第62射:状況判断
状況判断
Side:ナデシコ・ヤマト
「まあ、わかってたけどさ。やっぱりまた森の中かー」
「仕方ないだろう。あんな事件のあとなんだから、森の中の調査は必要だって」
「晃さんの言う通りですわ。一応、報酬もいいのですし、経験も積める。一石二鳥だと思いましょう」
そんなことを話しながら、私たちは、再び森の中を目指して移動をしていました。
冒険者ギルドで仕事を探していたのですが……。
『あ、ヒカルたち戻ってきたんだ』
『その様子だと大丈夫そうね?』
ばったり、ラーリィさんとクコさんに会って、事情を話すと、この仕事を選んでくれました。
因みに、オーヴィクさんとサーディアさんは、今回のことを重く見て、訓練しているそうです。
真面目な人たちですよね。
『それなら。この依頼がいいかも』
『まあ、オーガテンペストのこともあるから、何か異変を感じたら撤退することをお勧めするわ。と、これは余計だったかしら?』
と、冗談も交わしたことから、二人はあまり記憶がなくなったことは気にしていないようでした。
森から戻っている最中は無理に明るくふるまっているのかと思いましたが、一度離れて話してそれはなさそうだと思いました。
それで、選んでもらったのが……。
「ロシュール国境近くの森にオークねえ……」
「前の街道沿いより、遠くに遠征で、報酬も少ないよねー」
「普段はこの程度らしいですわよ? それでも、私たちがルーメルで受けていた仕事に比べれば高い報酬でしょう。オーガの討伐とか素材代金で金銭感覚がくるっているんじゃありませんか?」
確かに、オーガの討伐時に得た報酬より、圧倒的に今回の仕事の報酬は少ないのだが、別に赤字というわけでもないのです。
この仕事も冒険者ギルドからの依頼であり、必要物資の経費は冒険者ギルド持ちで、特に持ち出しがあったわけではありません。
「あはは、わかってるってー。冗談だよ。というか、オーガを命がけで倒してあの報酬だからね。あ、いや。僕たちは田中さんがやってくれたからいいけどさ。オーヴィクたちは記憶をなくして、ほかの冒険者たちは命を落としたからねー。なんというか、命に見合うとか……」
「あれだろう? これが命の価値か? ってやつ?」
「そうそう。別にさ、仕事の報酬だから仕方がないんだけど。ああやって明記されてるとねー」
「……その気持ちはわかりますわ」
命を懸けてその報酬。
見合うのかどうかといわれると、なかなか難しいところがありますわね。
オーヴィクさんたちは私たちの治療でどうにかなりましたが、命を落とした冒険者たちにはもちろん報酬はありません。
報酬を受け取っても使い道がないですから。
生きるために必要なお金を手に入れるため、命をかけて戦う。
オーガ討伐も高いという額ではありましたが、それでも一生働かずに食べていける額ではありません。精々節約して3年がやっとです。
その額の為に、彼らは命を落としたと思うと、なんとも言い切れない気持ちになります。
「それなら、この冒険者って職業をやめればいいだけの話だ。死と隣り合わせだからこそ、他の職業より、一回の仕事に対しての報酬は多い」
私たちがそんな話をしていると、田中さんが不意にそう言ってきました。
確かに、安定して安全な生活をしたいのであれば、普通に壁の中の街で過ごした方がいいに決まっています。
ですが、私たちは……。
「ま、結城君たちは状況が状況だから仕方ないけどな。別に、軍でもない。逃げ出してもお仕事失敗になるだけだ。何も気負うことはないさ。そして、冒険者の死を気にすることもない。といっても、気にするんだろうが。冒険者たちは、いや俺のような傭兵は、仕事に出て死ぬかもしれないって言うのは、最初から織り込み済みだ」
だから、気にすることはないと、田中さんは言いたかったのでしょう。
確かに、私たちのように否応なしに、戦うことになったのならともかく、自ら冒険者の道に進んだというのは、死ぬことも覚悟済みでしょう。
それで、死ぬ覚悟ができていなければ、ただの甘えなのでしょう。
つまり、最初から冒険者になるな。あるいは限界を感じた時点で、やめるべきだった。
死んだ冒険者たちだって、他の冒険者と同じように、逃げる道もあったはずです。
オーヴィクさんたちだって、逃げてもよかったのですが、あの場に残って最後まで戦っていました。
ラーリィさんやクコさんが重症だったという理由もあるのでしょうが、自分が死ぬかもしれない場所に残ったのは冒険者としての覚悟もあったからでしょう。
「まあ、それを分かっていない、あまちゃんもいるからな。そう言うのに限って話を聞かない。映画のパターンだな」
「ああ、俺は大丈夫だって言って、最初に死ぬ奴ですね?」
「そうそう」
「あー、あるよねー」
「定番ですわね」
「そういうのは、現実にいるわけがないと思うかもしれないが、実は結構いる」
と、気が付けば、田中さんのおかげでしんみりした会話は終わって、楽しい映画の話になっていて……。
「……劇の話かな?」
「さあ、見当もつきませんね」
「でもー、とても楽しい物語ですよー。アキラ様たちは楽しそうですからー」
3人を置いてきぼりにしてしまっていたので、慌てて全員で久々に自分たちが見た映画の話を、分かりやすく話しては盛り上がることになりました。
「ふむふむ。こうしてじっくり話を聞くことはありませんでしたが、本当に、タナカ殿たちがいた世界は色々と凄い所なのですな」
「話を聞きましたが、想像もできませんね。馬なく走る車どころか、100人以上の人を乗せて空を飛ぶ乗り物があるなど」
「でもー。おいしいチョコとかも沢山あるから、一度いってみたいですねー。と、そういえば、チョコください!! リテアに来てから、全然でしたしー」
「あ、そういえば、食べてなかったよ。田中さんお願い」
「俺はチョコよりおにぎりがいいかな?」
「贅沢とは思いますが私はおせんべいが……」
「自由だなお前ら。まあ、人目があるわけでもないし、いいか」
「「「やったー」」」
そんな感じで、お菓子やお話をしながら目的地まではいつもよりも穏やかに、楽しく進んでいきました。
魔物の襲撃などもなく、本当に楽な道のりだったのですが……。
「ブモッー!! プギィ!!」
「ブギュー!!」
森に近づくと、なぜか豚……ではなく、オークが徒党を組んで歩き回っているのが見えました。
「思ったよりいるな。これは普通なのか?」
田中さんはオークの群れに驚くことなく、いたって平静にリカルドさんたちに聞きましたが……。
「いえ。あの数はあり得ません」
「ざっと見ただけで20はいます。これは討伐依頼がでるほどの群れですね」
「そうですねー。普通なら、2、3匹で動きますし、この場合は巣の移動とかそういうのですねー」
3人の言う通り、目の前にはオークが25匹はいます。
この数の魔物の群れは初めて見るので、私たちも硬くなっています。
オーガの群れでさえ10に届かなかったのですから。
まあ、大きさが違うので戦力的にはオーガの方が強いのかもしれませんが、あの時はこちらも冒険者たちが沢山いました。
しかし、今は私たち7人だけです。
数の差だけでいえば3倍以上……。
どう立ち向かうべきでしょうか?
そう考えていると、田中さんが地面に座り込み……。
「戦うにしろ、逃げるにしろ、とりあえず会議だな」
そうこともなげに言ってのけました。
その言葉に一瞬固まってしまいますが、当たり前のことなので、誰も文句を言わずに、オークを警戒しつつ、会議を始めます。
「さて、まずは状況整理だ。この場所の近くに、村や町はあるか?」
「いえ。ここはリテアとロシュールの国境近くの森で、村や町は聞いたことがありません」
「私も同じくです。ヨフィアは何か知りませんか?」
「いえー。国境の砦が森から離れたところにあるぐらいですね。国境付近は戦争状態になれば被害が拡大するので、町や村は基本的に少ないんですよー。あっても砦の近くですねー。守ってもらえるように」
そういえば、ルーメルとガルツの国境の近くもそんな感じでしたね。
「じゃ、砦や町にこの事態の報告義務なんかはどうだ? リテア聖都の冒険者ギルドの依頼ではあるが……」
「微妙なところですね。この一帯は基本的に、村や町は存在しませんし、森側に魔物が現れたからといって、砦の兵士を減らして魔物退治に行く理由がありませんな」
「訓練ということで、出すことはあるかもしれませんが、この場合はオークが砦や町に来た場合に迎撃したほうが安全ではありますからね」
「ついでに、私たちが報告をして信じてもらえるかってのもありますけどねー。冒険者ギルドも調査とオークの数体の討伐依頼なだけですからね。いつもの間引きという意味合いの依頼でもあります。まあ調査とは書いてありますけど、別にオークの群れを討伐しろって内容じゃないですし、私も逃げるのがいいと思いますよー?」
リカルドさんたちの言うことは尤もです。
日本でも、ただクマを見たと報告したところで、北海道ではわざわざ退治をすることはないでしょう。
何か被害があって、もしくは町中などに入ってきて、住人に危機があるかです。
これがクマの生息区域でない、地域なら警察などが動くのでしょうが……。
ここは、魔物が当たり前に闊歩している世界です。
なので、魔物の群れがいたとしても、わざわざ危険を冒して退治する理由はないのです。
「なるほどな。とりあえず報告をしなくても、討伐をしなくても特に咎められる様な事はないわけだ。なら、ヨフィアが言うように、逃げるのはありだな。しかし、依頼で受けたオーク討伐の方はどうなる?」
「今回は状況が特殊ですし、あと、私たちはリテア聖都のギルドでは信頼がありますから、降格などの処分はないかとー」
「処分というと、普通なら何かしらのペナルティがあるということか?」
「はいー。オークの群れがいなかったとして、ただオークを狩らずに帰って来れば調査という体裁はあれど、働いているとは思われにくいですからー。それにオークなんて、大森林に入ればそこまで遭遇するのは難しくないですしー」
ヨフィアさんが言うのは尤もですね。
働いていないのと同じですから。
「ということだが、今までの事を考慮して、大和君たちはあの群れに対してどうするべきだと思う?」
そして、情報を集めた田中さんは私たちに意見を求めてきます。
いえ、これは私たちがちゃんと判断できるか、という試しをしているのでしょう。
私は晃さんや光さんに視線を向けて頷かれたので、代表して答えることにします。
「逃げるというのも一つの手ですが、逃げ道を確保しつつ、攻撃してみるのもいいかと思います」
「なんでだ?」
「まず第一に、この仕事は私たちの経験を積むということが目的です。しかも、私たちでも倒せそうなというのを選んできました。これで、逃げては意味が無いように思えます。第二に、このことを冒険者ギルドに報告すれば、別の意味で大騒ぎになる可能性があります。その際にはまた妙な作戦に参加させられる可能性があります。よって、別でオークを倒してしまうのもありですが、ここで倒してしまったほうが、色々な意味で安全だと思います」
そう言って、私は田中さんに視線を送ります。
彼の答えは、反応はどのようなモノでしょうか?
「いいんじゃないか。逃げられる手筈を整えるなら、攻撃することに賛成する」
その田中さんの言葉で、私たちはオークの群れと戦うことが決まりました。
「ぶぎぃぃー!!」
遠くで聞こえるオークの声は私たちに向けての宣戦布告に聞こえました。
普通のお仕事かとおもえば、オークの群れ。
そしてそれに挑むことになったナデシコたち。
さあ、どんな戦法で挑むのか?




