第72射:偽メイドの思い
偽メイドの思い
Side:アキラ・ユウキ
「あー、行っちゃったね」
光が田中さんが出て行った扉を見て言う。
「ま、無事に戻るさ」
「そうですわ。何度も言いますが、私たちもいい加減役に立たなくてはいけませんし、先ほど決めたことはきっちりこなしましょう」
「だね。よーし!! 明日に備えてねるぞー!! というか、ふかふかベッドだし、やすまないと損だよね」
そう言って、光はベッドに飛び込んで横になる。
「では、私たちは休みますので、晃さん、リカルドさん。また明日」
「お休みなさい」
「お休みなさいませー」
そんな感じで、俺とリカルドさんは部屋から追い出される。
まあ、女性の部屋に長居しようとは思わないけどさ。
とは言っても、部屋は隣なんだけどさ。
ドアを開けて入ると光のところと同じ部屋が広がっている。
俺はさっそくベッドに腰を下ろして……。
「リカルドさん。さっきの話からルーメルの貴族たちはどう動くと思います?」
「ふむ。メンツを大事にするのであれば、クォレンギルド長の言うように歓待と接待ですな。最悪奴隷の首輪をつけて言うことを聞かせるというのもあるでしょう」
「それって、勇者を奴隷でまずくないですか?」
「まずいですが、お恥ずかしい話。勇者殿たちを呼び出したときは、そういう話も出たのです」
あー、田中さんが警戒してたよな。
俺はハニートラップ、光と撫子には強姦だっけ?
まったく、嫌な国だな。
「と言うことは、やっぱりリカルドさんや、キシュアさんが上司に話に聞きに行くのは問題か」
「おそらく騒ぎになるでしょう」
「でもさ、門から入ったんだからバレてないかな?」
「それがそうでもないです。私たちの顔はともかく、勇者殿たちのことはあまり知られていません。冒険者ギルドでもただの新人という扱いでしたでしょう?」
「ああ、そういえばそうですね」
「見る人が見ればわかりますが、その程度です。昨日の門番がそういう事情を知っているようなタイプには見えませんでしたな。私が元近衛の隊長だということにも気が付いていませんでしたし、人なんてそんなものです」
確かに、あれだけ人がいるならよほど仲が良くないとか、有名人でもなければ気が付かないか。
テレビや写真があるわけでもないし、覚えるのは基本的に記憶しかないわけだ。
一応似顔絵なんてのものはあるけど、まあ、そこまで上手くなかった。
上手い人は上手いんだろうけど、あくまでも手書きだからなー。大変なんだろう。
「さて、話はここまでにして、私たちも休みましょう。明日、寝不足でミスでもしたら、タナカ殿からしごきを受けますからな」
「あはは、そうですね。お休みなさい」
そう言って俺たちはベッドに横になり、田中さん。今頃マノジルさんと会ってるのかな? なんて考えているうちに、やっぱり久々のベッドということで、あっという間に意識が遠のいて、眠りにつくことになった。
「ん? んん……」
真っ暗だった視界に明かりが差し込んできたのがわかって、目が覚める。
「……朝か。なんかあっという間だな」
寝たと思ったら朝だったって感じ。
「というか、腰が痛い。ベッドが柔らかいとなるってやつか?」
今まで、基本的に馬車の中で睡眠だったから、板張りの上に軽く布を敷いて寝るだけだったからなー。
まあ、田中さんがベッドを取り出せるとは言ってたけど、馬車の中では邪魔だったから使ったことはない。
外にいたっては横というか、体育座りとか胡坐をかいて寝るからなー。
人間、疲れているときはどんな体勢でも寝られるってよくわかったし、どんな体勢で寝ても、それなりにすっきりするというのもわかった。人間、睡眠や休息は絶対にいるんだと実感した。
「リカルドさんは……。まだ寝てるか」
珍しい。リカルドさんたち、この世界の人は日の出と共に起きるような人ばかりなんだけど。
いや、住民たちは日の出の前に起きるよね。
が、まだ寝たままだ。
疲れているのかな?
そう思っていると、不意にドアがノックされる。
「どちら様ですか?」
「わたしですよー」
「あ、はい。今開けます」
ヨフィアさんの声が返って来たので、ドアを開ける。
「おはよーございます」
「おはようございます」
「おや? リカルドさんはまだお休み中ですか?」
「はい。なんか疲れちゃっているみたいで」
「なるほどー。こっちもヒカル様にナデシコ様、そしてキシュアも寝てるんですよねー」
「やっぱり疲れているんですね」
「まあ、そうですね。しかし、その反応、本当に純真ですねー。私が睡眠薬盛ったとか思わないんですねー?」
「え?」
いきなり意外なことを言われて固まる俺。
でもヨフィアさんはいつもと変わらず話を続ける。
「まあ、それだけ信頼されていると思っておきますかー。あ、でも、睡眠薬程度ではどうしようもないですね。本気なら、毒薬じゃないとだめですよねー。真剣に受け止めませんかー」
「あのー、ヨフィアさん。そう言う物騒な話はやめておかないと、田中さんにやられちゃいますよ?」
「ですよねー。そこです。タナカさんが、絶対的な防壁になっているんですよねー。いや、逆なのかなー? アキラさんたちがいるからこそ、タナカさんは自重しているんでしょーねー」
「えーっと、ヨフィアさん。話が全然見えないんですけど……」
「あ、すみません。ほら、私、アキラさんならばっちこい。って言ったじゃないですか?」
「あ、はい」
なんで、さっきの物騒な話から、好きって話になるんだ?
というか、脈絡が無さ過ぎて、混乱だよ。
「とは言え、アキラさんは勇者でしょう? そして、ヒカル様やナデシコ様という仲間もいます。これを見捨てて、私と逃げてくれないでしょう?」
「まあ、それは……」
この世界で一生過ごすって決めたわけでもないし。
「だから、ヒカル様やナデシコ様が亡くなってくれたら、逃げてくれるかなーと思ったんですけど、その前に、タナカさんがいますからねーと思い出したわけですよ。あの人はどうやっても殺せる気はしないですから」
「……ヨフィアさん。本気でないのは分かりますが、光と撫子の死を願うようなことは……」
「ああ、これは失言でした。私にはあのお2人を害する気は一欠けらもございません。アキラさんに嫌われたくないですからねー」
うん。本気でヨフィアさんが何を言っているかわからない。
悪意がないのは分かる。だが、それだけだ。
「あの、ヨフィアさん。何が言いたいんですか?」
「ん? あー、ほら、言ったでしょう? 私はアキラさんが好きだって、でも、このままだと戦に次ぐ戦に放り込まれるはずです。私は、アキラさんはもちろん、ヒカル様やナデシコ様に危険な目に合ってほしくないです。でも、立場や状況がそれを許してくれません。特にあのタナカさん」
「田中さん?」
なんで戦いに田中さんが関係するんだ?
今までの原因はルーメルが召喚したことが発端なのに。
「今まで、出会ってきた人の中でぶっちぎりで、戦いが大好きなタイプです。いや、戦争が好きなタイプです」
「はい? でも、田中さんは無理に戦闘を強要したりはしないですよ? それはヨフィアさんも知っているでしょう?」
「あー、なんと言ったら伝わるのかわかりませんが、私の直感がビンビンくるんです。とはいえ、私たちが裏切らない限り、敵対することはないと思いますがー。と、そこはいいとして、今のままじゃいつか戦いで死にます。そんなのは駄目です。だから、見計らって勇者をやめて逃げましょう」
そう言うヨフィアさんから、ただ単に、本当に死んでほしくないという気持ちは伝わって来た。
「気持ちはわかりましたけど、ヨフィアさんはなんで俺や光、撫子をこんなに気遣ってくれるんですか? 元々冒険者で凄腕でしょう? こんな子供相手にそこまで……」
そう言いかけて、ヨフィアさんに指を口を押えられる。
「おっとー。惚れた腫れたは、口を出すモノじゃないですよー。この気持ちは私のモノですからー。とは言え、理由を知らないとモヤモヤするのは確かでしょう。だからちょこっとだけ、教えてあげましょう。まあ、最初会ったときは、なんだこの世間を知らないクソガキたちはと思いましたとも。つまんねー仕事をよくも押し付けたなクォレンのクソ親父と」
「うぐっ」
「とは言え、それも今では思っていません。アキラさんたちの状況がちゃんと理解できましたからね。まあ、よくも平和な世界からこんな物騒な所に連れて来て、戦力にしようとよく考えられたものですよー。むしろ、召喚で呼ばれたのはタナカさんが一番の当たりですよ」
確かに、僕たち、召喚された4人の中で一番魔王を倒せそうなのは、田中さん以外ありえない。
というか、簡単に倒してしまいそうな気がする。銃とかで。
「そして、私はアキラ様たちから、礼儀とでもいうのでしょうか? 暖かさを貰いました」
「暖かさ?」
「はい。今までの私にはないものでした。ほら、こんな風に潜入の仕事もしていますし、これでも結構人はやっちゃってますからねー。ま、そういうことで人とは疎遠だったし、こうしてお話しすることもありませんでした。だから、私に向かって、素直な気持ちでお話ししてくれるのが嬉しかったし、楽しかったし、暖かかった。だから、アキラさんたちを失いたくはないんですよ。あれですね初めてできた友達とでもいいましょうか」
「そんなことで……ってことはないか」
「はい。私にとっては大事なことです。なんというか、仕事をこなすだけじゃなくて人に戻れた気がしたんです。それで気が付きました。アキラさんたちが私に必要なんだって。ということで、一発やりません? 子供でもできれば、アキラさんは私のモノです。あ、無論友人だからとか離れたくないからとかじゃないですよ? 愛はありますともー」
いい話だったのに、なんか一気に下世話な話になった。
「そして、アキラさんがヒカル様とナデシコ様をハーレムに加えれば、それで万事解決ということになります。勇者が3人で逃げれば怖い者はないですよ。あ、タナカさんは怖いですね」
「……えーと、とりあえず。光、撫子おはよう」
「うえ!?」
気が付けばというか、途中で2人とも起きてこっちに来たんだよな。
うん、これではっきりわかった。ヨフィアさんは薬を盛ったりしない。
本当にいい人だ。こういう人に好意を向けられるのは悪くない。むしろ美人だから嬉しい。
いつかは別れるときが来るかもしれないってのはいいとして……。
「まあ、気持ちは嬉しいですけど、まずは、その2人を説得してください」
「流石に、晃のハーレム入りはねー。撫子はどう?」
「うーん。今はまだそういうことは考えられませんわね。まあ、いざとなったら、晃さんに初めてを奪ってもらうことになるでしょうけど」
「あー、誰かを選べってなるとそうだねー。ま、今はないねー」
「とはいえ、ヨフィアさんのお気持ちはよくわかりました。でも、私たちも帰るために旅をすることは必要なんです。どうか力を貸していただけませんか?」
そう撫子が言うと、少し寂しそうな顔になって……。
「……そうですよねー。帰るのが目的ですものねー」
「「……」」
そう返されて俺と撫子は沈黙してしまう。
かといって、下手なことは言えないでいると、光が口を開く。
「って、思ったけど、別にさ一方通行ってわけじゃないんだし、その時はヨフィアさんは一緒についてくればいいだけじゃない? あとで帰ればいいだけ。まあ、ヨフィアさんが一時的にこの世界を離れることになるけど」
「おおっ、それはいい案です。では、それでお願いします。今更こっちの世界に未練はありませんので」
ズバッとそう言い切るヨフィアさん。
「ということは、もうこれで何も障害はないわけですよ。あとは全力でアキラさんたちを補佐して帰るまでですね。チョコが沢山の世界とか楽しみです!! さあ、冒険者ギルドに行きましょう!!」
「……朝からうるさいぞ。ヨフィア殿」
「……いえ、私たちが寝すぎただけですね……」
ということで、俺たちは帰る方法を探すために、冒険者ギルドへ向かうのであった。
現代人の異性がいるとハーレムとかきついよね。
ついでに、ヨフィアの田中に対する評価はどうなんだろうね?
そして案外ヨフィアの田中と似たもの同士なのかもしれない。




