第80射:理不尽
理不尽
Side:ヒカル・アールス・ルクセン
いきなり入ってきたショットガンを持った外人は、田中さんを見るなり、ダストと言って驚いていた。
って、そんなことはどうでもいいカチュアさんが不味い!!
田中さんの忠告を聞かずに伏せなかったから、あの外人の撃った弾丸が当たってみたいで、倒れ伏している。
「お姫様!! すぐにみるか……」
と私が腰を浮かせかけた途端。
「動くな!!」
田中さんが怒鳴って私の動きを止める。
「へー。厄介な敵とは聞いていたが、ダストとはな。で、こっちのガキたちがゆうしゃ?とかいう奴か。ぜんぜんの素人じゃねーか。肝が据わってねーな」
「俺たちのような人間が少ねーよ」
「ま、そりゃそうか。あ、この使用人はもう助からんから、自分の身を考えた方がいいぞ」
そう言って、ジョシーという外人は足元に倒れているカチュアさんを足蹴にする。
「てめぇ!! その汚い足をどけろ!!」
その光景に、ヨフィアさんが切れてとびかかるが。
パンッ。
そんな乾いた音がして、ヨフィアさんのメイド服が血で赤く染まる。
でも、ヨフィアさんは倒れずに、口を開く。
「……あ、あぐっ。ど、け……ろ」
「おー、怖い怖い。こっちのねーちゃんの方がよっぽどマシだな。が、素人だな」
この女には何も感情がないのか、そのままいつの間にか手に持ったハンドガンをヨフィアさんの顔に向け……。
「ヨフィアさん!!」
パンッ。
咄嗟に晃が飛び出し、引き倒してヨフィアさんを助けたみたいだけど……。
「おー、涙ぐましいね。が、心配スンナ。仕事でな。全員同じ場所かは知らないが、死ぬことには変わりない」
そう言って迷いなくショットガンを今度は倒れているアキラとヨフィアさんに向けて、引き金を……。
「おっと」
パンッ、パパンッ。
引く前に飛び引いて、田中さんの銃撃を躱した。
というか、田中さんの銃撃を躱した!?
「ちっ」
「おいおい。殺す気か?」
「殺す気だ。というか、ジョシーも俺のことを疑ってたから躱したんだろうが」
「はっ、その通りだ。しかし、お前はこの素人どもを助けたのか?」
「一応、地球に帰る手段を知っているんでな」
「ほ。そりゃいい。こんなつまらん世界で殺しをしていくよりは、地球に戻った方がいいわな。よし、お前等、殺すのはやめてやろう」
そう言って、ショットガンを向けるのをやめる。
な、なんなんだこの人!?
「ふざけないでくださいませ!! か、カチュアさんが……」
そう叫ぶ撫子に言われて、再びカチュアさんを見ると、もう生きていなかった。
この人が邪魔しなければ、まだ助かったかもしれないのに……。
そう思っていると、横で晃が叫ぶ。
「ヨフィア!! しっかり!!」
「どいて!! 晃!!」
「光。頼む」
僕の方が治療能力は高い。
弾丸を剔出して……傷を……。
「ほー、手際がいいな。しかし、これが魔法か。いや便利だなー」
「聞いているのですか!! 貴女はなんでこんなことを!!」
「五月蠅いメスだな。一匹ぐらい殺しとくか」
ちょっ!?
流石の僕もその言葉に驚いて、撫子の方を向くと、田中さんがジョシーっていう人のハンドガンを押さえていた。
「相変わらず、引き金の軽い奴だ。隊長に怒られてるだろうに」
「はっ。マイケルの奴の言うことなんざ聞いてられない。敵は殺すんだ。それが戦場の掟だろう? ついでに、後ろの何も知らない女が色々言うのは腹が立つからな。というか、ダストがなんでそんな足手まといを庇う。ここで減らした方がいいだろう。それとも、使ってるのか? それなら俺が今後相手をしてもいいぞ?」
「断る。病気になりそうだからな」
「はっ。ガキが言うようになった。で、そのガキを殺すのはまずいのか?」
「悪いが、日本人だ。俺が連れて帰るとのちの平和な生活に役立つ」
「ほほぅ。今は日本にいるのか。なら、戻る必要はない」
そう言って、ジョシーは掴まれていない片腕の方にいつの間にかハンドガンを握り、撫子へ銃口を……。
パンッ。
「だからやめろって言ってるだろうが」
「こんなお荷物を背負っているのが不思議だと思ってたんだ。なるほど。日本に行って腑抜けたか」
「平和は大事だぞ」
「はっ。俺たちの生きる場所は戦場だ。それを忘れたっていうなら……」
コロン。
不意にジョシーの足元に何かが転がり、すぐにジョシーはドアから出ていく。
「ちっ!! 相も変わらず!!」
田中さんはそう言いながら、落ちたものをすぐに廊下の方に放り出す。
ドンッ!!
閃光と共に爆音が響くと、同時に田中さんは廊下へと駆けていく。
「ちょ、田中さん!? わけわかんないよ!!」
「死にたくなかったらそこから動くな!! 窓の方に岩でも出してろ。撃ってくるぞ!」
「うそっ!?」
そう声が聞こえて窓の方を振り向くが何もそんな様子は見えない。
「任せてください!! 窓は私がやりますから、光さんは、ヨフィアさんの治療を」
「あ、うん!! と、晃!! ヨフィアさんの治療は大体おわってるから任せる!! 私は一応、カチュアさんを見てみる」
「わかった」
僕はヨフィアさんを晃に預け、お姫様が縋り付くカチュアさんの様子を見に近寄る。
「カチュア、カチュア。起きて、起きて。ねえ、起きて……」
お姫様はカチュアさんをゆすって起こそうとしているのが、とてもつらい。
だけど、ここで悲しさに飲まれちゃいけない。
まだ、わずかだけど可能性があるかもしれないんだから!!
「お姫様。どいて。まだ助かるかもしれない」
「えっ」
泣きはらした顔を上げた姿は年相応の女の子に見えたが、そんな感想を言っている暇ない。
すぐにカチュアさんの容態を確認する。
ショットガンを正面から受けたせいか、ひどい体の損傷だ。
既に瞳孔は開いて、呼吸もない。
……やっぱりもう、死んでいる。
体温は残っているのに、もうだめなの?
そうあきらめた瞬間、あることを思い出した。
死の定義は、3つ。
瞳孔拡散、呼吸の不可逆的停止、心臓の不可逆的な停止。
不可逆。
これを覆す方法を僕は持っている。
流石に時間が経ちすぎたら無理だろうけど、カチュアさんは肉体の損傷がひどくて死んだんだ。
それを治せれば!!
「晃!! 撫子!! カチュアさんにアレを試してみる!!」
「え、あれって。まさか!?」
「待ちなさい!! さすがに……」
「田中さんが言ってたでしょう。検証が必要だって。後よろしく!! いっくよー!!」
一度はできたんだし、駄目でもともと。
魔力の使い過ぎでの命の心配は今のところなしときたら、やるっきゃないでしょう!!
「な、なにを、ヒカル様?」
「駄目です。姫様。いま、邪魔してはいけません」
「はい。ヒカル様が今治療を……」
ナイスフォロー。リカルドさん、キシュアさん!!
「あの時の感覚。あー、もう思い出せないけど、ありったけを……」
僕はカチュアさんを絶対治すって気持ちで、魔力を集めて……。
「エクストラヒール!!」
「エクストラヒール!? そんな、まさか!?」
流石お姫様はこの魔術を知っているようで、驚いている。
まあ、たった一か月そこらで覚えられるようなら誰も苦労しないよね。
それを覚えているんだから、驚かれて当然か。
あ、いや、まだ成功してないけどね。
と、今回は前回のように意識は飛ぶことはない。
そして、いつも使っている回復魔術とは色々違うのが見て取れた。
手のひらに淡い光が集まって、けが人を覆うような感じではなく、けが人の範囲に淡い緑のライトが当たる感じだ。
無駄に豪華な演出だなーと思ったぐらいだ。
「あ、傷が!!」
お姫様がそう叫んで、僕もカチュアさんをよく見ていると、確かに穴があいて向こう側が見えていた腕が綺麗に治療されているのが見て取れた。
これは行けるのかな?
というか、止めどころがわからない。
「ねえ。晃、撫子。どれぐらい続けた方がいい?」
「結構余裕あるな」
「ですわね。まあ、安心しますが、一応もう止めていいですわよ。見る限り傷はなくなっています」
「そう?」
撫子の言葉を受けて、僕は治療をやめる。
「カチュア? カチュア!!」
光が収まると、再びお姫様がカチュアさんを揺すり起こそうとする。
「……カチュアさん」
気が付けば、心配そうにカチュアさんを覗くメイド服を血に染めたヨフィアさんもいた。
僕もカチュアさんの様子を見てみる。
どうやら、無事に傷は治療できたようだ。
だが、それで目を覚ますかは別問題だ。
地球でいう、不可逆な停止を覆しはしたが。人間はそれだけで生きているわけではないのは知っている。
身体がいくら健康でも心が死んでいたら元に戻らないことはよくある。
所謂、脳死とか精神崩壊ってやつかな?
それに、ほら、よく言うじゃん?
魂がないと抜け殻だって。
あとは、カチュアさん次第だ。
体の傷は治した。
あとは心が戻るか、どうかだ。
と、そんなことを考えていると、発砲音が鳴り響いていることに気が付く。
ダンダン!!
ダーン!!
ズドーン!!
その音が鳴るたびに、人の悲鳴も聞こえてくる。
あのジョシーって人が周りを気にせず撃ちまくっているに違いない。
「……というか、ここに居ていいのかな?」
あんな人殺しが相手だと、居場所がばれている方が危険な気がするよ。
「気持ちはわかるけど、いま、カチュアさんやヨフィアを運ぶ方が危険じゃないか?」
あー、そっか。
この2人を抱えて移動していたら、背中から撃たれそうだ。
「ですわね。私たちは田中さんの言う通り、ここで守りを固めておきましょう」
「といっても、もう窓は撫子が塞いでくれたよね」
「ええ」
「じゃ、あとはドアかな」
「だな。さっさとドアの前に岩を……」
そう言って晃がドアへと振り向くと……。
パンッ。
「厄介だよな。魔法って。いやー、案外この世界でも楽しそうかも」
そんなことをいうジョシーがハンドガンを握って立っていて……。
ドサッ。
晃が撃たれていた。
床に血が広がる。
「「晃!!」」
こ、こいつは本当に何が……。
「ああああああ!!」
僕の怒りが爆発する前に、撫子は叫び声を上げながら、クソ女に向かっていく。
「おや? このガキがお相手だったか?」
パン。
また乾いた音が響いて、撫子も倒れる。
意味が分からない。
なんで、なんでこんなことに……。
「まあ、ダストがお前みたいな乳臭いガキを相手にするわけないか」
この状況を作り出したクソ女は、私たちに何も興味が無いようにそんなことを呟いて、再び銃を今度は私の方へと向ける。
「そんなに泣くなよ。世の中って理不尽なんだ。それだけの話さ」
そして再び引き金が引かれて……。
パンッ!!
そんな音と共に私は倒れ……ない。
なんでと思っていると、目の前のクソ女が口から血を流していた。
「……ごふっ。ダスト、てめぇ、狙ってたな」
そう言って、クソ女が振り向こうとする前に連続で発砲音が響き、クソ女に穴が開いていく。
「くそっ。このガキどもにこだわってなかったか……。あそび……すぎ」
ターン!!
最後の発砲音と共に、クソ女の額に穴が開いて倒れる。
そしてその後ろには、田中さんの姿はなく、ただドアの向こうの廊下が広がっているだけだった。
「いったい。どこから……」
『光。呆けている暇があったら、晃と撫子の治療をしろ。死ぬぞ』
「あ、うん!!」
僕は慌てて晃と撫子の治療に取り掛かる。
「よかった。まだ生きてる」
そう言ってほっとしていると、晃と撫子が反応する。
「殺すなよ……」
「まだ、死ぬには若すぎますわ……」
「はは、そうだね。ちょっとまってて、直ぐに治療するから」
僕は笑いながら、涙を拭いて直ぐに治療に取り掛かる。
こうして、僕たちは、正体不明のジョシーというクソ女から何とか生き延びたのだった。
大抵死ぬときは理不尽なモノ。
戦場で死ぬときなんてなおのこと。
ただあるのは生きるか死ぬかそれだけの話。
そして、「ジョシー」は「男」から「女」とさせていただきました。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。




