肝が冷えたぜ」
「それは勘が外れてるな。残念ながら、俺はレベル1だぞ?」
「レベルなんざ関係ねえ。それを覆さないと生きていけねえのは、お前がよく知ってるだろうが。ま、精々勇者たちを鍛えてやんな」
「おう。感謝する」
これが、俺が一番欲しかった成果だったのかもしれないな。
さて、次は魔物討伐か。
面倒なことにならないといいが。
こういう地道な情報収集は大事。
こうして、田中と勇者一行はルーメル王都にちゃくちゃくと人脈と情報を集めていくのであった。